第4話 脱走 その1

  俺のサンドバッグ生活が一ヶ月経過し、俺はある事を決断した。


「よし、脱走しよう」


 そう思うに至ったのに説明はいらないだろう。

 学校でもいじめれる奴は不登校になるか、学校に行き、頑張って耐えるかのどっちかだ。

 俺は断然前者を選ぶ。

 もう嫌だ。何故俺がショウキや他の奴らに何本も腕をくれてやらなくてはならない。

 最近では誰が一番多く俺を殺したかなんて競争してるほど、立派なサイコパスに成り果ててしまっている。


 太陽が西へと向かい始めた頃、俺たちは少し遅い休憩を貰った。そこでおれは軽食にと渡されたパサパサのパンを口に入れた。

 そして頭の中で脱走するルートや時間帯なんかを考えていた。


「まず、脱走するなら夜だよなー。それと動きやすくて黒い生地の服がいい。あと袋に飯と金と…地図もいるな」


「地図がどうしたの?」


「ここを出て行くのに道が分からないなんて普通にアウトだろ」


「どこか行きたいところでもあるの?」


「そうだな。まずは宿屋を探して…ってなんで高梨さんが居るの?」


「なんでって、気になったから来ただけだよ」


 考えていたことが口にでていたのか…めっちゃ恥ずかしいじゃん!


 それはさておき、僅か十五センチメートルという定規一本分の距離にいる高梨は、膝に手を置き前かがみになりながら、俺の独り言となっていた脱走計画について聞いてきた。


「それでここから出て行くつもりなの?」


 脱走がバレたら洒落にならん。牢屋行きは確定。この王宮の魔術士達に実験動物モルモットとして永遠に身体をいじられたり、何かしらの材料にされるに決まってる。

 そんな地獄の毎日が待ってるに違いない。

 俺は挙動不審になりそうな態度を改めて落ち着かせる。


 高梨さんは手を膝に置いているため、大きな二つの巨峰は腕に挟まれその谷間をより一層強調していた。

 自然と視線が吸い寄せられる。

 やはり天然なのか、どこか抜けたような顔をしていた。もう少し恥じらいというか、気にして欲しいものだ。まあ迷惑ではないから良しとしよう。



 俺は悟られないように言葉を選ぶ。

 ここで重要なのは無難さだ。


「ああ、いつかな…」


 良し、完璧な回答だ。これで将来的にという意味で受け取ってくれるだろう。

 正直言ってカッコつけてしまったが、この世界では普通の受け答えだろう。日本で言ったらキモいとか言われそうだな。


「そうなんだ。確かに毎日あんな酷いことされてたら嫌になるのも無理ないか」


 寂しそうな顔をしながら高梨さんはゆっくりと腰を地面に落とした。


「カナタくんはやりたいようにやればいいと思うの。でも私は元の世界に帰りたい。家族に会いたい。ほとんどのみんなはそう思ってる。ショウキだって自分が一番強いからって、少し焦ってるぐらいだもん。だからせめて、私たちが帰れる方法が見つかるまで…いや、手掛かりを掴めるまで一緒にいて欲しいの!」


 きっと、他の男子ならここで…しょうがねーなー!

 とか言って約束でもしそうな展開だが、生憎俺は既にここから出て行くと決めているし、荷物もまとめる予定だ。あいつらみたいなサイコ野郎と居たら俺までマゾという変態か、心が折れて人生にシャッターを降ろすかのどちらかだ。たとえここに居れば童貞を捨てられると言われても俺の決心は揺るがない…多分。


 それにどうやら俺を説得しようとしてた気もする。

 ここはひとつ探ってみようか。


「高梨さん、あのさ…」


 その後の言葉を紡ごうとした時、


「よし!訓練を再開するぞ!」


「ほ、ほら早く行こカナタくん」


「え…あ、うん」


 騎士団長のガルダの号令によって遮られてしまう。

 高梨さんは少し慌てながら、訓練場に向かった。


「まあまたの機会にでも聞いてみればいいか」


 とはいっても、もう明日には俺はいないけどな。

 これが最後のサンドバッグだ。

 今日はいつもよりかは足掻いてみるか。


 最後に水を一杯だけ飲み、俺は立ち上がり足を前へと進めた。


 今更だが、気になって来たと言っていたが近づいて来たなら俺でも感知出来たと思っていたんだけどな。

 ステータスの差というやつか。

 確か一番高いのがショウキだったな。

 その次が高梨さん…


 思えばこの世界に来てから俺たちは苗字が消えてたな。高梨さんというのは間違っているかもしれないがどうでもいいことだな。


  ー―――――――――――――――――


 日本で言うと大体四時頃だろうか。

 綺麗な夕日が沈みかけ、鮮やかな朱色の光が訓練場を満たす。

 その光を浴びながら対峙する二人。

 片方は銀色の鎧を纏い、両手には一級品と思えるような立派な剣を持ち構えている。銀色の鎧は夕日を浴びているせいか、その色は赤に近い燃えるような色をしている。

 もう片方は服がボロボロでその姿は痛々しく、手に握られた短剣は刃こぼれが生じている。

 腕や胴体、脚にはいくつもの傷がつけられており、

 まさに満身創痍という状態だった。


「では、今日の最後の組み合わせだ。始め‼︎」


 ガルダが合図を出すと、鎧を着た男は離れていた距離を一瞬で詰めた。

 ボロボロの男は反応できてていない。

 これまで他の者達と戦ったことで体力的な限界もあるだろうが、彼…カナタのステータスでは、鎧の男…ショウキのスピードに反応することは不可能であった。

 ショウキは距離を詰めると剣を上から振り下ろした。

 いつもならここで何も出来ずに一撃喰らっただけで首が飛んでいっていたが、今日の俺は足掻くと決めている。


 カナタは短剣を首辺りまで上げ、受け身の構えを取った。短剣のその刀身、中央部分で斬りつけてくる剣を受け止める。

 長剣と短剣がぶつかり、カナタは勢いよく吹っ飛んだ。壁に激突し、受け身を取っていたにしても彼の一撃を完璧に防ぐことは叶わなかった。


「痛っ!やっぱ受け流すとか出来ねえわ」


 カナタは起き上がり血を吐きながらも立ち上がった。

 ここ数日でボコボコにされたせいかカナタは多少ではあるが打たれ強くなっていた。

 そして睨みつけるような瞳でショウキを見る。そしてもう一度痛んだ短剣を構える。


 ―――――――――――――――――――――――


 ショウキは面白くない、といった不満な面持ちをしていた。


(いつもならここで終わっていたのに何故だ?いや、受け身を取っていたのは分かる。それでも俺の攻撃力は5000の代まで上がっているし、この剣も国宝級と聞いている逸品だ。それなのに何故あの程度のダメージしかないんだ)


 ショウキは日々殺され続けられたカナタのステータスが上がるはずがないと思っていた。

 しかし、カナタは攻撃され続けられたため、他はともかく耐久力だけは成長していた。


(次で首を取る。)


 彼は長剣を胸の前に両手で持つ。そして意識を集中させて魔力を溜める。

 彼自身も理解はしている。一人のクラスメイトを一方的に追い詰めているこの異常な状況を。しかしショウキも引くには引けない。ここは日本ではない、日本の常識が通じない世界だ。あの時、皇帝の話を受けようと言ったのは自分だ。なら少なからずとも責任がある。皆を成長させるのに一人の同僚を痛ぶることに迷っている暇はないのだ。


 ――――――――――――――――――――――――


 カナタは視線をショウキにやると彼自身が淡い光に包まれその身体からも瓏々と光が現れる。


「魔力を集中させてるのか」


 彼の持つ長剣がその光を吸い、淡い光からはとうとう

 その淡さは消え、明確な色を持ち始めた。

 その色は銀色に輝き、所々には金が点々とあった。


 ショウキの属性適性は聖属性。そして俺は闇属性。

 つまり俺への弱点属性に当たる。

 この世界にはゲームのように魔法や技に属性が存在する。火、水、風、土からなる有名な四大属性。そしてそれらの派生から雷や光と闇がある。そして聖属性とは光属性の上位に位置し、それを持つ者は五千人に一人という割合らしい。

  属性にも相性というものがしっかりとある。そして光と闇は相反する属性という訳ではないらしく、互いが互いに弱点ということもなかった。

 こちらの世界は、闇属性は他の火や水といった属性に対して本当に多少だが有利である。いうなれば、紅茶に角砂糖を入れた時、一個か二個入れる程度の本当に角砂糖一つ分は言い過ぎかもしれないがそのくらいなのだ。だが光属性だけには怖ろしく弱い。


 そんな上位互換である聖属性など闇属性なんて虫けらのようなものだ。

 そして問題なのが光、聖属性には弱点となる属性はない。

 故に光、聖属性を持つ者は神より選ばれた存在だとか言われたりするらしいが、正直、厨二感が凄くするため恥ずかしさがこみ上げてくる。

 他のクラスメイト達は、俺が冷ややかな目で見ていてもそんなものには気を留めず、羞恥心など微塵も感じさせずに必殺技とか作ってよく叫んでいる。

 日本の感覚がまだ生きている俺は聞いているだけで恥ずかしい。元々この世界の住人はともかく、呼ばれた俺達は別にそこまでしなくてもいいはずだ。

 いや、やりたくなる気持ちは分からないでもないが嫌いな奴らがやってるとやはり嫌悪感がある。


 そして今そんな恥ずかしい行動を起こそうとしている人物が俺の目の前にいる。まあ憧れがない訳ではない。正直言って羨ましかったりもする。


「よせショウキ!それでは本当にカナタが死ぬかもしれん!」


 横からガルダ叫ぶがショウキには届かない。そう、今ショウキが使おうとしてる技は全ての属性への特効がある。しかも相性が元々不利な俺とショウキでは本当に俺が死ぬ可能性があった。いくらスキルを持っていても万能ではない。それを無効に出来る技などがあるらしい。

 だからガルダが叫ぶのも無理はなかった。


 ショウキは準備が整ったのか、溜めた魔力を一気に放とうとした。


「これで死ね! 聖斬鉄せいざんてつ!」


 どうでもいいが、あいつの台詞に羞恥といった感情の色は全く見えなかった。


 そして、ショウキが輝く剣を振り下ろそうとした瞬間…


「やめてっ!」


 ひとりの少女が俺の前に立った。

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