第6話 魔女と出会う

 俺は人混みに紛れながら幅広い街道を歩く。

 道や建物はほとんどが石造りで、たまに点々と木造の建物が目に入る。西洋風を思わせるその街並みは、この世界では都会に当たるのだろう。


 窓から飛び降りた時、飛び降りる前はあんなにも恐れる事なく飛び降りたのに、いざ落下していると途中で気を失っていた。飛び降りた時、相当な高さがあった。マンション10階分はあっただろう。

 人は高い所から飛び降りた時、落下中に気を失うと聞いたことがある。いや、その話は確か嘘だとか言われてた気もする。

 もしかすると落下死して、地面に落ちた衝撃で覚えていないだけなのか。


 なんにせよ気が付いた時には既に仰向けで地面に倒れていた。

 時間が少しばかり経っていたのか、身体は修復されていた。

 だが、落ちた地面には大量の血が流れていた。バケツ一つ分はあったのではないだろうか。

 当然着ていた服にも血は付いていて、それはもうたっぷりと付いていた。これではあまりにも人の目引いてしまうと思い、道の隅に落ちてあった暗い焦げ茶色の薄い外套を拾ってそれを羽織っている。捨てられたせいか、やけにボロボロだった。


 落ちた場所は幸いにも石造りの建物の屋上のため、おかげでまだ大きな騒ぎにはなってないが、俺の落ちた屋上は今やドラマでよくある事件現場と化している。

 切れ者ガルダさんなら解決出来るかもしれないな…



 そして人混みに紛れながら今いるこの帝都を抜けようと思っているが、その前に地図を入手するのが先だと思った。


 急いで逃げたせいで地図は回収出来なかったから、ここで早く地図を手に入れないと絶対遭難する。

 日本でもナビやマップがなかったら他県に行くことなんて出来ないだろうし、行けたとしても道に迷い、お巡りさんのご厄介になることだろう。


 数日前から地図を見ていたおかげか帝都の街並みは大体頭に入っており、まずはその記憶を頼りに本屋を目指す。

 そこに地図があるというか、地図がありそうな場所がここぐらいしかなかった。


 目印となる噴水がある中央広場へ向かって、フードを被り顔が見えないよう注意しながら歩く。

 途中で巡回している兵士が街の人たちに何やら聞き込みをしていたのを見つけた。少し近づいて聞き耳を立てる。


「この辺りに黒い髪の若い男は見なかったか?身長がこのくらいの」


 その兵士は手で自身の首辺りに手を持っていき、俺の特徴を話していた。



「もう、捜しているのか」


 どうやら切れ者ガルダは行動も早いみたいだ。


 焦りを覚えて、広場まで小走り程度に進む。

 捕まれば俺の人生は即終了。童貞のまま、女の味も知らずに死んでいく。そんなの真っ平だ。


 噴水が見え前方には道が十字方向に分かれていた。


「確か本屋のあった場所は東側だから右の道だな」


 城から飛び降りる間際に手に入れた小袋の中身を確認する。そこには鮮やかで燃えるような真紅の鱗と鋭く尖った小さな爪が入ってあった。

 見たところ大変価値のありそうな素材だったので、地図を買う分には困らないだろう。

 いざとなれば一緒に持ってきたこの本も売ればいいしな。本屋なんだから本ぐらいは買い取ってくれることを信じよう。


 しばらく進むと本のようなマークが描かれている小さな看板を見つけた。


「ここだな」


 扉を開けると心地良い鈴の音が鳴る。

 外見もそうだが店内は木で造られており、若干の埃っぽさが何故か落ち着く。

 静寂に満ちたこの空間はとても…


「なんでここにもないのよ!」


 店の奥からこの静かさに似つかわしくない声が聞こえた。


 まったく…この世界の住人はマナーも守れないのか。


 そう思いながら声のする方へ向かう。

 そこにはひとりの少女が大声を上げながらこの店の主人とおぼしき爺さんと話しをしているが、少女は何故か怒ってる様子だった。



「どれだけ回ったと思ってるのよ!なんで帝都の店まで魔道書がないのよ!普通ならあるでしょ!」



「お嬢ちゃん、どうか落ち着いてくれんか。他の客に迷惑じゃ」



「他の客って私しかいないじゃん!魔道書はどこよ!この前来た時にはあったはずよ!」



「悪いが最近帝国のお偉いさんが全部買い占めに来たよ」


 どうやら欲しい本がなくてご立腹という状況なのか。

 ていうか他の客って絶対俺のことじゃん。爺さんめっちゃこっち見てるし…



「とにかくない物はない。わかったならとっとと帰りな。そこの兄ちゃんは何かお探しで?」



「えっ!あ、あの、地図ってありますか?」



「あるよ、ちょっと待ってな」



 そう言うと、爺さんは奥の部屋へと入っていった。



「ちょっと!何さらっと流そうとしてるのよ!」



 まさか声を掛けられるとは思いもしなかったから、戸惑ってしまった。

 俺は取り敢えず確実に買い取ってくれるであろう、手に持っていた本を売るため女の子のいるカウンター近くまで寄る。

 さっきまでとは打って変わって意気消沈といった具合に黙り込んでしまっている少女を俺は横目で見る。

 その容姿は、長い銀髪に淡く澄んだ青い瞳、華奢な体躯に貧相な胸で、俺より少し背が低い。そしてまるで魔女が被ってそうなとんがり帽子を被った美少女だった。


「ほい、お待たせ」


 爺さんが戻って来るまで、俺は彼女に見惚れていた。

 声を掛けられるまで全然気づかなかった。


「それで、ここの地図かそれとも大陸の地図か?」


「二つともお願いします」


「あいよ、二つで銀貨一枚と銅貨五枚だ」


 貨幣価値はまだよく分からないが、今は問題ない。


「すいません、この本を売りたいんですけど」


 俺が手に持った本をカウンターの上に置いた途端、それまで黙り込んでいた少女が飛びつく勢いでその本を手に取った。


「あんた、私がその地図買ってあげるからこの本を頂戴!」


 その青空のような瞳は爛々と輝いており、それだけで俺は自分が持ってきた本がどういったものなのか、察しがついてしまった。

 俺は城から魔道書を盗んできたようだ。

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