第18話 ペンたん!

「問題ないわ。叶くん。早瀬さんならあなたについて来るだろうし」

「ま、まあ……そうだろうけど」


 つばさの言うことはもっともなんだが、なんだか少しトゲがないかな。

 現実世界に戻った時に情報共有はできるから、あ。

 

「どうしたの? 良辰くん?」


 まりこが俺の変化に気が付き声をかけてくれる。


「あ、うん。思いつきだからこの件は後で。先に確かめておきたいことがあるんだ。ハル」

「何でしょうか? ご主人様。夜這いですか?」

「……この流れで何でそうなる。話は魔王城のことだよ。ここからどれくらいになる?」

「徒歩でしょうか? それとも鉄人で行きますか?」

「距離にもよるけど……」

「そうですね……徒歩でしたらおよそ六日くらいです」

「鉄人で行こうか。鉄人に往復してもらうことになるけど……燃料とか大丈夫なのかな?」


 鉄人は何で動いているんだろう?

 石油とか? 

 

「鉄人は空気中の魔力を吸収してますので、無尽蔵に動けますよ」

「な、なんだとお!」


 夢の無限エネルギーを達成しているとは……異世界侮りがたし。

 

「魔力の吸収って便利そうね。私たちにもできないものかしら?」


 俺がわなわなとしている間につばさがハルへ質問を投げかける。

 

「勇者様たちのことになるとボクには分かりません。みなさんのスキルは規格外ですし……」

「そう、いずれあなたたちの使っているスキルについて教えてもらいたいわね」

「人間たちの学校とか図書館に行くといいかもしれませんね」


 とても興味深い。異世界にはスキルがある。どうやら修行を行ったり学習することでスキルを習得できるように聞こえるなあ。

 ハルはサキュバスだから人間とまた違うんだろうけど、人間の街なら何か情報が入るかもしれない。

 が、無一文だから図書館があったとしても入場できねえ……。まあ、今にみていろ。ふふふ。

 

「そういえば、叶くん、さっきは何か言いかけたわよね」


 黒い笑みを浮かべていたら、つばさに思いっきり見られてしまう。

 くすりって鼻で笑われた……。

 俺は気を取り直してさきほどの思いつきを語ることにする。

 

「俺たちは寝たら現実世界に移動するわけじゃないか。まだ確定じゃあないけど、誰か一人でも寝たら移動すると思うんだ」

「確証はないけど、その可能性は高いわね」

「うん、だからピンチの時とか迷子になった時にすぐに眠ることができると、安全性が格段に高まると思わないか?」

「あなたにしては冴えているじゃない。いい案だと思うわ。ただし、あなたの考えが正しければだけど」


 つばさは続ける。彼女は現実世界への移動はもう一つの可能性があると言う。

 それは、俺が起点になっているかもしれないってことだ。というのはとても単純で、一度目は俺が倒れて、二度目は俺が寝たから戻ったからだ。

 ううむ。他に人に寝てもらわないと検証ができないっていうわけか。

 

「あなたが起点になっているとしても、どこでも一瞬で気を失うような薬なりなんなりが欲しいわね」

「それならあの魚が……」

「魚はすぐに腐るわよね。できれば草木がいいわ」

「難しいなそれ……」

「地球にあるような植物があれば、それほど難しいことではないわ」


 そう言ってのけるつばさに背筋が寒くなった……。なんでそんなことを知っているんだよお。


「今のところ、なるべく固まって行動すればいいかな」

「そうね、離れ離れになる理由もないわね」


 この後も喋りながら、石鹸を作っているとすぐに朝日が昇ってきたのだった。

 

 ◆◆◆

 

 鉄人で二往復し、俺たちは海岸線に降り立つ。そう、海岸線に降り立ったのだ。

 白い砂浜、キラキラ光る太陽。打ち寄せる波。暑くなるかしらないけど、暑くなるとしたら泳ぎたいなあ。

 あはははー。

 

「叶くん、遊んでないでそろそろ考えましょう」


 砂でお城でも作ってやろうかと手を伸ばしたところで、つばさに首根っこを掴まれてしまった。

 そうだな。現実逃避はやめよう。

 砂浜からおよそ五百メートル先に島が見える。島には高い城壁が築かれており、中の様子を伺い知ることはできない。あの城壁の中に魔王城があるとハルは言う。


「鉄人で行くしかないかな……」

「あまりいい手ではないわね」


 つばさは多数の頭が浮かぶ海面をみやり腕を組む。

 鉄人は一度に全員を運ぶことはできない。城壁の中にモンスターが待ち構えていないってことはないだろうから、鉄人が往復する間、城壁の中で持ちこたえる必要がある。

 それだけなら、つばさ、俺、萃香と戦いの得意な三人が先に乗り込めばいいんだけど、海中に潜むモンスターたちがそれを許さないだろう。

 海にいる奴らは待ちきれなくなったのか、頭だけじゃなく全貌を現しているものまで出て来た。

 そのモンスターとは、黄色一色の全長三メートルくらいのカエルとその背にまたがる半魚人サハギンだ。カエルは色こそ見慣れなくて不気味ではあるが、見た目自体はアマガエルそのものだからある種の愛嬌まで感じる。

 一方のサハギンは鯖の頭に筋骨隆々な人間の男の体をしていて腰布を巻き、手にはトライデント三俣の鉾を持っている。体色は青緑で……お近づきになりたくない感じなのだ。

 

「あいつら、明らかに俺たちが分かれるのを待っているよな?」

「そうね。戦力が減ったところを叩く。とても理にかなっているわ」


 つばさは「当然よ」と言った風に鼻を鳴らす。

 んー、ここにいるメンバーを整理してみよう。鉄人、触手のいっちー、ハルの元四天王の三人。鉄人は見た目こそ強そうだけど、戦闘能力は一切ない。巨体だから敵を押しつぶすことはできるだろうけど、動きが鈍重過ぎて当たらないと思う。

 いっちーは物理無効という冗談みたいな能力を持ってはいるけど、攻撃となると「グゲグゲ」言いながら卑猥な触手を這わすことしかできない。

 ハルはおっぱいを触らせるアレしかないので論外……。

 俺たちの中だと、まりこは癒しの能力だけだから、モンスターに来られるとひとたまりもないから誰かが護ってあげないとダメだな。ゆめはペンギンもどきがどれだけ戦えるのか未知数。

 

 つまり、俺と萃香とつばさ以外は戦力にはならないのだ。

 どうしたもんかなあ……。

 

 ん? ゆめが俺のジャージの袖を引っ張る。

 

「どうした? ゆめ」

「お兄ちゃん、ペンたんに頑張ってもらっていい?」

「ん? 何をするんだろう?」

「見ててー」


 ゆめが「ペンたん出てきてー」と呟くと、砂浜に光の魔法陣が描かれペンギンもどきが顕現する。

 ペンギンもどきはゆめにフリッパーを握られ、ペタペタと波打ち際まで歩いていく。

 

 そこで、パカンと嘴を開く。

 

『くえええええええええ!』


 耳をつんざくようなものすごい鳴き声!

 鼓膜が破れるかと思ったぞ……。

 

「え、えええ!」


 ペンギンもどきの口から白い息が吐き出され、海面を凍らせていく。

 見る見るうちに氷が海面を覆い、魔王城のある島までの氷の道ができてしまった。

 

「ペンたん、頑張ったねー」

「ペンギンさん、侮れないであります! その冷気、まさに冬のシベリア……」


 ゆめがペンギンもどきの頭をナデナデして労う横で、萃香がペンギンもどきへ謎の称賛を……。


「ゆめさん、すごいわね。行きましょう」


 つばさは凍った海水面へ踏み出す。

 あ、真後ろにすっころんだ。


「だ、大丈夫か?」

「え、ええ。ありがとう、叶くん」


 手が届く位置にいてよかった。俺はつばさが地面に衝突する前に彼女の背を支えそのまま抱き起こす。

 よろける彼女は俺の腕を掴み、俺の胸に顔を埋めた。

 

「っつ」


 自分の体勢に気が付いたつばさは、ハッとして俺から離れる。

 氷だと滑るよなあ。手はあるが、みんなの精神が心配だ。

 しかし、これしか思いつかねえ。

 

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