第9話 俺のお家に来なよ

「良辰くん、どうだった?」


 つぶらな瞳で見上げてくるまりこ。その角度はグッとくるぜ。

 ま、まあそれはいい。

 

「たいしたメッセージじゃあなかったよ」

「そうなのー? ねえねえ、良辰くん、わたしも行っていいかな?」

「ん?」

「おうち」


 誰のだと突っ込もうと思ったが、萃香め……まりこにも送りやがったな。


「どうしたのかしら?」


 俺たちのやり取りにつばさも乗っかってきた。

 結局すったもんだのうちに、つばさとまりこを連れて家に帰ることになってしまう。

 お、俺の家に女子が……萃香が既に来ているって? 彼女は何度か家まで来たことがある。ゆめの誘いでな。俺が連れて帰ったわけじゃあない。

 

「叶くん、あ、あくまで、あ、あなたの家に行くのは作戦会議なんだからね。先に図書館へ行くわよ」

「おう」


 いろいろ思うところはあるけど、家だと落ち着いて話しこむことができる。二人きりで過ごすわけじゃないし、万が一も起こらないからおっけーおっけー?

 

 ◆◆◆


「ただいまー」

「同志! お待ちしておりました!」


 家に戻るとすごい勢いで萃香が駆けてきた。

 

「お邪魔します」

「おじゃましまーす」


 続いてつばさとまりこも靴を脱ぐ。

 

「ど、同志! 自分と同志のめくるめく時間は……」

「そんなものはないからな」

「そ、そんなあ。お風呂行きます? 行きましょう。ね?」

「着替えも持ってないだろ?」

「そ、そうでした! つ、次は持ってきます」


 目を瞑り何を妄想しているのか息が荒くなってくる萃香……。

 こいつは触れてはいけねえもんだ。つばさが俺を汚物を見るような目で見ているし。俺は関係ないだろ。

 

 萃香を放置して居間まで行くと、ゆめがソファーでゴロゴロと転がりながらテレビを見ていた。

 

「おかえり、お兄ちゃん。あ、お姉ちゃんたちも、こんにちはー」


 ゆめは起き上がり、ペコリとお辞儀をする。


「みんな、うちの両親は共働きなんだよ。今日は遅いって連絡があったから二十時まで大丈夫だ」

「ではさっそく始めましょうか」


 つばさはどさりとスクールバックを床に置きノートと筆箱を取り出した。

 俺たちはローテーブルを囲むように座ると、図書館で借りて来た本をテーブルの上に置く。

 片っ端から借りてきて全部俺のカバンにつめたから、重いったらなんの。

 

「寝床の作り方と食料調達、あとは水のろ過とか生きていくのに必須のところから見て行こうか」

「そうね。一番の難点は食料だわ。一見して地球と同じものに見えても、叶くんが食べた魚みたいに毒がってこともあるから」

「だなあ」


 つばさが言うことはもっともだ。うーん、どうしたもんか。こればっかりは食べるしかないのかなあ。

 現地の人に聞くのが一番だけど……一旦街に戻った方がいいかもしれん。


「寝床や水みたいなやり方さえ知っていればできることは私と叶くんが覚えておけばいいわね。食料もそうだけど、もっと大切なことがあるわ」

「なんだろう」

「それは寝ている間の安全確保よ」

「寝るとこっちに戻ってくるんじゃないかな」

「それだといいんだけど……まだこっちと『異世界』を移動する条件が不明だもの」


 夜間に野宿するとモンスターや野生動物の襲撃が心配だな。焚火をするだけじゃ弱い。「群体スキル」で警戒に当たらせることはできるけど、MPがすぐに尽きてしまうだろう。


「野宿するなら交代で番に当たるしかないかなあ」

「そうね……私とまりこさん。あなたと早瀬さんの組み合わせかしら」


 お、おおい。俺が萃香かよ。あ、いや。萃香との方がいいか。寝ている間に何されるか分からないからな。同時に寝た方がいい。

 そこまで考えているとは、やるなつばさ。

 

 俺が納得したようにうんうんと頷いていると、これまで黙っていたまりこが手をあげる。

 

「お話は終わったのかな? わたし、向こうの着替えが欲しいなあ。できればお風呂も入りたいなあ」

「そうね。やっぱりお金は必要だわ」


 つばさもまりこの意見に賛成みたいだな。俺もできれば人間的な生活はしたい。


「じゃあ、『異世界』に戻ったらまず街へ向かおうか。みんなそれでいいかな?」


 俺の問いかけに全員が賛成を返した。

 街に行くとなると萃香に鈴をつけておかなければいけねえ。なあにつばさに任せておいて俺は萃香の首根っこを掴みながらついていけばいいだけだ。


 そんな感じで後は各自でサバイバルのことをネットなり借りてきた本なりで調べておくことにしてこの場は解散となった。

 

 ◆◆◆

 

「う、うーん」


 自室で眠ったはずだが、草むらの上に仰向けなって寝転んでいた。後頭部にはふにゅんとした柔らかい感触、目線の先は暗い。太陽を遮る壁のようだ。


「良辰くん、起きた?」

「ん?」


 壁が揺れてまりこの声が。

 な、なるほど。まりこに膝枕されてたってわけか。彼女の声に合わせて壁がゆさゆさしている。

 

「どうなったんだろ」

「そうね、あなたが気絶した時間の直後に戻ったみたいだわ」


 つばさが俺を見下ろしつんと顎をあげる。

 

「同志! 無事でありましたか! それにしても……(仮想敵を)見過ぎであります!」

「え?」


 何を?

 あ、ああ。プルプルとよく形を変えるからつい目線が行ってしまっていたってわけではない。

 俺は寝たまま動いていなかっただけだ。膝枕されていて上を向いているのだから当然じゃねえか。

 

 ゴロリとまりこの膝から転がり、ゆっくり体を起こしてみる。

 うん、何ともないみたいだぞ。あの魚は一体どんな毒を持っていたんだろう。

 こんな時に頼れる人は……。

 

「つばさ、俺がこの魚を食べた時の状態が分かる?」

  

 そう、つばさ以外いない。

 

「推測よ。おそらく麻痺毒だったんじゃないかと思うわ」

「『現実』に戻って寝ている間に毒の効果が消えたってことかなあ」

「おそらくね。私の傷もカサブタがはってきているもの」


 怪我は持ち越される。異世界で経過した時間は現実世界へカウントされない。逆もまた然りってところかな。

 つまり、現実世界でどれだけの時を過ごそうとも、異世界へ舞い戻った時は移動した直後の時間になる。逆も同様だ。

 もう一つ、移動する条件も何となく分かってきた。あと数回移動すれば判明するだろう。

 よし、いつまでも湖にいても仕方ない。動くか。

 ……とその前に。

 

「みんな、体に問題はないか?」


 俺は首を回したり、屈伸をやってみて体に異常がないか確かめる。うん、普通に動くし痛みもない。

 ちょ、まりこ。背を逸らしすぎだって。「んー」なじゃないよ。

 

「良辰くん?」

「な、なんでもないよ」


 首だけあげて俺の名を呼ぶがまりこの顔はゆさゆさに隠れて見えない。お、恐ろしい戦闘力だぜ。


「全く……」


 つばさがあきれたように腰に手を当てふうと息を吐く。

 他の女子たちはどうかというと……ゆめは萃香と体育の準備体操のようにお互い背を預けて引っ張りあっていた。

 

「お兄ちゃん、何とも無かったよー」

「同志! 後はAKの整備だけであります!」

 

 AKか……。そういや萃香以外は誰も武器を所持していない。

 チュートリアルで武器を一つもらえたんだけど、武器だけもらってもなあ……そのままずっと使い続けるのは難しい。

 疑問に思った俺は萃香に聞いてみることにした。

 

「萃香、整備しようにも道具がないんじゃないか?」

「そうでありました。でも心配ありません!」


 萃香はAKを掴むと目を瞑る。すると、AKが忽然と姿を消し彼女が目を開くと再びAKが出現した。

 そういうことか。AKは俺の虫やゆめのペンギンと同じで召喚なのね。毎回新品で出てくるってことか。

 

「弾丸も自動で補充されます!」

「それは便利だな。MPには注意しろよ」

「もしもの時は同志が解放してください! 脱がせても構いません!」


 だから、息が荒い。頼むから会話中は興奮しないで欲しい……。

 

「じゃあ、街へ向かうか」


 準備が整った俺たちは街へ向かうことにしたのだった。


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