第3話 訓練


 俺はこの世界に来てから何かやってはいけないことでもしたのだろうか…


 青く澄んだ空を見上げながら俺はそんな事を考えていた。小さな雲が所々にあり、もうすぐ正午に差し掛かる。

 俺達がいつも訓練をする第三訓練場。

 そこで俺は今、訓練用に使われる直径2メートル程の大きく図太い丸太に縛り付けられている。


 サンドバッグになることを断ったからだというのは容易に想像できる。しかし、ここまで強引にすることなのか俺には理解出来ない。


 脱出を試みるにも朝から何も食べていない為、力も入らない。この世界に来てから飯のありがたみというのが痛い程理解した。



「ああ、白米が食べたい。もうパサパサのパンは嫌だ」



 俯いた顔を上げると、前からクラスメイトと騎士団長がやって来た。

 騎士団長のガルダは、腕を組んで溜息混じりに口を開いた。


「どうだ?俺の提案した訓練を受けてくれるか?」



 なるほど…

 こうして俺を追い詰めて訓練を何が何でも受けさせようっていう魂胆か。


 俺も仮にも勇者だ。


 この程度の空腹で折れる訳がない!


 騎士団長も考えが浅いな。

 俺を屈服させるならもう少し良いカードを用意しておくべきだったな…



「もし受けてくれるならすぐに縄を解いて飯も食わせてやる」


「受けるので、飛び切り美味い料理を用意して下さいお願いします騎士団長ガルダ様」



 ガルダはこの程度ではまだ訓練を受けてくれないと思っていたのか豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


 空腹に勝てる奴なんてこの世にはいないだろ?

 ガルダは頭が悪いと思っていたがこいつ、中々の切れ者のようだ。


 そしてその日から俺のサンドバッグ生活が始まったのである。




  ―――――――――――――――――――――



 誰か俺の傷を癒してくれ…


 これが今の俺のたったひとつの望みだ。

 傷というのは身体の傷ではない。てかその傷もすぐに修復される。俺の"不死者"というスキルは欠損部分すらも跡形なく治せてしまうし、もちろん死にもしない。しかし痛みは感じるのだ。それはもうとんでもなく痛い。何度も何度も何度も何度も、腕を切り落とされ、脚を切断され、目を潰されて首を落とされる。

 いくつもの剣が心臓を貫く。身体を翻し放たれる矢や魔法を避けたり、剣の太刀筋を見切るなどの芸当が、底辺ステータスである俺に出来るはずもなく、僅かな抵抗すら意味を成さない。ただ殺される俺の姿を見て嬉々としているクラスの連中…

 同僚を殺して、成長を実感している男達。


 反吐がでる…


 俺は身体こそ平気だが、その繰り返される痛みと周囲の異常な感覚に恐怖を抱いた。人を殺すことに躊躇ためらいがなくなりつつある。

 いくら俺が死なないにしても人を殺すなんて、平和な日本に居た俺達ならその感覚に馴染むのに相当時間が掛かるはずだ。クラスメイトの皆が俺を殺すことに躊躇ためらいが消えたのは…僅か二週間だった。


 

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