一杯分の思考

珈琲休憩



 さて時刻はそろそろ15時である。日々事が一段落を見せ始め、翳る集中力が糖分を欲するころである。今日はティバックを忘れてしまったので社内休憩スペースのコーヒーメイカーで、土産物のお菓子と気分転換と称して1杯洒落込むことにする。但し普段自分で淹れるインスタントより濃いのでチェイサーと称した水を忘れないように。諸兄らには四方山と戯言に御付き合い願おう。

 珈琲と言えば、「地獄のように熱く悪魔のように黒い、そして天使のように純粋で愛のように甘い」と言う謳い文句がある。銀座のカフェーパウリスタでかつて用いられたキャッチフレーズ「鬼の如く黒く、戀の如く甘く、地獄の如く熱きコーヒー」はこれに由来するのだが、これを言ったのは十八世紀フランスの外交官シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴール、日本での通称・タレーランその人だ。因みにタレーラン=ペリゴールで一つの家名だそうだ。何故タレーランで切ったのだろう。日本人には馴染みのない長さでタレーランのみの方が言いやすかったというのはあるだろうが、山田を山と呼ぶような乱暴さがどうにも拭えない。本筋とは全く関係ないところで字数とってしまった。悪い癖だと分かっていながら止められない、酷い話だ。

 鎖国が解け、キリスト教が俄かに布教したとは言え、悪魔や天使の概念が当時一般的でなかったと考えれば納得の言い換えである。悪魔を鬼に言い換えても天使の言いかえは難しかったのだろう、だとか、当時日本に於ける愛とは愛欲と言った肉を感じさせるものでまだ真新しかった恋で代用する他なかったのだろう、だとか想像するに面白い。そもそも愛だとか恋だとかは意図的に起こるものでなく、凡そ落ちるものだと言うのなら、押し売りじみた、罠じみたそれは本当に感情なのだろうか。

 開国期や感情の話は他の所で是非やることとして珈琲の話に戻ろう。格言と言えば、「一杯は憩いのため、二杯は歓楽の為、三杯目は剣のため」という珈琲に纏わる格言がブラジルにあるらしい。又聞きなので詳細は知らないが、「酒杯の一杯目は健康のため、二杯目は快楽のため、三杯目は放縦のため、最後のものは狂気のために飲む」と言う古代ギリシアの哲学者、アナカルシスの言葉によく似ている。その他には、トルコの諺で「1杯のコーヒーにも40年の思い出」と言うものがある。40と言うのがかなり大きい数を意味するそう(日本における八百八にあたるだろうか)で、「40年の思い出」とは「長年の思い出」ということになる。つまり、他人に1杯のコーヒーをご馳走するだけで、その親切をなにかにつけて思い出してもらえるものだ、他人に親切にせよという教えだそうだ。情けは人の為ならず、より誤解しにくくてよい気がする。完全な蛇足だが、トルコには「珈琲は地獄のように黒く、死のように濃く、恋のように甘くなければならない」と言う諺もあるらしい。諺と言うよりは格言な気がするが。それはさておき、ブラジルの格言もカフェインによる覚醒作用および強心作用と考えれば3杯目に剣の為と来るのも頷ける。

 カフェインと言えば、確かに珈琲から分離されたが、緑茶、烏龍茶、紅茶等の茶ノ木由来の茶、ココア、コーラや栄養ドリンク、チョコレートにも含まれる。作用としては、覚醒作用、強心作用の他に解熱鎮痛作用、利尿作用がある。このため、水分補給としては適さない。とは言え飲まずに水分不足に陥るくらいならまだ飲んだ方がいい。なお半数致死量は一般に約1㎏あたり200mgと言われているが、個体差、年齢やカフェイン分解酵素の活量、肝機能に違いがある為、5から10gが致死量と考えていいそうだ。インスタントコーヒーでは凡そカップ50杯程度だろうか。カフェインよりも水中毒で死にそう。なお、中毒症状発現量と致死量の差が狭いと言うが、摂取してから血中濃度が最高に達するまで凡そ0.5から2時間、血中消失半減期は4.5から7時間と言うから、余程でない限り……栄養ドリンクなどの短時間連続飲用などしない限りはまぁ滅多に越えはしないだろう。習慣性があるにも拘らず、大きく注意されない所以だ。さて、空腹にカフェインを入れると胃が荒れると言われるのは、カフェインによって胃酸の分泌が促進される為であり、ならば成程食後の珈琲やお茶と言うのは理に適っている。

 嗜好品にはありがちな話だが、珈琲も最初は一部の修道者だけが用いる宗教的な秘薬であり、生の葉や豆を煮出した汁が用いられていたと言われる。現在のように種子を焙煎し抽出するようになったのは13世紀、広く一般の飲用が認められた(とはいえ、恐らく贅沢品の扱いだっただろうと思われる)のは15世紀ごろの事だそうだ。欧州へ広まったのは16世紀に入ってからの事で、欧州に茶が流入したのもその頃だ。オスマン帝国に於いては当時珈琲文化が根強く、現トルコに於ける茶文化は第一次世界大戦後のオスマン帝国崩壊まで待つことになる。

 茶と言えば、先日こんな呟きを見かけた。世界で茶を意味する語の起源は、「チャ」系統のものと「テー」系統のものがあり、「チャ」は中国の北方語や広東語に由来し陸路で伝播したもの、「テー」は福建南部から台湾にかけて用いられている閩南語に由来し海路で伝播したものだと言う。確かにポルトガルでは欧州に於いては例外的に「シャ」と発音する。マカオから直接茶を輸入していた為だと言う。チャイのイが何所から生えたのか中々興味を引く。なお、日本に於ける茶の字音はダ(大和時代)、タ(奈良平安)、チャ(院政時代)、サ(鎌倉以降)であり、日本に茶そのものが齎されたのは一般に平安の頃(一説には8世紀)だったと言う。ならば呉音が入ってきた当初の日本に於いて茶は何を表す語だったのか、興味が湧かないと言ったら真赤な嘘になる(なお、茶の字成立以前に借用されていた荼は苦菜を指すと言う)。が、珈琲の話に戻ろう

 日本に珈琲が持ち込まれたのは18世紀末、長崎出島での事だったと言う。当時既にネルドリップ方式は確立していたと思われるが、嗜好品としてよりも薬としての効果を期待されていたと言うならトルココーヒーのように飲まれていた可能性もある。いや知らないが。ゴリゴリと薬研で磨り潰される珈琲……丁子などと煎じられる珈琲……悪くはないと思うんだが、まともに想像したら酷く噎せて事務の人に心配されてしまったので一旦此処で此の思考は畳もうと思う。また隙を見て何れ

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