第19話 突入であります

「スニーカーで氷の上を歩くのは無茶だよな」


 俺はみんなに言い聞かせるように呟く。


「はい! 同志!」

「なにかね、萃香くん」


 勢いよく手をあげた萃香へ俺は教師のように応じた。

 

「スノーブーツを装備するであります」

「ほう、全員分出せそうか?」

「残念ではありますが、自分の足のサイズしか出せません!」


 えっとお。それだと萃香以外装着できねえじゃないか。

 

「はいはいー、お兄ちゃん!」

「はい、ゆめくん」

「ペンたんの背中に乗るのー」

「なるほど。ゆめはそうしてくれ」


 ペンギンだけに氷上を腹で滑ることができるってことだな。しかしサイズ的にゆめを乗せて精一杯だろう。


「ねね、良辰くん。その言い方だと何か良い手があるのかな?」

「するどい、まりこくん、君はするどい!」


 手を叩き、まりこを褒めたたえる俺である。

 

「変な芝居はいいから、どうするの叶くん?」


 全く……面白味のないやつだなあつばさは。

 まあいい、俺の案を聞くがいい。

 大げさに手をあげ芝居がかった仕草で全員を見回す。あ、つばさの顔が怖い……そろそろ普通にやろう。

 

「ええとだな。虫を使う。虫の絨毯、俺たちは座る。虫が移動する。島に到着」

「う……潰れないのかしら……その虫……」

「呼び出し可能なリストに頑丈な甲虫がいる。これは地球にはいない虫だな」

「し、仕方ないわね……それでいきましょうか。みんなもそれでいい?」


 顔をしかめたまま、つばさがみんなに問いかけると、意外にも彼女以外は特に嫌がる様子もなく賛同する。


「じゃあ、呼び出すぞ。ゆめと萃香は自分で進んでくれ。ハルといっちーは鉄人に乗ってついてきてもらっていいか?」

「はい。分かりました。ご主人様」

「うんー」

「了解であります!」


 では、呼び出すとするか。

 呼び出すのはカナブンに似た甲虫の一種であるロードビートルって虫になる。こいつはサイズこそ小さなカナブンそのものだけど、一体につき二十キロほどの負荷にも耐えうるのだ。

 ロードビートルを絨毯のように敷き詰め、その上に腰を降ろす。これで、氷の上でも楽々進めるって手筈というわけ。

 

「出でよ、ロードビートル!」


 俺の呼び出しに応じ、メタリックブルーのカナブン――ロードビートルが湧き出てくる。

 つばさが小さな悲鳴をあげたが気にしない。まりこは「かわいいー」とか言ってるし、問題ないだろう?

 

 ◆◆◆

 

 ロードビートルに運ばれ、無事島に上陸した俺たち。ん? 海にいたモンスター? そいつらはペンギンもどきの冷気で凍り付いていたから問題なかった。

 しかし、そそり立つ城壁を登るのは酷だな……十メートル以上もある垂直の壁だし、入り口もない。

 ここは……これしかないだろ。

 

「つばさ先生、お願いします」

「仕方ないわね」


 つばさは首をゴキリと鳴らし両こぶしを打ち付ける。

 彼女は壁の前に立ち、はあああと息を吐く。すると、黄金の光が彼女を覆い始め、左拳に光が収束していった。

――あれこそ、伝説の黄金の左。魔法少女が放つ究極の物理攻撃だ。何か間違っている気がするが気にしてはいけない。下手なことを突っ込もうものなら、俺の頭が吹き飛びかねないからな。

 

 そんなことを考えている間にも、つばさは無造作に左腕を振り上げ漢らしく腰を落とし、真っ直ぐにこぶしを突く。

 そのこぶし……彼女の細腕には信じられないほどの力が内包されており、壁にこぶしが当たった瞬間に爆音が鳴り響き、壁に人間二人分くらいの穴が開く。

 

「こんなものね」


 パンパンと両手を払い、スカートのほこりをはたくつばさ。

 

「つばさ、さがれ」


 開いた穴から女性の胴ほどの太さがある真っ赤な色をした腕が伸びてくる。

 間に合え! 俺はつばさの細い腰にタックルをかまし彼女と共に地面を転がった。と同時に髪の毛をかする何か。

 見上げて確認すると、さきほどかすったのはかぎ爪だと分かる。腕の持ち主は、身長四メートルほどの赤い肌をした魔人といえばいいのか、悪魔といえばいいのかそんなモンスターだった。

 額からは一対の三角形の角が生え、口元から伸びる牙。白目がなく、全て赤い眼球にぼさぼさに伸びた黒い髪。背にはハルと同じような翼があり、ムチのような長い尻尾も確認できた。

 

「ピットフィーンドです! おそらく、魔王親衛隊が壁の内側にいます!」


 ハルの叫び声が響き渡る。

 ピットフィーンドが俺に目標を定めないうちに退避しようとすると、それを制する萃香の声。

 

「同志! そのまま伏せていてください!」


 ダダダダダとAKから火花が飛び散り、ピットフィーンドの顔がザクロになる。

 うわあ。容赦ねえな。

 しかし、助かった。

 

「ありがとう、萃香」

「接敵即撃滅です。同志!」


 チャッと敬礼のポーズを取る萃香はいい笑顔で俺に歯を見せる。

 

「そ、そろそろ、離してくれないかしら……」

「あ、ごめん」


 つばさに覆いかぶさるようになったまま萃香と会話していた……。慌てて体をどかすと、つばさはスックと立ち上がり平静を装うように髪をかきあげる。顔が赤いけどな。


「同志、突入する前に一発かましましょう!」

「ま……ま、おおおい」


 中を確認してからと言おうとしたのだが、萃香の方が早かった。

 AKからRPG-29へ得物を変えると、止める間もなく開いた穴へ向けてミサイルを発射する。

 間もなく中から凄まじい爆発音が聞こえてきた……。あー、まあ、いいか……。

 

「萃香、どれだけ敵がいるか分からないだろ。MPは節約しようぜ」

「問題ありません。その時はよっしー先輩もつばさ先輩もいるじゃあないですか」


 なんかカッコよくてグッとくるセリフで誤魔化されてしまった。うん、萃香はいつも全力でよしだ。俺たちがフォローすればいい。

 

 ◆◆◆

 

 突入、突入。

 城壁の中は庭園になっているようで、大きな噴水や蔦の張った公園によくあるバーゴラ、しゃれた椅子とテーブルなんかが置いてあった。

 こうお上品な庭園なのだが……手前にクレーターが出来ていて。更に赤いミンチが飛び散っていて全て台無しになっている。余りのグロさのため、赤いものから目を背け周囲を見渡す。

 ふむ。俺たちの破壊力を警戒したであろうピットフィーンドらが遠巻きにこちらを威嚇している。

 数は……二十くらいか。


「ま、待てええ。萃香!」

「何でありますか?」

「つばさがもうピットフィーンドに向かっている。巻き込むぞ」


 RPG-29を構えてウキウキしている萃香の肩を掴み、彼女を押しとどめる。

 そうなのだ。今度はつばさが相談も無しに、伝承にある古武術「縮地」で風のようにピットフィーンドに迫ると、下からすくい上げるようにボディブローを一発。

 哀れピットフィーンドは数メートル空中に吹き飛び、もんどりうって地面に転がるとピクピクした後動かなくなった。

 あれよあれよという間に、全てのピットフィーンドをマットに沈めてしまうつばさ。萃香といい、こいつらは何だ。突撃しないと死んじゃう病にでもかかっているか?


 と俺が戦慄していると……

――クアアアアア!

 空から腹に響く咆哮が聞こえてきた。

 

「今度は飛竜です」


 ハルの言葉通り、ファンタジーな物語で見る空を飛ぶ龍の姿が確認できる。実際に見るのは初めてだけど、どこか既視感があるな。

 体長は十五メートル。緑色の鱗に覆われ……いや、いいかもう。

 俺は達観したように十字を切る。

 その瞬間、飛竜は爆発に巻き込まれ汚い花火となった……。

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