第2話 チュートリアルみゅ

 ん、んん。ま、眩しい。もう朝か。俺は時間を見るため、自然な動作で枕元にあるスマートフォンを取ろうと手を伸ばす。

 あれ、無いな。寝ている間に押しのけちゃったのかなあ。

 面倒に思いながら、ゴロリと寝返りをうち目を開く。

 一気に目が覚めた!

 

 な、何だここ。

 地平線まで広がる真っ白い空間。天井は野外と同じ真っ青で雲一つない。

 まあ、夢だろう。目を擦り、布団を手繰り寄せようとする……が、布団が無いぞ。

 お、俺は布団が無いと眠れないのだ。夢のくせに重要アイテムを忘れるとは……。本当にここ、俺の夢か?

 

 仕方ないのでムクりと起き上がると、不意に声が。

 

「チュートリアルへようこそみゅ!」

「ん?」

 

 どこだ。後ろで声がしたものだから、振り向くが誰もない。

 

「よっしー、好きなスキルを選ぶみゅ」


 再び声。なんかこう、アトラクション施設で流れるアニメっぽい女の子の声質でいかにも胡散臭い。

 で、やっぱり後ろから声がするんだ。今度は体ごと向きを変えたら……声の主を発見した。

 

「え。ええ……」


 ウサギがひくひくと鼻を揺らして、赤いお目目で俺を見つめているではないか。このウサギ、絵で描かれるようなデフォルメされたものじゃあなくリアルな白毛赤目のウサギである。

 メルヘンチックに攻めるのかそうじゃないのかハッキリして欲しい。

 

「よっしー、何でも選んでいいみゅ」

「そうは言われてもだな……」


 何のかんのでウサギの言葉に乗っかる俺なのであった。

 ええと、スキル、スキルとな。


「うお、何だこのメニュー」


 頭にスキルと思い浮かべたからだろうか、目の前にゲームにあるステータス画面みたいな映像が浮かんで来る。

 俺の名前が書いてあって、その下にはスキルの窓があり、そこには二つのスキル名が記載されていた。

 

『現地言語能力』

『現地環境適応能力』


 で、残り一つ選べますって書いてる。

 なるほど、この二つは必須で最初からセットされていて残り一つを自由に選べるってわけだな。


「スキル選択メニューを開いたが、これしか選べないの?」

「フリー入力を選ぶみゅ」

「なるほど」


 元からあるスキルは僅か五個しかなかった。何でもいいとなると……どうするかなあ。

 どうせやるなら、火力と防御力を兼ねたものがいい。


「エラーが出たんだが……」

「抽象的過ぎるみゅ」


 ふむ。特徴無敵はさすがにダメか。何ができるのかわからんものな。

 それなら……俺はかねてから勇者が派手な魔法を使ったり、大剣で魔物を引き裂いたりする姿に疑問を覚えていた。あれって本当に強いのか?

 実際に自分が魔物と対峙したとする。剣で切りつけたりしたら、反撃も喰らうかもしれないし躊躇して剣を止めてしまうかもしれない。

 最強って何だろう。

 あぐらをかきしばし考える俺……。

 あ、これだ。これこそ最強に違いない。果てしなく後味が悪そうだけど……。

 

「お、入力できた」

 

 どうやら俺の思い描いたスキルは設定可能らしい。


「それで決定みゅ?」

「ああ。これでいい」


 次は装備の選択になった。服装や一つまで武器を持てたりするみたいだけど、俺のスキルがあれば防具も武器も必要ない。むしろ、身軽に動けないことの方が問題だ。

 なので、装備は黒のジャージにスニーカーにした。ダサいとか気にするな。これが一番動きやすい。


「これにてチュートリアルは終了みゅうう。王様のところに行くみゅ」


 ウサギがぴょんぴょんと跳ねると。重厚な西洋風の青色に金縁が施された扉が出現した。

 

 ◆◆◆

 

 扉に入ると、赤じゅうたんが引かれた待機所?とでも言うのだろいうか。いくつかの豪華なカウチ、意匠の施されたテーブルに柱。そして金縁に赤色という派手なカーテンと出窓が見える。

 ん、この場に似つかわしくない制服姿の黒髪女子が落ち着かない様子で椅子に座っているな……。

 って、あの大きなお目目にぷりっとした唇、そして黒タイツは。

 

「嘉田さん?」

「あ、良辰くんだあ。夢で良辰くんに会うなんて不思議」


 リ、リアルなまりこだな。きっと彼女なら今みたいな反応をする。装備を選ばせて制服姿ってのも彼女なら想像がつく。

 きっと一番着慣れているからという理由だろう。でも、もうちょっと垢ぬけてくれたほうが可愛いと思うんだ。スカートの丈とかさ。


「ここで奥の扉が開くまで待つみゅ」


 ウサギはそう言い残すと白い煙と共に消えてしまった。

 残されたのは俺とまりこのみ。こういう時、何を喋っていいのか迷うよな……。

 

「え、あー、嘉田さん」

「うん? そうだ。良辰くんはどんなスキルを選んだの?」

「俺、俺は『群体』スキルだよ」


 まりこがスキル名を聞いてもよく分かっていない感じだったので、彼女へ群体スキルについて説明することにした。

 まだ試していないから何とも言えないけど、蜂のような虫を大量に召喚し自由に操る能力のはず。剣なんかより数の暴力で敵を押し切る方が安全だし強いと思ったんだよね。


「へー。良辰くんらしいね! 抜け目ないや」


 まりこは感心したようにポンと手をうちニコニコと笑顔を見せる。

 

「嘉田さんは?」

「わたしは『癒し』にしたよ」

「へー、優しい嘉田さんらしいね」


 白衣の天使……ではないがほんわかしたまりこに戦闘は似合わないよな。チェーンソーを持って敵を切り捨てるとかじゃなくてよかったよかった。

 うんうんと腕を組み納得していると、不意に声をかけられる。

 

「同志! よっしー先輩じゃないですか!」

「ん? その声は……」

「自分です。同志!」


 振り返ると予想通り萃香が敬礼ポーズで立っていた。

 し、しかし……。

 

「萃香……何だその恰好……」

「制服であります!」


 ビシッと決めるのはいいんだが、それ軍服……。俺も人の事言えないけど、ファンタジーな世界観を完全にぶち壊しているな。

 萃香に気を取られていたけど、小柄な彼女に隠れるように更に体の小さなゆめがちらちらと萃香の後ろからこちらを伺っている。

 

「ゆめも来てたんだ」

「うん、お兄ちゃん。せっかくだからもうちょっとお兄ちゃんのカッコいい衣装を見たかったなー」


 ひょこりと出て来たゆめは着物姿だった。わ、和装か。淡いピンク色の桜の花びらが散ったような意匠が施された着物は彼女にとてもよく似合っていると思う。


「同志! 奥の扉が開きました。自分が索敵してきます」

「え、ちょ! 萃香、待て!」


 どこから出したのか知らないが、ライフル?を構えて扉へ張り付くようにして中を伺う萃香。

 奥に王様がいるって聞いてなかったのか? いきなり銃を持って踏み込むとかありえねえ。

 

「萃香、銃を降ろせ」

「同志! これは銃という名前ではなく、AKです」


 同じだろ。そんな記号で言われても逆に分からんわ。

 

「叶くん、早瀬さんが持つそれはAK-47よ。制作者の名前を取ってカラシニコフとも呼ばれているわ。1949年にソビエト連邦軍が正式に採用したアサルトライフルで、世界で最も多く使われた軍用銃として名高いの」

「長い、長いって。頭に入らない」


 ん? 誰だ。

 あまり聞き馴染みのない凛とした声だけど。

 

「そう、残念だわ。まだ続きがあるのに」

「さ、三条さん」

「そうよ。奇遇ね。叶くん」


 声の主はつばさだった。

 彼女は顎をあげて胸の前で腕を組み平静を装っているが、俺は彼女の姿へ突っ込みたい気持ちをぐぐぐと抑え込むのに必死だ。

 何故なら、彼女が着ていた服は……そ、そのお。魔法少女に出てきそうな可愛らしいものだったんだものお。

 スカイブルーを基調にしたセーラー服を改造したような服。頭はてっぺんあたりで同じ色をしたフリフリのリボンで結ばれ髪の毛がふわっふわと無造作に流れている。

 

「つばささん、可愛いね」


 ま、待てえ。まりこ。人には触れられたくないことってのがあるんだって。

 ほらみろ、つばさがブスっとした顔になって頬を赤くしているじゃないか。


「ほ、ほら、王がお待ちだわ。い、行きましょう」


 つばさは俺たちが目に入らぬよう真っ直ぐ前を向き、スタスタと扉に向かって行く。

 彼女を護るように萃香が前に出て、俺を含めた残りのメンバーはつばさから少し離れて彼女の後ろをついていった。

 

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