第5話 脱走 その2
「やめてっ!」
ひとりの少女が俺の前に立った。
「何やってんだ高梨!」
突然の行動に俺は酷く動揺し、大声で彼女の名前を呼んだ。
しかし俺の声は届いていない。
そこに彼女の必死さを感じた。
「どけ、リカ!お前を傷つけてしまう!」
「それ以上はやめて!これは訓練よ!命の奪い合いじゃない!」
奪い合いというより一方的だった気がするのだが…
やはり天然なのか?
「この程度では死なない!訓練だということぐらい理解している!」
「でもカナタくんは私達よりも…この国の兵士よりも弱いのよ!」
助けてくれているのは分かるし、悪気がないのも分かる。大丈夫だ怒ってない。ちゃんと分かってる。
それでもなんだろう…なんか辛い。
高梨の言葉に耳を傾けているショウキは技を出さずに剣を鞘に納めた。だが、納得はしておらず渋々といった感じだ。高梨が退かないと察したからだろう。
「リカ、俺を止めるにしてもあんな真似はしないでくれ。技を繰り出してたら怪我をしていたぞ」
「ご、ごめん。でもああでもしないと絶対攻撃してたよね?」
「そ、それは保証しかねる…」
えっ…あれで怪我程度なの?
先程のショウキがやろうとした技"聖斬鉄せいざんてつ"は、分かりやすく言えば高密度の聖属性を帯びた魔力の塊、それを斬撃として攻撃する感じだ。威力で言えば戦車一つは破壊出来るかもしれない。そんなもの人間一人に撃って怪我程度とか、何?
いくらなんでもこいつの感覚を疑ってしまう。まあクラスメイトの一人をサンドバッグにしてる時点でどうかと思うが。
その後、クラスの連中はぞろぞろ集まってきた。
主に(ほぼ男子)高梨にだ…
女子はショウキに群がってる。
まあ全員がという訳ではないが…
「おい、カナタ。リカ様の手を煩わせてるんじゃねえよ!」
「全く、同感だね」
高梨信者の男子共が俺に悪態を吐いてきた。
面倒くさい。
「勝手に出てきたのは高梨さんなんだからしょうがねえだろ」
俺は言い返した。
事実そうであったため、俺にはどうすることも出来ない。考えれば分かることだと思うけど…
「だからそうなる前になんとかしろって言ってんだ!」
ダメだこいつら…
知能が低下してるわ。いや、もともと低いのか。
俺が男子達に文句を言われ続けられると、二人の女子が俺と男子の間に割って入った。
「いいじゃん、いいじゃん。もう終わったことなんだからさあ~」
「そうよ、あなたたち。これ以上は時間の無駄よ」
間に入ってきたのは、柴 麗華しばれいかと天楼寺 鈴子てんろうじすずこ。
金髪の長い髪に如何にも遊んでるギャルといった風貌の柴。それなりに可愛い容姿をしており、ショウキにずっとアタックしていた女だ。
もう一人の天楼寺とかいう物凄い苗字を持っていた彼女はクラス委員長だ。
噂では有名な名家の長女であり、誠実で少し刺々しい。成績は学年トップで絵に描いたような文学女子だ。ちなみにちゃんと眼鏡もかけている。
そんな二人がやってきて、この場が収まると思っていたが…
「まあでもさあ〜、こいつに何かしらの形で謝罪させた方が良いと思うんだけどさあ〜、どう思うすずっち〜?」
はっ、謝罪?
「だからその呼び方やめてって言ってるでしょ!
まあでもその意見には賛成よ。このままだと収拾がつかなさそうだし」
おいおい何言ってんだ?
どうやら柴はともかく天桜寺まで頭がイカレてるみたいだ。外れたネジの本数は六本ぐらいか。
正反対といってもいいほど合わなさそうな二人に
そういえば確かこの二人は、親友だったけか…
天桜寺はしばらく俺を見つめた。
おそらく彼女がスキルを使っているのだろう。
天桜寺のスキル‘看破‘。それは、対象者のステータスを見ることができる。適性属性はもちろんのこと、スキルまで筒抜けになる。
「そうね、それじゃああなたのスキルを奪いましょうか。確か不死者と魔法防御上昇だったかしら。それと……何これ、縄抜け?なんでこんな変なスキルもってるのよ」
「変とか言うなよ。それは俺の努力の結晶だぞ、てかスキルを奪うってなんだよ」
「そのままの意味よ、麗華お願いね」
「おっけ〜!それじゃあ奪っちゃうねえ〜」
「はあっ⁈ いや、ちょ待て!」
「スキル奪取発動〜!」
柴の掌てのひらから青く淡い光が放たれた。何かされるのは薄々感じていたが、ショウキとの戦闘で、右腕の骨と肋骨が三本は折れてると思う。戦闘というか一発殴られただけなんだけど……そのせいか上手く動けなっかた。
眩まばゆ|いばかりの青い光が俺の視界を埋め尽くす。その後、酷い脱力感と喪失感が俺を襲った。
奇妙な感覚だ。身体が少しだけ震えた。
(確か奪取とか言ってたな…)
俺はもしやと思いステータスを見ると、魔力防御上昇のスキルが消えていた。
「おい!まさかスキルを奪ったのか⁈」
「そう。それが私のスキル、"奪取"。それにこれの凄い所は〜、奪ったスキルを相手にあげることも出来るのよ〜」
「マジかよ、ガチチートじゃねえか…」
身体が震えたのは急にスキルを奪われて驚いたからだろう。
こんな考察今考えることじゃない。てか、仲間に奪ったスキルを譲渡出来るって反則だろ。支援とかもう必要ないじゃん。勝手に強くなっていくんだから。
「まあランダムだから万能ではないけどね〜。それに魔力もそこそこ持って行かれるから今日はもう使えないし〜」
いやいや、魔力に左右されるだけでほぼノーリスクじゃん。
本当に運が良かった。
不死者なんか取られたらマジで終わってた。
ようは魔力さえあれば、なんでも奪える上に奪ったやつは他人へ譲渡出来る。こいつ一人である程度の戦力アップも図れる。まさにぶっ壊れスキルだ。そしてさっき俺から奪ったスキルは多分だけどショウキに譲っているのだろう。点数稼ぎのために…
そもそもの根拠を俺は二人に尋ねた。
「…何で俺のスキルを奪う必要があるんだ?そこが全く分からない」
俺は我慢は出来ると自分で自負している。忍耐力は他の人よりもあると。
しかし、我慢というのは必ず限界がある。俺はもう我慢は出来なかった。これは明らかにおかしい。事態の収拾を図りたかったなら他にもっと良いやり方があったはずだ。かけてる眼鏡は飾りか?
俺は鋭い視線を指示を送っていた天桜寺に突き刺した。
睨みつけても顔色一つ変えない。流石は名家の出身なだけあって肝が座っている。
「どうなんだ?」
再度尋ねる。
重たい空気と静寂が緊張をより一層走らせる。
「あなたは知らないだろうから教えてあげる。二週間後に戦争が始まるの。相手はサルナ王国の同盟国であるラーグナー王国。通称、魔女の国と呼ばれる国よ」
「すいません、彼女に薬を一つ持ってきてあげてくだ…」
そこで俺の言葉は途切れて、薬ではなく鉄の刃が俺の首に向かってやってきた。
そして首が吹っ飛び、離れた胴体を見ると血飛沫が飛び散った。
当然、首を切ったのは天桜寺だ。幼い頃から色々な英才教育を受けたらしいが、あいつって居合斬りとかも出来るのかよ。彼女の持つ血の付いた銀色の刀を見て、俺は内心溜息を吐いた。
(ちょっとした憂さ晴らしにからかってやろうと思っただけなんだけどな…)
幸い一瞬の出来事でしかも胴体と切り離されたためか、痛みは一切感じなかった。感じる間もなかった。
それから数分後、首をくっつけて(自力で)聞いた話を整理した。
「つまり、サルナ王国に攻める前にまずはその手前にある敵国の同盟国であるラーなんだっけか、えー、その魔女の国を潰すために、俺からスキルを奪っておこうという訳か。それでこの中の最高戦力であるそこのアホイケメンにスキルを譲渡するってことか」
「そうよ、無能。足りない頭を良く使えたわね」
この女、絶対殴ってやる。
「ってことでショウキ〜!さっき奪ったこれあげるね!」
「ああ、ありがとう」
そう言うと俺から奪ったスキルをショウキに譲渡した柴。するとショウキの中に青い光球が身体に入っていき、奴は俺のスキルを手に入れた。
女のポイント稼ぎの犠牲になったようなものだ。一切俺に得もないし、本当に理不尽なんだけど…
こんな所、さっさと出て行ってやる。
心にそう改めて誓うと、俺の元に高梨さんがやって来た。
「大丈夫?」
「え、ああ平気だ」
変に気を遣ってしまったが、何一つ平気なことなんてない。
さっきまで使ってた短剣は折れてるし、スキル盗られるし、実はまだ折れた腕の骨もなんか治ってないしで散々だよ。不死者どこいったんだよ。側から見ればこれも立派なチートスキルのはずなのになんだこの性能の低さ。
「でも良かった、動けるみたいで。一応治癒を施しておくね」
高梨さんが俺の腕に治癒魔法をかけてくれた。
どうやら俺は今、天使に出会ってるらしい。
だがその天使は、お茶目なのかそれとも天然なのか。
俺の折れてる腕は右腕で、天使こと高梨さんは俺の左腕に治癒を施してくれている。
言えない。実はそっちじゃないないなんて…言えない。
「ありがと、おかげで治ったよ」
「いいよこのくらい。だって動けないとここから出て行けないもんね」
今、この場に爆弾が落とされた。
そして最悪なことにその爆弾を聞き逃した奴は一人もいなかった。
――――――――――――――――――――――
カナタは走った。
ただひたすらに、出口を求めて走り続けた。
止まれば全てが終わると理解していたから。
どうやら天使と思っていた彼女は天使の皮を被った悪魔だったようだ。
演技がお上手でしたよ。
後ろから多くの兵士達が険しい顔をしながら追走してくる。
その中には騎士団長のガルダやチーターのショウキもいた。他の兵士と比べてもその顔の形相は怒りに満ちていた。騎士団長の方は怒りというよりはどこか焦っているように思えた。
いや、今はそんな観察などしている場合ではない。
早くこんな迷路みたいな王宮から逃げださなくてはならない。
先程訓練場で、高梨さんが……もうさん付けする必要はないだろう。
高梨が訓練場で放った言葉により、俺はクラスの奴らから問いただされた。
「どういうことだ説明しろ!」
「あなた、本当にここから出て行くつもりなの?もうすぐ戦争が始まるのに一人だけ逃げようとしているの?」
「マジでダサいんですけど〜」
まずい、まずい、まずい、まずい!
マジでやばい!
ここで確証を得られたら逃げるのは困難。逃げられたとしても金もなにもない状態は厳しい。
ここは誤魔化して、やり過ごしてから直ぐに準備をしなくてはならない。
一先ひとまず、ここはなんとしてでも…
頭をフル回転させて的確な答えを探す。
今俺は、人生で一番頭を使ってるかもしれない。高校受験勉強なんかかわいいもんだぜ。
「そんなわけないだろ!高梨さんの勘違いか何かだ!きっと変な夢でも見てたんだよ!」
追い詰められた犯人みたいな感じになりつつも俺は必死に否定した。本当のことだけど否定しておく。
「確かに不満はあるがそれでもこの国の人は俺にも飯と寝床をくれた。それなりに恩も感じている。逃げようとなんて微塵も思っていない!」
「嘘は良くないぞ、カナタ」
俺の方へ歩みで出てきたのはガルダだった。
「さっき貴様の部屋へ掃除をしにいった侍女から話を聞いてな。何やら帝国周辺の街のことや、食べ物が欲しいとか頼んできたと言っていた。それと机にこの国の地図が広げられていたらしいな。まるで、ど・こ・か・へ・旅・立・つ・準・備・でもしてるかと思ったよ」
ああ、何でこうも嫌な事ばかり立て続けに起こるんだよ。自分の不運さに頭が痛くなる。
完全にバレてる。
ならば取るべき選択は一つ……"逃げ"しかない!
そして、今こうして出口を探して走ってる。
ステータス的に見ても、すぐに追いつかれそうなんだが下手に王宮を荒らす訳にはいかないといったところか…
どちらにせよ、このままだと俺のスタミナが持たない。しかし、ここで一つの考えが閃いた。
「俺のステータス……スキルならここから飛び降りても、いけるな」
逃げ道は確保出来たも同然。
俺はぐるぐると回っていた王宮の中にある一つの部屋へ入った。
適当に入ったその部屋は妙に埃っぽいところだったが、その部屋の真ん中にある机の上に一冊の本と小袋があり、奥には窓があった。
(あそこにある本と小袋の中身を売れば多少の金にはなりそうだ)
そう思い、それらを手に取り、近くにあった木の椅子で窓を思いっきり壊した。
後ろには追いついてきた兵士達とショウキ、ガルダが肩で息をしながらこちらを睨みつけている。
「待て、カナタ!」
「じゃあな、クソイケメン!」
俺は何の躊躇いもなく、窓から飛び降りた。
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