第13話 素敵な別荘

 鉄人を三往復させてハルおすすめの小屋まで到着した。小屋というからボロボロで雨が降ったら水浸しになるようなのを想像していたんだけど、逆の意味で驚かされた。

 一言で言うと、小屋はキャンプ場にある少し豪華なログキャビンみたいな作りをしている。屋内にはキッチンとトイレこそないものの、明るい茶色の木目が鮮やかなフローリングに、暖炉があるリビング。

 二階は寝室になっていて、部屋数も四つある。それぞれの部屋にはベッドが二つ並んでおり天窓が開くようになっていた。寝そべりながら星を見ることだってできる。

 ログキャビンの外には囲いがあって、ウッドデッキみたいなスペースになっている。ここに広いテーブルと椅子がおかれティータイムとしゃれこむと楽しそうだ。

 ウッドデッキの傍にはかまどと井戸があり、ログキャビンの裏手には岩風呂?みたいな施設だってあった。残念ながら岩風呂には水さえ張られていないので今は使えないのだろう。

 

「すげえなここ……」


 暖炉の前にあるロッキングチェアをゆらゆらさせて茫然と呟く。

 

「奥に納屋と食糧庫があるみたいね」


 室内をくまなく探索していたつばさが戻ってきたようだ。

 まりこはハルを手伝いにかまどへ、萃香は「索敵に行ってまいります!」と鉄人とパトロールに出かていった。

 ゆめは俺と同じようにリラックスムードでぐでーっと暖炉の前にある毛皮に寝そべっている。

 

「しっかし……こんないい場所があるなら、もうここでじっとしていてもいいくらいだな」

「ダメよ。それは後。私たちが来た原因を探らないと」

「いやあ、もういいかなあって。人より少し長い夢を見る程度に思っておけばいいんじゃ」

「ダメよ。スッキリしないじゃない。それに……魔王がいつ攻めてくるかわからないでしょ?」


 なんか食い下がってくるつばさだったが、俺は魔王軍なんてたいしたことない集団だと思っているんだ。

 だってさ……道中聞いたんだけど魔王軍の四天王ってライオネル、ハル、いっちー、鉄人の四名なんだから。ライオネルはもう一回来たとしても軽く蹴散らせるし、残りの三名は敵じゃあなくなった。

 四天王でこの程度なんだから、他もお察しだろ?


「そうです! 魔王軍は危険です。あ、夕飯できましたよ」


 いつから話を聞いていたのか分からないが、ハルが俺たちを呼びにリビングに顔を出す。


「えー」

「ご主人様とそのご一行はとてもお強いです。しかしですね……魔王様はお一人であっても軍にもなるのです」

「よ、よくわからん……」

「それってライオネルが連れていたような軍団を魔王が生み出せるってことかしら?」


 さっしのいいつばさがハルへ補足してくれる。

 なるほどなあ。ウォーゲームが拠点でユニット生産できるように魔王も大量のモンスターの軍団を生み出せるってことか。

 ユニット生産の魔法陣みたいな施設があるのなら、そこを破壊すれば終わりだけど魔王そのものが起点になるとしたら厄介だ。

 

「そうです。ですので魔王様はお一人であっても魔王軍の軍団規模に変わりはありません」

「ハルたちも魔王に生み出されたの?」

「いえ、ボクたち四天王は異なります。異界にある魔界というところから来たんですよ」

「そっかあ。もう一つ。魔王の生み出したモンスターたちは自由意志を持つのか?」

「いえ、ありません。知性がある者もいますが、交渉の余地はありませんね」


 うーん、めんどくさい奴らなのかもしれない。

 腕を組み首を捻るとお腹がぐーと鳴る。

 

「ねーねー、ハルちゃんー。このおうちはハルちゃんのなの?」


 夕飯ということでようやくのそっと起き上がったゆめがのんびりとハルへ尋ねた。

 

「いえ、魔王様の所有物です。ここは魔王様が建築されて私たち四天王に借り与えられていたものです」

「ほう。それなら魔王の住む魔王城はさぞ快適なんだろうな」


 俺の心にどす黒いものが渦巻く。

 

「まさか、ご主人様は魔王様を倒すおつもりなんですか?」


 ハルは俺の事を勇者って言ってたのに、今更何を聞くんだろう。

 勇者って魔王を倒すものだろ? それに……建築したのは魔王……。

 ハッ、ハルの質問に応えねば。


「あれ、俺たちが魔王を倒そうとするから、ハル達が襲撃してきたんじゃないの?」

「ま、まあ。そうですけど……」


 苦渋の表情で目を伏せるハル。


「叶くん、さっき邪悪な顔をしてたわよ。あなた……あの王のために魔王を倒すとか殊勝なことを考えてはいないでしょう?」


 やれやれと肩を竦めつばさがそうのたまった。

 何て奴だ。俺は善良な市民。「市民、あなたは幸福ですか?」と聞かれたら迷いなく「はい」と答えるほどだ。

 そんな俺が殊勝じゃないわけがないだろう。

 

「ああ、こんないい別荘を建築できる魔王と交渉して快適な家で住もうかなとな。ついでになんだっけ? 異世界に行く原因を聞けたらいいな」

「やっぱり……」


 つばさははああと呆れたため息をつく。

 

「いや、つばさ。つばさも王様の言う事を聞く気なんてないだろ?」

「そうね。差し当たり、魔王とやらとお話肉体言語かしら」


 つばさは手を組みゴキリゴキリと鳴らし、不敵な笑みを浮かべる。

 

「まずはご飯にするか」

「そうね」

「うんー」

「こちらになります」


 俺たちはえっちらおっちらと外のウッドデッキのテラスへ向かう。

 

 ◆◆◆

 

 鉄人を呼び寄せ、萃香を回収。ハルの作ってくれた干し肉と山菜鍋に舌鼓を打つ。

 そのころにはすっかり日が暮れ、焚き木のオレンジの灯りが俺たちの顔を照らしていた。


「同志! 明日朝いちばんで魔王城に向かうことは分かりました。しかしですね、その前に重要なことがあるであります!」


 萃香は拳をギュっと握りしめ力強く主張する。

 

「な、なんだろう……」


 どうせ碌でもないことだろうと思いつつも、一応彼女へ応じる優しい俺。

 

「それはですね! 寝る場所です! 四部屋にベッドが二つ。その組み合わせが大事なのであります!」

「あ、うん」


 やっぱりどうでもいいことだった。俺とつばさの予測だと、俺たちは異世界で眠る必要はない。というか寝たら現実に戻ってしまう。現実から異世界に戻ってきたとしても異世界での時間が経過していないんだ。

 それでもまあ、うん。一応決めとこうか。

 

「じゃあ、俺はゆめと同室で。まりこはつばさと。ハルと萃香は個室な」

「え、えええ。待ってください。同志! いっちーさんと鉄人さんがいるじゃないですか。ですので……」

「鉄人は部屋に入らないだろ。いっちーは頭を下げたら扉はくぐれるが……」


 そこでハルが俺へ目配せする。


「ハル?」

「いっちーは屋外で寝ますので、お気遣いなく。四天王ということで四つ部屋がありますが、使ったことがあるのはボクだけでした……」


 ふむ。俺は手をポンと打ち、萃香へ顔を向ける。

 

「だってさ、萃香。安心して一人でゆっくりと休むがいい」

「そ、そんなああ。ゆ、ゆめちゃんと寝るであります! そ、そして寝静まった後……」


 あー、何か妄想が変な方向に向かって行ったようだから放っておくか。

 ん?つばさが俺の耳元に。何だなんだ?


「叶くん、みんなに言わなくていいの?」

「言ってもいいんだけど、万が一予想と違っていたら……だしさ」

「まず間違いないと思うけど。現に魚を食べて倒れたところからだったでしょ?」

「次は夜だから、みんなもそれで説明するより理解してくれると思って」

「あ、そうね」

 

 つばさは「仕方ないわね」と大きく息をつくものだから俺の耳に当たって……ゾワゾワしている間に彼女は元の位置に戻ってしまっていた。

 しかし……俺はちゃんと見たぞ、つばさがチラッと萃香に目をやっていたことを。

 分かってくれたか、つばさ。

 俺は満足気に頷くのだった。

 

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