第12話 正気に戻る

「ご主人様……あの、そのお」


 ハルは伏し目がちになり左右へ首を振る。

 おおっと、すぐに手を引き抜かねば……俺は心の中でハルに謝罪しつつ手を元に戻す。

 ん?なんか少し残念そうに潤んだ瞳で見つめてくるじゃあねえか。

 はて……疑問に思い腕を組む。そういやハルが左右を見渡していたな……どれどれ。

 黒い汚物たちが目に入る。

 何じゃこらー! 俺はこいつだけが苦手なんだ。どんな虫でもウェルカムの俺だというのにこいつだけは克服できん。

 わ、わらわらといるじゃあねえか。

 さ、寒気が……。飛ぶな、飛ぶなよ絶対。


「こ、これは……まさか」

「ご主人様の……」


 一体俺は何をしていたというのだ。すぐに黒い宝石たちを世界から消失させる。確かにこいつの名前はリストにあった。


「ハル、一体何があったのか教えてもらえるか?」

「ご主人様は鬼畜ですが、そ、そのお、じーっと見つめる時だけは優し気なんです……ですので……」

「待て待て、ハルの気持ちじゃあなく起こったことだけを簡潔に頼む」


 俺の言葉にハルはコクリと頷きを返し、経緯を語ってくれた。


「……すまん……」


 いや、ハルの能力で俺がやっちまったことだから、俺は悪くないと言い張ることもできるんだけど……やったことが鬼畜過ぎる。


「いえ、虫はともかく……ご主人様は素敵でした」


 両手を胸の前で組み上目遣いでほおうと息を吐き出すハル。

 しかし、俺とハルの間に割り込むように空から萃香が飛び降りてくる。あ、鉄人の手のひらから降りて来たのね。

 萃香はシュタッと両手と片腕を地につけ着地し、流れるような動作でハルへAKを突きつける。


「鉄人に免じて許してやろうと思いましたが、よっしー先輩に色目を使うなんて……やはり仮想敵にはここで亡き者になってもらうであります!」


 グイっとハルのたゆんたゆんへAKを押し付ける萃香。し、しかし、そんなことをしたらむにいっとAKの先がおっぱいに沈んでいくぞ。


「萃香、ハルから情報を聞けそうだったんだぞ。AKを降ろしてくれないか」

「同志。この仮想敵を許すでありますか?」

「だ、だってさ、ハルがいなくなったら鉄人は二度と動かなくなるぞ。な? ハル」

「は、はいい。そうです。鉄人ハルト十二号はボクの魔力で動いています」


 冷や汗をダラダラ流しながらハルは俺へ目配せをする。本当か嘘か分からないが、なかなかいい理由だぞ、ハル。


「そ、そうでありましたか……仕方ありません」


 萃香は尚もグイグイとハルの胸にAKを押し付け、一瞬だけ鬼のような形相をした後手を引く。

 

「ハル、そんなわけでいろいろと協力してもらうぞ」

「いろいろですか。な、何でも言ってください。荒々しくても構いませんよ?」


 ポッと頬を染めるハルであったが、あれだけ酷い事をされてこうなるのが理解できねえ。怖いよ。異世界。

 理解できない現象へは触れないに越したことは無い。余計なことに首を突っ込むなって昔から言うだろ? シュレーディンガーの猫ってやつだよ。

 別名、知らぬが仏。

 

 それはともかく、ハルにあれやこれや聞いたりする前に全員の無事を確認しよう。

 萃香はまた鉄人と遊び始めたからよし。ゆめは……ぼーっと萃香達の様子を体育座りして眺めている。

 まりことつばさは……え、えええ。


「うわあ。ハル、いっちーからまりことつばさを解放したってさっき言ってたよな?」


 なんとつばさはいけない縛りをされたまま俺と目が合ったことで顔を真っ赤にしていて、まりこはぼーっとしたまま触手にぬめぬめとされているじゃあねえか。


『……グゲ……解放はシタ……』

「解放してねえじゃねえかよ!」


 すかさずいっちーへ突っ込みを入れる俺であったが、いっちーはグゲグゲと不気味な笑い声を出し言葉を続ける。

 

『……シカシ……再び捕まえないとはイッテナイ……』


 う、うぜえ。


「ハル!」

「な、何とかします!」


 ハルは慌てて鉄人の元へ駆け寄ると、鉄人の胸の辺りがパカンと開いて彼女はその中に潜り込んだ。

 すぐに出て来た彼女は手に黒いビロビロした何かを持っている。

 

「いっちー、これで手を引いてください」

『……グゲ……タイツ……タイツ……六十デニール……』


 どうやらハルの持っていたのはタイツだったらしい。いっちーはタイツに吸い寄せられるようにふらふらとハルの元へズリズリと砂ぼこりをあげながら寄っていく。

 ハルの目の前まで来たところで、いっちーはつばさとまりこを解放しハルからタイツ(六十デニール)を受け取ったのだった。

 これで全員の無事が確認できたわけだが……なんか納得いかねえ。いや、深く考えるのはよそう。

 

「良辰くんー!」


 解放されたまりこが俺へ飛びつき、ギューッとしてくる。

 怖かったよなあ。助けるのが遅くなってごめんな。彼女の頭を撫でると、彼女は俺の胸に顔を埋めスリスリと頬をすりつけた。


「つばさ、大丈夫か?」

「え、ええ。私としたことが油断したわ……」


 顔を真っ赤にしたまま、つばさは俺から目線を逸らす。

 しかし、彼女はすぐに俺へ目を向けると「にやあ」といやーな予感のする笑みを浮かべた。

 

「それで、叶くん、まりこさんの胸はどう? そんなに強く抱きしめちゃって」

「え、え、ええ」


 意識したら急に恥ずかしくなって変な声が出た。そ、そうだな。確かに……。

 く、危うくつばさの術中にハマるところだった。これは彼女なりの意趣返し、いや、照れ隠しだろう。

 あんな姿を見ちゃったし、自分でもさっき油断したって言っていたしな。

 

「あ、ごめんね。良辰くん。つい」

 

 つばさの言葉を聞いたまりこは顔をあげ、俺から距離を取る。


「いや、全然いいって。不安だったんだもんな」

「うん、ありがとう。良辰くん」

 

 ぱあああとまりこは花が咲くような笑顔を浮かべ礼を述べたのだった。

 気を取り直して……、俺はハルの肩をポンと叩くとみんなの顔を(萃香以外)見渡し口を開く。

 

「みんな、戦いの結果、ここにいるハルが協力してくれることになった。ハル」

「改めましてハルです。さっきはすいませんでした……でも、ボク……四天王で……」


 ハルは涙目になってえぐえぐとし始めてしまった。

 

「いいのよ。最初は敵同士……でも、戦って友情が芽生える。王道じゃない。さすが異世界ね」


 つばさはハルから流れる涙を人差し指で拭い彼女の肩を軽く叩く。しっかりしなさいとでも言うように。

 しかし、彼女は尚も涙を流し続ける。そんなハルを見かねたのか、まりこが傍に寄って行って彼女を抱き寄せた。

 

「大丈夫、大丈夫。ハルちゃん」


 そのまま、まりこは彼女を落ち着かせるように頭と背中をポンポンとする。

 

「お姉さま……あ、ありがとうごじゃいます」

「ううん、落ち着いた?」


 ハルが落ち着くのを待ってから、俺たちは円を組むように座ってお互いに自己紹介を行う。

 

「勇者さんたちも大変だったんですね……」

「そうだよ。何も聞かされずに放り出されたんだからな」


 無一文で何の情報も与えられず街を飛び出したことを聞いたハルがしみじみと呟いた。

 そうだよ。未だに何がどうなっているのか全く分からねえ。

 

「ハル、魔王軍やこの世界の人間たちのことをざっくりとまずは教えてもらえるか?」

「はい」

「あ、あのお。良辰くん。お話し中ごめんね」


 俺とハルのやり取りへ気まずそうな様子でまりこがおずおずと手をあげる。

 

「どうした? まりこ?」

「うーんとね、『あっち』では食べているんだけど『こっち』で何も口にしていないから……お腹すいちゃった」

「そういえばそうだな。そのうち日も暮れてくるだろうし今晩はどこかでキャンプかなあ」


 体の傷が持ち越しのはずなのに腹が減るとはどういうことだ。んー、時間経過を考えると確かに腹は減るか。異世界に行っている間は現実世界の時間が動かない。

 しかし、俺たちの体は活動し続けてるわけなのだから……うん、一応納得した。


「でしたら、宿泊用の小屋がありますのでそちらに案内します。食料もそこに備蓄してますのでご安心ください」

「ありがとう、ハル。話はそこでやろう」


 お、おお。ハルのおかげで寝るところと食事、両方一気に解決したぞ!

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