第15話 ジャージ
自室で眠ると異世界のベッドの上で布団をかぶっていた。このまま寝てもいいのだが……同じことの繰り返しになるのでやめておこう。
ええと、俺は今……安易な逃げを選んだ昨日の自分を殴り飛ばしたい気持ちでいっぱいである。
布団に潜った程度で萃香とハルが引くわけがないのだ。そのうち布団に潜り込んできそうな気がする。
「あ、あれ、同志。これって昨日と同じ時間でありますか?」
ベッドの上にペタン座りした萃香が目を白黒させていた。
「そのようだな。俺たちが現実に戻ろうと「異世界」の時間は進まないってことだな」
布団をめくりむくりと起き上がり、萃香へ言葉を返す。
「そ、そうでありますか。ということはですね、よっしー先輩」
「ち、近い……」
ズズイと息がかかろうかというところまで顔を寄せ、萃香は眉間に皺を寄せる。
風変りな彼女であるが、見た目だけは可憐な可愛らしい雰囲気の実際の歳より幼く見える少女なのだ。一瞬だけ彼女との距離感にドキリとするが……、
「一緒にお休みできないではありませんか!」
そ、そこかよ。さっきの俺の気持ちを返してくれ。
いくら美少女だろうが、萃香は萃香。うん、それで話はおしまいだ。
「どうしたんです? お二人とも……?」
話についていけていないハルがコテンと首をかしげる。し、しかしペタンと座って下着同然の彼女がそんな仕草をしたら……誘っているようにしか見えねえ。
ちょうど俺の目からだと谷間がまるみ……。
「萃香、上着か何か持ってない?」
「同志、ご存知の通り自分も含め着ている服しかないのであります!」
ふむ。それなら仕方ない。
ハルは意識してないだろうけど、このまま悩殺ポーズを続けられても目に毒だ。俺はおもむろにジャージのファスナーを降ろし……。
ふ、二人の目線がやべえ。ちゃ、ちゃんとジャージの下にはタンクトップを着ているからな。あ、色はカーキです。
少し大きいけど、ハルへジャージを羽織らせてやると彼女へ着るように促す。
いや、クンカクンカしないでくれないか……汗臭いと思うし……。
「同志! 自分の迷彩と交換しませんか?」
「小さすぎて入らないって……」
「あ、あの……ご主人様、これどうやってやればいいんですか?」
ハルはファスナーの根元を繋いでつまみを持って引っ張り上げようとするが、なかなかうまくいかないみたいだ。
確かにそれ、やったことなかったら手間取るよな。俺も幼き日は苦戦した記憶がある。
俺はハルの方へ向き直ると、体を屈めてファスナーの根元に手をやる。
「ハル、バンザイしていて。押し付けなくていいから……」
「は、はい」
集中力が途切れるじゃねえか。むにんむにん……あ。
「ハル?」
「ご、ごめんなさい。ご主人様。睨まれると……その……」
俺に押し付けても動揺を見せなかった癖に、そこで真っ赤になるとか何だかいろいろとヤバいと思うぞ……ハル……。
まあいい。ファスナーはセットできた。あとは引き上げるだけだ。
これでよし。
俺のジャージだとやっぱり袖が余ってしまって、ハルの指先を伸ばしても中指がギリギリ見えるくらいだなあ。胸のところだけパツパツだけど。
俺の身長は男としてそれほど高いわけではない。百七十を少し超える程度なんだ。しかし、女性陣の身長が低めなんだよね。
つばさが平均くらいの百六十と少し、まりこがそれより少し低く、ハルがそれに続く。ゆめは百五十に届かないかもしれないし、萃香は百五十を一応は超えているってところか。
「同志! やはり……この女、シベリア送りにしてもいいでありますか?」
「さ、触るんじゃねえ。ハルが嫌がっているだろ」
鷲掴みにしてやがる。いくら女同士でもそれはやっちゃあいけないって萃香さん……。
だからやめろっていってるだろお。ワキワキさせるな。実はこいつ、仮想敵とか言っていて結構好きなんじゃないの?
「あ、あう。ご主人様、み、見ないでください……」
と言いながらこちらに体を向けるハル。
もうやだーこの子たちい。
しかし、今がチャンスだ。二人はちちくりあって意識が俺から離れている。
こっそりとベッドから降りて、隣のベッドで体育座りするゆめの隣にちょこんと腰かけた。
「お兄ちゃん、モテモテだねー」
「あ、いや、そういうことじゃなくてだな。俺たちは『異世界』だと夜間も動き続けるわけじゃないか」
「うん、そうだねー」
「部屋の中は何故か明るいからいいんだけど、外は真っ暗だから夜中に進むことは避けたい」
「うんー」
あれえ、ゆめはにへーと微笑んでいるだけだ。眠ることができないなら、じゃあ、何かしようってならない? で、でも相手がゆめだしなあ……。
それはともかく……部屋は明るいんだよ。天井全体がぼんやりと光っていて読書をするに問題ないくらいの明るさがある。この部屋だけではなく、ログキャビンにある部屋は全て同じようになっているんだ。
電気の灯りのように消したり付けたりできるのかはハルに聞いてみないと分からないけど、中で作業をする分には問題ない。
――コンコン
その時、部屋の扉を叩く音がする。
「どうぞー」
「お邪魔するわね。相談があって」
顔を出したのはつばさとまりこだった。
「俺も相談に行こうと思ってたんだ」
「ところで、叶くん、あの子たちは何をしているのかしら?」
冷たい目でくんずほぐれつの萃香とハルを見やり、ふうとため息をつくつばさである。
「そのうち正気に戻るだろ」
「ねね、良辰くん、夜のうちに石鹸とか作ってみない?」
うんうん、俺はこういう話がしたかったのだ。
「何をそんなに感動しているのか分からないけど、夜のうちに倉庫にあるものを使って、いろいろ試してみるのはどうかしら?」
「そうしよう。ゆめも行く?」
「うんー」
ゆめの手を引きつばさとまりこを連れて部屋を出ようとした時、ズボンにしがみつく何者かが!
萃香だった。
「どうした?」
「同志! 夜も起きているのでしたら索敵をしましょう! 何が潜んでいるのか分からないであります!」
「あ、確かにそれもあるな。ハル」
ハルの名を呼ぶと彼女は上気した顔を向けふらふらと立ち上がった。
「魔王軍がこの別荘を襲う可能性はあるのか?」
「あります。魔王様は軍団を呼び出すことができますので、ここからそう遠くない距離に召喚陣があるのです」
召喚陣というのは魔王がモンスターを召喚する起点とのこと。魔王がふんぬううと念じれば召喚陣からモンスターが出現する。
召喚陣が近くにあれば、いつモンスターが襲撃してくるか気が気じゃないってわけだ。もし俺たちが、ここに永住するのなら召喚陣をぶっ潰す方がよさそうだけど……明日には魔王城に向けて出発する予定なんだ。
やり過ごせるのなら召喚陣はそのまま無視したいところだな。
「同志! モンスターどもを潰しに行きましょう!」
萃香の言う事は一理ある。どういった形でモンスターがポップするか分からないけど、一斉に千体とか出て来るなら先手を打ち攻撃した方がいい。
「そうだな。もし大量に出てくるようだったら、別荘が囲まれる前に潰したいな」
「そうと決まれば、すぐに行くであります!」
「ハル、案内してもらっていいか?」
「はい」
あ、俺たちと違ってハルは不眠不休で動くことはできないか。
「ご主人様、ボクはサキュバスです。三日くらいなら寝ずとも大丈夫ですよ」
「そうか、助かる。まりこ、つばさ、ゆめ。内職は任せてもいいかな?」
話がまとまったところで、まりこたちへお願いすると彼女らも俺の意見に同意してくれたのだった。
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