第8話 どうやら異世界だったようだ
あっという間に昼休みである。つばさに呼び出しを喰らったんだが、まりことも約束をしている。
となれば、まりこと一緒に屋上へ行けばいいのだ。賢いぞ、俺。
しかし、屋上へ行こうとすると問題が発生する。
「良辰くん……」
「そうじゃないかと思ったよ」
まりこと目を合わせ、ため息が出てしまう。
うむ、屋上へ出る扉が閉まっていて開かない。
もういいや、教室に戻ろうかな。
踵を返すと、つばさが腕を組んでふふんとこちらを伺っているじゃあないか。
いたんならいたって言えよ……真後ろにいたらビックリするだろ。
「私は屋上でって言ったんだけど?」
「扉が開いてないんだって」
「それくらい何とかしてほしいところね」
つばさはどこからか針金を取り出すと、扉の鍵穴をガチャガチャやりはじめた。
すぐにガチャリと音がして扉が開く。
つ、つばさ……それ絶対外でやるなよ。
「行くわよ」
「すごーい。つばささん!」
まりこは目をキラキラと輝かしている。それ、ダメな行為だからな。
屋上に出るとつばさは扉のカギを閉め室外機の上に腰かける。俺とまりこも彼女の真似をして同じように座った。
「食べながらでいいわ。叶くん、まりこさん。これを見て」
つばさはすっと腕を俺たちに見えるように突き出した。
「ん? 細くてスラッとして綺麗な指だな」
「っつ。あ、あなた、私をからかわなくていいから……ちゃんと見て」
「お、おう」
つばさの手の甲へ顔を近づけると彼女は手を引いてしまった。
おいおい、それじゃあ見えないじゃないか。抗議するように顔をあげると、何故か彼女は頬を赤らめている。
「全く。油断も隙もないんだから。あなたに聞いた私がダメだったわ。まりこさん、気が付いた?」
まりこはブンブンと首を左右に振る。勢いよく振るもんだから……この先は言わなくても分かるな?
彼女の態度へつばさは大げさなため息をつき額に手をやる。
「いい? 私の拳に傷がついているのが分かる? これ、昨日は無かったの」
「それって……」
つばさは満足そうに頷きを返す。
おそらく、あの傷は黄金の左をライオネルへ見舞った時にできたものだ。
ということは……。
「あの夢は現実?」
「現実なのかどうかは分からないわ。でも、少なくとも『向こう』で受けた傷は現実に持ち越される」
「つ、つまり……」
「そうよ」
あの夢で死ぬと、そのまま俺たちは帰らぬ人になるってことだ。
背筋がゾクゾクする……夢というよりあそこはもう一つの現実――「異世界」と言った方がいいだろう。
あー、そうかあ……ガクリと膝を落としそうになったところでつばさが口を挟む。
「叶くん、落ち込んでいるところ悪いけど、私の計算ではまた『向こう』へ行く確率が非常に高いわ」
「俺もそう思う。何をすればいいのか分からないけど『異世界』で何かを為さないとずっと『異世界』へ行くことになるんじゃないかな」
俺とつばさは頷きあう。
「あ、あのお。どういうことなのかな?」
えへへとまりこが可愛らしく頬に手をあておずおずと手をあげる。
「嘉田さん、俺たちを『異世界』へ呼んだ奴は俺たちに何かをして欲しいから呼んだと考えるのが自然なんだ」
「おおー。すごーい。良辰くん。そういうことだったのね」
「確定ではないけど、大きく外してはいないと思う」
「じゃ、じゃあさ」
まりこは「はいはいー」と手を振った。
「はい、嘉田さん」
「えーっとお。みんなでサバイバルのお勉強をするといいかなーと思います!」
「確かに」
異世界では俺たち道具を一切持っていない。生きていくためにサバイバルの知識があるにこしたことはないぜ。
「ちょっと、叶くん。まずは振り返りからよ」
「確かに。俺たちの覚えていることを突き合わせて、みんな同じ体験をしたのか確認しておいた方がいいな」
「おー」
つばさの提案にまりこも同意する。
「じゃあ、一番記憶をしていると思う三条さんから体験談を語ってもらっていいかな?」
「……叶くん」
ん、何やらつばさは不満そうだ。変なこと言ったかな。
「三条さん?」
つばさの名を呼ぶと、彼女は紙片を俺の手のひらの上に置いた。
ん、これって俺が書いたものだな。持っていたのか……捨ててくれていいのに。
「ご、ごめん。それは悪ふざけが過ぎた」
「そう……それ読んでもらえるかしら?」
「え、えええ……」
睨むな、睨むなって。読めばいいんだろ。
「つばさちゃんが……」
「ストップ! もう一回」
「つばさちゃんが……」
「ストップ、もういいわよ」
一体何がしたいんだよ。あ、まさか……。
「三条さん」
「……」
「つばささん」
「何かしら?」
わ、分かりやすうう。名前で呼んで欲しかったのね。それならそう言えば……ニヤニヤしているとつばさはかああっと耳まで真っ赤にして「わかればいいのよ」とか言っている。
「あー、良辰くん。わたしも名前で呼んでほしいな」
「まりこさん」
「んー、呼び捨ての方が好きだなあ」
「ちょっとそれは抵抗があるんだけど……」
「萃香さんは呼び捨てでよんでるー」
「あああ、分かったよ。まりこ。これでいいだろ?」
えへへーとまりこは両手を頬に当ていやんいやんしている……。
「私も呼び捨てでいいわ……よ、よ、よし」
「よ? よし?」
「やっぱ無理いい。叶くん、分かった?」
「う、うん。つばさって呼ぶよ」
つばさは腕を組みつんと顎をあげる。
おっと名前の呼び方でキャッキャしていたら昼休みが半分ほど過ぎてしまったじゃないか。
「時間もないことだし、簡潔に『あの世界』で体験したことを話しするわね」
つーんモードからようやく元に戻ったつばさは、何事も無かったかのように横道に逸れまくっていた話を元に戻す。
まりこはまだキャッキャしてるし……あ、つばさ。そういうことね。俺はポンと手を打つ。
そうだよな。意識合わせは俺と彼女の二人で充分か。他に聞くと色眼鏡で何かと事実からズレてそうだしなあ。
「――というわけだったわ」
「なるほど。俺もほぼ同じ内容だ。チュートリアルのウサギが塩対応だったこと以外は」
「私とあなたの仁徳の差ね」
それは違う、絶対。あのエロうさぎめ……「みゅ」とか言って可愛さアピールしながら男には冷たいんだな。よおく分かった。
しかし俺は空気の読める男なのだ。つばさが何と言おうとここで不用意なツッコミはしない。
事実確認はできた。じゃあ……次は……。
「良辰くん、さっきからスマートフォンがうぉんうぉんしてるよ?」
口を開こうとすると、まりこが俺のポケットを指さす。
確かに彼女の言うことももっともだ。昼休みに入ってからバイブが鳴りっぱなしなんだけど、あえて見ていない。
というのは、原因がどういうことなのかだいたい予想がついてるからさ。
「おうちからかもしれないよ?」
「そ、そうだな。事故とかだとは無いとは言い切れないよね」
しゃあない。見るか。
あー、新規のメッセージが六十件だってよ。やっぱり予想通りじゃねえか。
しゃあない。見てしまったものは仕方ない。
俺は「シベリア行き」のルームチャットを開く。
『先輩どこですか? 探したんですが、見つかりません!』
『了解であります。これは先輩と自分の隠匿訓練ですね!』
『発見できません! さすが先輩です』
『くうう、ここにもいませんでしたか!』
といった事がつらつらと書かれている。
全部読んでも意味のあることが書いてあるとは思えないけど、飛ばし読みしてメッセージを下の方へスライドさせていく。
『ゆめちゃん、今日家に行ってもいいでありますか?』
『うん、いいよー』
家に来ることになっとるがな!
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