第14話 ベッドから落ちる

 夜になりました。全く予想していなかったわけじゃあなかったけど、やはりというかなんというか分かりやすいなほんと……。

 

「同志! 自分が拭き拭きします! 脱いでください!」


 こら、萃香。荒い息でジャージを引っ張るんじゃねえ。伸びるだろ。

 そして……反対側にはボクっ娘サキュバスことハルきゅんが。

 

「ご主人様のお世話はあなたさまのしもべのボクの務めです」


 目を輝かせて濡れたタオルを握りしめているという状況だ。


「自分でできるから、放っておいてくれないかな……」

「そ、そんなせっかくの……いえ、勿体な……いえ、お疲れじゃないですか! ヨッシー先輩! 自分がやるであります」

「ボクが……」


 全く引いてくれねえ。

 こんな時はそうだな。

 

「ゆめ」

「なあに、お兄ちゃん?」

「そろそろ寝るか」

「うんー。でもお兄ちゃんだけ、まだ体を綺麗にしていないけどいいの?」

「一日くらい問題ないだろ。洗濯もできてないし」

「えー、不潔―。まあいいかー」

「うん、まあいいのだ。そんなわけで、萃香、ハル。悪いがもう寝る」


 二人の肩をポンと叩き、俺は布団に潜り込んだのだった。

 「そんなあ」とか言っているが知らん、知らんぞ。


「同志!」

「あ、萃香ちゃん、お兄ちゃんは」


 俺の特技を知っているのはゆめだけだ。ゆめの解説が先か俺が落ちるのが先か勝負してくれよう。

 目を瞑ると急速に眠気が襲ってきてすぐに意識が遠のいていく。そう俺の特技とは寝ようと思えば三秒で寝られることだ……かゆうま……。

 

 ◆◆◆

 

――よっしー、朝だよ。起きてえ。

 お気に入りのアイドルボイスが鳴り響く。俺は手を伸ばしスマホを探り当てると手元に引き寄せた。

 ふむ。いつも通りの目覚めか。見たか俺の特技を……ふふ、驚いただろうな萃香とハル。

 

 くつくつと低い笑い声が出てしまう。愉快だ。ああ、愉快だとも。この場で立位体前屈をやってしまうくらい。

 俺はおもむろにベッドの上に立ち上がると、膝を伸ばし腕を真っ直ぐ下に伸ばす。お、おお。調子がいいぞ。ベッドの下に手のひらが出る。

 もう少し、手首の骨のところま……あ!

 派手な音を立ててベッドから転げ落ちてしまった。

 

「お兄ちゃんー、どうしたのー? すごい音がしたけど」


 心配したゆめが扉の外から声をかけてくる。


「あ、いや。若気の至りってやつだよ」


 ぶつけた頭をさすりつつ、扉を開き何でもないと平静を装う俺である。


「お兄ちゃん、もう高校三年生なのに中学生みたいなこと言ってー」


 ゆめはえへへーと笑い、階下へ降りて行ったのだった。

 ううむ。調子に乗るとダメだ。今回はただベッドから転げ落ちただけで済んだけど異世界で同じ調子でいると命に関わるからな……。

 俺は自身の胸に言い聞かせるよう兜の緒を締め、階下のリビングに向かう。

 

 リビングに行くと既に両親は仕事に出ていて、ゆめだけがソファーに寝そべってスマートフォンをいじっていた。

 ダイニングテーブルの上にはありがたいことに俺の朝食が置かれている。今日は目玉焼きに鮭、みそ汁とご飯だ。オプションでノリまである。やったー。

 浮かれていると、ゆめがテーブルの上にピンク色のメルヘンな本をコトリと置く。

 

「お、ゆめ、もう読んだの?」

「うんー。迷い込んだアリスがウサギさんと遊ぶお話だったよー。おもしろかったー」

「そっか。よかった」


 せっかくだから俺も読もうかななんてみそ汁を啜りつつゆっくりと食べていたら、朝の時間が無くなってきた。


「ゆめー、もう出るのか?」

「うんー。萃香ちゃんとのお話も終わったし」


 さっきスマートフォンをいじっていたのはそういうことだったのね。

 それで思い出したんだけど、全員が参加しているチャットルームを作っておいた方がいいな。誰かに伝え忘れてたとかにならないし。萃香に送って、次はつばさになんてことをしないですむ。

 

「ゆめ、じゃあまた後でな。異世界に行ったら魔王城を目指す予定だ。どんなところか楽しみだよな」

「きっと孤島にあるんだよー」

「おお、孤島の魔王城か。それは素敵な立地だ。プライベートアイランドなんて夢の空間じゃねえか。あ、いってらっしゃい。ゆめ」

「うんー。行ってきますー。お兄ちゃんも遅れないようにね」


 ゆめに手を振って見送った後、俺も着替えを済ませ学校に向かう。

 

 ◆◆◆

 

 登校するとさっそく同じクラスのまりことつばさへお話をと思ったけど、俺だって男子である。朝から女子二人とキャッキャしていると目立ってしまうじゃないか。

 俺はクラスでも空気である。いや、空気であるように努めているのだ。目立たずぬるぬるとぬるま湯につかっていたい。そんなものに俺はなり……

 

「な、なにかなあ?」


 席に座っているのに前方につばさが椅子を持ってきて脚を組みふふんと斜に構えていて、まりこはにこおっと両肘を俺の机の上につけて頬杖をついている。


「どうしたの? 良辰くん?」

「あ、いや、机の上に……」


 まりこに問いかけられたものだから、つい目に付いたことが口をついて出そうになった。

 机の上に? いや、その先は言わなくても分かるだろう。あれだよ、ででーんとあれが乗っかってるんだよ。

 いつも思うのだが、彼女はもうちょっと自分がどう見えるのか考えた方がいい。

 

「わたしからもつばささんからも提案があるの。お昼に屋上でいいかな?」

「お、おう。つばさもそれでいい?」


 つばさは腕まで組んで顎で「それでいいわ」と示す。普段の彼女はいつもこんなカッコいい感じなんだけど……異世界では。

 

「何かしら? 叶くん」

「あ、いや、何でも」

「どうせあなたのことだから、今もまりこさんの胸を見て禄でもないことを考えていたのでしょう?」

「それはない」


 いまじゃなく、少し前だ。

 しかし、つばさは俺の目から嘘は言っていないと分かったようで少し動揺する。

 

「ま、まあいいわ」


 俺と目を合わせずつばさは自分の席へと戻って行った。

 

 そんなわけであっという間にお昼になり、つばさが屋上へ続く扉をこじ開け萃香も交えて話し合いが始まる。

 まりこからの提案とはライムというアプリで異世界部屋を作ってそこに全員が参加すればどうかってことだった。俺も考えていたことなので、その場で部屋を作成しみんなを「異世界部屋」へ招待する。

 つばさが妙に手間取っていたのが印象的だったが、あれほどの才女にだって苦手なことがあるんだなあと微笑ましい気持ちでスマートフォンを触る手元が怪しい彼女を見ていたが、睨まれた……。

 

 一方つばさの提案はとても具体的かつ必須ともいえる知識だった。

 それは、石鹸、シャンプー、歯ブラシ、歯磨き粉といった日用品の自作方法でいつまとめたのか分からないけどつばさの大学ノートに分かりやすくまとめられていたのだ!

 す、すげえつばさ。

 

 丁寧なイラスト入りで解説されている上に実践できるレベルまで品質を妥協し落とし込まれている。

 

「これをいつ?」


 あっけにとられた俺がつばさに問うと、

 

「授業中にまとめたのよ」

「資料も無しで?」

「資料はここに入っているわ?」


 自分の頭を指さしくすりと微笑むつばさ。か、カッコいい。

 てっきりスマートフォンを授業中に使って調べるという危険球を放り投げていると思ったが、まさか全部頭の中に入っているとは……おそるべしだぜ。


「つばささん、このうさぎちゃんと男の子の絵可愛いね」

「そ、それは……あなたたちに分かりやすいようにと思って……」

「カラフルなラメも可愛い。少し浮き出るんだね」


 も、もうやめてやれよ。まりこ……つばさちゃんのライフはゼロよおお。

 

 なんてハプニングもあったが、現実世界での一日は充実したものとなったのだ。

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