第16話 MPが尽きた
やるぞと意気込んで外に出たが、暗い……。地球と同じように空に月が出ているが、三日月な上に雲がかかっていて月あかりは微弱なのだ。これじゃあ、とてもじゃないがこのまま外を歩くことなんてできないぞ。
困った俺が萃香とハルに目をやると、萃香はゴーグルを装着してやる気充分といった様子。
「同志。自分は暗視ゴーグルがあります! 暗闇なんてどんとこいですよ」
「それも、スキルで?」
「そうであります。自分のスキルは『兵器召喚』ですので、これもスキルに含まれます」
なるほど。ただのネタだと思っていたが、萃香のスキルは応用が利いてとても便利そうだな……あ、そうか。
しかし、俺の考えを遮るようにハルが口を挟む。
「ボクは夜に生きる魔族ですから、夜目は効きます」
猫みたいなもんかな。
俺は萃香やハルのように目を何とかすることはできない。しかし、虫の中には灯りになる奴らもいるんだぜ?
「出でよ。グローワーム!」
俺の呼びかけに応じ、手のひらに二十匹ほどのホタルが出現する。ホタルが幻想的な光を放ち、周囲はお互いの顔が見えるくらいの明るさになった。
よおし、ホタルたちに照らしてもらいつつ進もうじゃないか。
「同志! とても綺麗です」
「ご主人様、素敵です」
二人もホタルの美しさに酔いしれているようだ。もちろん俺もこの光には癒される。ずっとこの場で眺めていたいところだけど、目的を忘れちゃあいけねえ。
ログキャビンの敷地と呼んでいいのか、周辺は木が切り倒され開けた感じになっているんだけど、少し離れるとうっそうとした森の中だ。木々に視界を遮られ見通しがとても悪い。
そんな森の中を俺たちはいい気分のままハルの案内に従い、てくてくと歩く。
◆◆◆
二十分くらい歩いたところで、闇に浮かび上がる多数の影を発見する。人型のように見えるが目が真っ赤な光を放っていることから人ではないとすぐに分かる。
し、しかし。赤い光りの数が十や二十じゃきかねえな。ざっと見た限りでも百を超える赤い光……恐らく百体以上いる。
「赤い目に青白い肌……あれはワイトと吸血鬼の集団です……あ、あれほど多数となると……」
ハルは俺にしがみつきブルブルと体を震わせている。
「強敵なのか?」
「は、はい。知性こそ高くありませんが、アンデッドの中でも上級クラスです。それがあれほどの数……」
吸血鬼といえば俺のファンタジー知識だと高い知性を持つイメージなんだが、そうではないらしい。
ワイトってのがなんだか分からないけど、ゾンビみたいなもんだろ?
「ハル、あいつらは魔法を使うのか?」
「いえ、魔法は使いません。ただ非常に素早く、猛毒に加え、麻痺の能力まで持っていますので、引っかかれただけでも命に危険が伴います」
ふむ。俺の得意なタイプのモンスターだな。ようは接近しなきゃいいわけだろ。
川で魚を獲ろうとした時に一度出してみようと思っていた虫さんがいるんだ。角が高熱になるとかいうあれだよ。
ゾンビといえばファイアーだろ?
「同志! 吸血鬼なら、これです!」
「なにその……厳つい武器……」
「これですか、RPG-29『ヴァンピール』であります!」
「は、はあ……」
意味が分からん。俺はそういうことを聞いているわけじゃなくてだな。
RPG-29とやらはAKによく似たライフル銃みたいだが、尖端がまるで違う。なんと小型のミサイルみたいなものが装着されているのだ。
このミサイルを飛ばして攻撃するのだろう。後でつばさに聞けば詳しく性能は教えてくれると思うけど……。
ま、待て構えるんじゃねえ。
「吸血鬼の異名を持つ者同士の対決であります!」
訳の分からないセリフを言いいながら、萃香は膝を地につけRPG-29を構え躊躇なくぶっ放した。
――ヒュルルル……唸りをあげて小型ミサイルぽいのが赤い光の集団に向けて飛ぶ。
そして、アンデッドたちへ着弾したかと思うと、派手な音を立てて爆発する。
ま、待って……それしゃれにならない。
威力が強ええってもんじゃねえ。爆心地のアンデッドたちは粉々に吹き飛び、地面が抉れ、大きな木が根元から倒れてくる。
幸い炎が燃え広がることはなかったけど、火はダメだ。絶対だめ。
え? 俺もファイアビードルで消毒してやるとか思っていただろうって? そうだな。考えが浅かった。森の中で火を使うのは危険に過ぎるよな。
ふうと胸を撫でおろしていると……ちょ!
「萃香、待て。次弾を撃つんじゃないぞ」
「同志! 接敵即殲滅です」
「連射するつもりだったのか……山火事になるって」
「そうでありましたか!」
萃香と喋っている間にもアンデッドたちがどんどん迫ってくる。
この数に飲み込まれたらひとたまりもないぞ……たらりと一筋の汗が額から流れ落ちる。
「ご主人様……」
ハルが俺の腰に回した腕へ更に力を込める。震える彼女の頭にそっと手を置き「大丈夫だ」と言い聞かせるように彼女の髪を
「同志!」
「ここは俺がやる」
萃香はAKでアンデッドたちへ狙いをつけるが、俺は手でそれを制す。
彼女のAKだと足止めをすることができるだろうが、対アンデッドには不向きだ。というのはゾンビってやつは、腕がもげようが歩くことができる限り歩みを止めない。
弾丸の貫通力は素晴らしいのだが、面を破壊するようにはできていないのだ。
大丈夫だ。手はある。
物量で俺たちを押しつぶすつもりだろうが、それは俺の専門分野だ。見せてやろう。数の暴力ってやつをなあ!
「全力で行くぞ。出でよ、グローワーム」
それはまさに壁のようだった。俺の身長より高い緑色に光り輝く壁。
萃香とハルだけを避けて周囲を埋め尽くす光の質量たち。
「ほ、ホタルでありますか? き、綺麗ですが……」
そう、周囲を埋め尽くし高く積みあがったそれらはホタル。
ホタルは水しか飲まない? 成虫なら確かに飲食は抑え交尾をするためだけに生きる。
しかし――幼虫は異なる。
こいつらは獰猛な肉食なのだ……。
「行け! 全てを喰らい尽くせ!」
俺の号令に従い、緑色に光る壁が赤い光に導かれるように迫っていく。
一つ、二つと赤い光が緑色の光に飲み込まれ、全ての赤い光を覆いつくしていった。
その数……およそ数万匹。打ち払われて潰されようが圧倒的な数の暴力で喰らう。ホタルの幼虫たちはアンデッドに比べれば吹けば飛ぶほどのサイズではあるが、奴らの全身を覆いつくしてもまだ余る。
ものの十分もしないうちに、ホタルたちはアンデッドを喰らいつくしその動きを止めた。
「ご主人様、無慈悲過ぎる圧倒的な力……素敵です」
恍惚とした顔で腰をブルリと震わせそのままペタンと膝が落ちるハル。
「同志! グロすぎであります!」
「夜以外にはやりたくないなこれ……」
萃香の言う通りだ。見えるところでやると、先に俺が倒れそうだわ。
威力は絶大なんだけどなあ。
「よし、戻るか」
あ、あれ。膝に力が入らない。
俺は踏み出した足が支えられずそのまま前のめりにぶっ倒れる。
しかし、ふにゅんとしたものに支えられことなきを得た。
「あ、ありがとう。ハル」
「ご主人様のお役に立てて嬉しいです!」
し、しかし。脚に全く力が入らねえ。
確かつばさは全力疾走し続けた後のように疲労感が溜まると言っていたが、全身の力が抜け落ちるような感じなんだな。
「MPが尽きたみたいだ……」
「でしたら、ボクが運びます」
「あ、あのお」
「どうしました?」
ハルよ。向い合せに抱きしめたまま持ち上げられても……動けないだろ?
「肩をかしてくれるだけで……」
「でしたら……これで……」
今度はハルに背負われ、文句を言う萃香を後目に俺たちはログキャビンに引き返すのだった。
戻ったら、つばさと相談したいことがある……そんなことを考えながら俺は必死で落ちそうになる意識を保っていると、ログキャビンが見えてくる。
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