第6話 火起こしはパワー

 五分もたたないうちに水面に変化が現れる。

 一匹、また一匹と魚がぷかぷかと水面に浮かんできたのだ。都合十匹の魚が浮かんできたところでウェービーたちは俺の手元に戻ってきた。

 

「良辰くん、凄い!」

「さすが同志であります」


 俺を称賛する声。魚を獲るために考えたスキルじゃないんだけど、なかなか応用力がありそうで思った以上に使えるぞ。群体スキル。

 

「さっきから怖気が止まらないわ」


 つばさは首を振り、ぶすーっと不機嫌なご様子。


「え、カッコいいだろ?」

「お兄ちゃん、便利かもしれないけど気持ち悪いよー」

「そ、そうか……」


 蜂の羽音が怖いってゆめが耳を塞いでいた。そうだなあ。お子様には刺激が強するかもしれん。

 でも仕方ないじゃないか。ゆめがいるって分からなかったんだもの。


「さ、魚を獲りにいってくるよ」


 魚は麻痺させただけだからいつ動き出すか分からないしな。急ぐにこしたことはない。

 俺はジャージの上着を脱ぎ、ズボンをどうするか悩む。

 右を見る。萃香が頬を紅潮させ俺の様子をじっと見守っている。

 左を見る。目が合ったまりこに首を傾げられた。

 ズボンってさ、ゴムの部分がなかなか乾かないんだよなあ。ゆめはともかく他の女子たちの前でパンツ一丁になるわけにもいかねえ。セクハラになっちまうからな。

 

「同志、自分たちのことは気にせず。脱いでいただいていいんですよ?」


 迷う俺に萃香が絡んできた。そ、そのお。息が荒い。


「良辰くん、そこの枝に引っかけておけば乾くんじゃないかな?」


 そうじゃない。そこが聞きたいんじゃないんだ。まりこ……。

 

「叶くん、心配しなくてもいいわよ。あなたが魚を獲りに行っている間、私たちは木の後ろに行っておくから」


 つばさがまりこと萃香に目配せをすると、まりこは「うん」と頷きを返し……萃香は「え?」と呟いた後固まってしまった。

 

「分かった。終わったらそっちに行くよ。ゆめ、魚を持つのを手伝ってくれるか?」

「同志、それでしたら自分が!」

「うん、いいよー」


 ん、ゆめの返答の前に何か聞こえた気がしたような。いや、気のせいだろう。

 つばさに萃香を引きずってもらって、彼女らが木の後ろまで行ったことを確認した俺は、ズボンを脱ぎ、シャツも脱ぎ去りパンツ一丁になる。

 

 岸部にしゃがみ込み、手で水をすくって足元にかけてみる。

 冷たーい。水泳をする温度じゃねえ。それもそうだ。脱いだだけでも寒いんだもの。

 は、入るのか。ここへ……。ゴクリと喉をならす。覚悟を決めるのだ、俺。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃんー?」

「あ、うん?」

「虫さんにやってもらったら? 寒くないの?」

「あ、そうか……」


 な、何というミス。

 俺はいそいそと服を着てから、再びウェービーを召喚する。

 

「魚をここに持ってきてくれ」


 ブーンブーンとウェービーたちが束になって魚を持ち上げると俺の足元へポトリと落とす。

 お、うまくいったぜ。

 しっかし……何だか眠くなってきたな。体がだるい。これがMP消費の影響かも?

 さっきは魚が浮かんだことで興奮して分からなかったけど、今はハッキリと疲労を感じる。

 全ての魚が足元に揃う頃には更に疲労が増し立つのもしんどくなってきた。

 

 頭がクラクラとしてきてその場で腰を降ろす。

 

「ゆめ、みんなを呼んできてもらえないか?」

「うんー、お兄ちゃんは休んでてー」


 ◆◆◆

 

 あぐらをかいたまま草むらに鎮座する魚たちをじーっと見つめる。


「叶くん、やっぱりそこまで考えていなかったのね」

「お、おう……三条さん、いいアイデアはある?」

「そうね……」


 つばさは顎にスラリとした指を当て思案している様子。

 ん? 魚があるのはいいんだけど、生で食べるわけにはいかないだろう?

 きっと彼女ならいい手を思いついてくれるはず。俺は別の手段を考えてみよう。

 群体スキルと頭に念じると、召喚できる虫一覧のリストが脳内に浮かぶ。それぞれの虫ごとに説明文があるわけだが……これだけ種類がいれば火起こしに使える虫だっていると思うのだ。

 蟻系の虫は酸を吐き出すものが多い。しかし、これは焼くといっても皮膚を爛れさせたり、腐食させたりするものだから目的とは違う。

 甲虫も……お、ファイアビートルっているぞ。こいつならいけるか?

 名前からしてカブトムシの一種のようで、三本の角を高温にして敵を攻撃すると書いている。

 

「叶くん、考慮の結果、単純な手でいくのがいいと思ったわ」

「ん?」


 俺より先につばさが考察を終えたようだ。彼女はすううっと立ち上がると、落ちていた木の枝を手に取る。

 俺がそれに指をさすと彼女は無言で頷きを返す。

 

「早瀬さん、まりこさん。乾燥した落ち葉や木切れを集めてもらえるかしら?」

「了解であります!」

「うん」


 つばさの指示に萃香とまりこも素直に従い、燃やす燃料を集め始めた。

 俺も手伝おうと立ち上がろうとしたら、つばさが肩に手を置き首を振る。休んでおけってことか。

 

 すぐに萃香とまりこが戻ってきて準備が整う。


「いい、叶くん。結局……力こそパワーってことよ?」


 つばさは枝を手に持ったまま腕を振り上げ、大き目の枝へ向け振り下ろす。空気を切り裂く音がして、摩擦によりあっさりと枝に火が付く。

 腕がブレて見えなかったぞ……。

 

「どう? 叶くん、火がついたでしょう?」


 自慢げに胸を逸らすつばさであったが、俺は乾いた笑い声が出てしまった……。つばさを怒らせたら俺の身体がヤバいかもしれん。

 

 ともかく、つばさが作ってくれた火種から焚火にして、魚を枝に刺してジリジリと焼いていく。

 香ばしい匂いが漂い、胃袋を刺激する。

 おいしそうだあ。そういや、夢でも腹が減るもんなんだな。ま、細かいことは気にしない。腹が減ったので魚を獲った。火も起こした、焼けた。ならば食べるだけだろ?

 

「同志、自分が毒見します」


 ささっと焼けた魚の刺さる枝を掴み、萃香が申し出た。


「そういうことなら、まず俺がやるよ」

「は、はい……」

「食べたい気持ちは分かった。一口食べたらすぐに渡すから……涎を拭こう、な」

「同志が拭いてくれるのでありますか?」

「ハンカチを持ってないよ……服で……」


 お、おおい。誰が俺の服でやれって言ったよ。頬を擦り付けるんじゃない。犬か、萃香は……。


「じゃあ、食べてみるぞ」


 萃香の行動は見えなかったことにして彼女を放置。

 俺はぐるりとみんなを見渡すと、彼女らは真剣な目で頷きを返す。

 

 パクリ。

 もぐもぐ。お、うん。泥臭くないし、まずくはない。塩が欲しいところだなあ。

 ゴクン。

 

「うん、大丈夫そ……う……」


 あ、あれえ。体に力が入らない。

 俺はみんなの悲鳴が聞こえる中、意識が遠くなっていった……。

 

 ◆◆◆

 

――よっしー、朝だよ。起きてえ。

 お気に入りのアイドルボイスが鳴り響く。俺は手を伸ばしスマホを探り当てると手元に引き寄せる。

 時間を確認。お、珍しくスムーズ無しで起きることができたようだ。時刻は六時四十五分。もうちょっと寝ていたいところだけど、寝坊しそうだから気合を入れて体を起こす。

 

 布団から出て、あくびをしながら居間へと向かう。

 しっかし、昨日の夢は鮮明だったなあ。起きてきても何があったのか全て覚えている。


「お兄ちゃん、おはよー」

「おはよう。ゆめ。朝から元気だなあ」


 ゆめは既に制服に着替えていて、カラスがくえくえする朝のテレビを楽しんでいたようだ。

 

「お兄ちゃん、体は何ともない? お魚食べて倒れちゃったから……」

「ん?」

 

 俺は驚きで目を見開く。

 

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