三章・神霊

 大いなるハハネの神に、祈る人と天使たち。

 この世界――ネオファンタジアの創造主ハハネの神は、

 高位の魔神に性愛の奴隷としてベルゼの地に召喚され、

 その魔神が、死か逃亡か、誰かの召喚獣にでもなったか、

 何かの理由で居なくなったあとも召喚された肉体を消せずにいた。

 特別なホムンクルス体に幾重にも呪術をかけられ、

 その体から出られなくなっているのだ。

 それでも世界の運行に支障はない。

 この世界の大枠は完成しているし、

 天界には他の神々や強力な天使がいるのだから。

 召喚されたのが本物の神であるという事を知る存在はいない。

 ただし、真っ白い身体と紫色の瞳を持つ神は。ひたすら群がるゴブリンに、

 豊かな胸や大きい尻をつかまれたりしている。

 傷付いてもその傷がふさがっていく。

 うつ伏せにされ胸を踏まれたり強く噛まれたり、

 身体に乗られたり遊ばれている。

 その腹部にはウテライン・コートが浮かび上がって妖しく桃色に輝いており、

 彼女に魔物への途切れない服従心と激しい快楽を与え続けている。

 ウテラインコート、淫紋の魔法は、性愛で対象を支配することを目的とする。

 ずうっと前のこと。支配と凌辱のことしか頭にない人間の魔導士、

 いつの世も一定数存在するそういう者たちが創った魔法を、

 魔王軍がその魔導士たちから奪い魔物に広めたものだ。

 30年前に人間を恐怖させ、心底怒らせた力の一つ。

 魔王が滅びても一部には残っていてこうして使われる。

 しかし、ハハネの神はどうなされたのか。されるまま、されるまま。

 何故、支配する神としての強い力を行使しないのか、すでに敗北したのか、

 ふつうの考えでは一見、計り知れない。人であれば絶望の状況。

 これはベルゼにある洞窟の奥でのことで、

 ずっと前から続けて行われている。

 普段はその洞窟の奥は行き止まりだが、

 ごく限られた条件が満ちた場合にのみ、そこでひらく魔界がある。

 それとつながっている時になら、誰でも見たり入ったりできるだろう。

 とはいえ望んで行くのは愚者か冒険者だけ、命にかかわる危険な空間だ。


 ベルゼの町のギルド支部。

ギルド長をやっている猫むすめフォエンは、書類に何やら記している。

「『この半年で当ギルド支部から』えーっと。

 冒険者となった者……1名

 割合……盗賊100% 新しい功績……無し ギルド所属者の問題……無し」

 フォエンは書類に話しかけるようにつぶやいた。

「今までご苦労様でしたニャ」

 閑古鳥、閉鎖寸前、いや。もういくつかの機能をあきらめる、

 半分閉鎖の認可が通っている。完全閉鎖も時間の問題だった。

 思えば長年続けた前のギルド長があきらめムードになり、

 若輩の自分に引き継いだ時からこうなることは分かっていた。

 おそらく魔王が死んだ時から冒険者は引退していき、

 ギルドの職員は退職していき、どちらの新人も減り、

 何がギルドなんだ? と無邪気に思う人々も増える一方。

 魔物討伐の主流は変わった。

 学校を出た騎士、もしくは自警団だ。

 踏破され宝を奪われたダンジョンが多いのに、

 冒険者になるんだという人は少ない。無駄だからだ。

 何の意味もないよね~。

 その冒険者でもあるフォエンはギルド長として、

 そして最後の当ギルド職員として規模縮小を申請し、

 本部に通った。そして数日前に認可の連絡が届き、

 ギルドは半分閉鎖になった。

 新しく冒険者になりたい者は、他のギルドへ行く必要がある。

 依頼を前のようには受け付けない。

 そもそも今の時代のギルドに依頼は来ないのだ。

 さすがに本部は違うと思うが、こういうギルドはかなり多いという。

 多くのダンジョンが踏破され、魔王が完全に倒された世界にあっては、

 何がギルドだ、も、おかしくもなんともない。

 さびれていくギルド、冒険者。打開策なし、打開不要? 時代の流れ。

しがみつこうか、どうしようか。

 何が時代を変えたのか分かってる。

 それは、平和だ。終わった冒険への飽きだ。

 皇帝が貴族に呼びかけて発足した新しい『騎士』がある。

 貴族を君主と仰ぐ古い騎士の形式を国のための騎士として、

 可能な限りの理論的方法と、正義ある人たちの執念でまとめあげたものだ。

 一度できてしまえばそれは強かった。終わりなく鍛え上げて国を衛る人たち。

 人間の愛と理性による治安維持戦闘集団、騎士は各地を警護する。

 そして金などでなく本当に自分たちを守るという自警団は、これも強い。

 それに対して、タイミングが良ければ報酬と引き換えに村を守る冒険者、

 分が悪い。こうなってくると冒険者はバカなんじゃないかとさえ思えてくる。

 つまり、もっと良い方法が現れてきたわけだ。

 それは悪いとは言えない。

 勇者はもう現れないのだろうか。

 そりゃ、現れないだろう。

 まさに危機が迫るという前提でそのほか数々の事実という要素が絡むのに、

 平和になった後から他の誰かが目指せるものではないし。

 勇者は――冒険者というだけでなく、神にさえ謁見し、

 実際の戦いにあっても強い力を持っているとみんなが信じている。

 見たことがなくても。事実もそうだと思う。

 多くの冒険者はそんな神話に憧れる。フォエンもそうだ。

 そう、寂れていく仕事をこなしながら憧れることしかできない。

あの彼も来なければ仕事も無い。

 ものになりそうかというと、いまいち……。

 他のことを考えている様子だし。

 彼の事は文通もしていたからぜんぜん嫌いじゃない。でも。

 こんな時代に冒険者になろうなんてワナビーじゃないの?

 ワナビー……本質をとらえず、なりたいだけの人。

 理由はだいたいそうだから。

 そこから成長するならいいけど、

 前年はすごかった、才能ある二人が冒険者になって、

 その二人が引退した。少しは教えてあげたのに。

 今年は今のところ彼が飽きたなら、

 それで完全に途切れる。おしまい。

「うにゃにゃん、そうなりそうだニャ~……」

 それなら元々の考え通りギルドの鍵を閉めて、

 出ていくだけ。さびしい。

「ふあ~…」

 フォエンのあくびが飛んでいく。

 ガチャ、とドアが開き、

「こんにちはー……」

 背の高い黒ずくめの青年が来た。

 手袋と肌は白い。美形の男。

「シュウさん」

 フォエンは笑った。

 あの彼、だ。

 おかしなことに、気が変わったかのように、

 フォエンの気持ちはパッと明るくなった。

 この、何もかも飽きていく世界に居るボクの世界。

 でも錆びをはらうと下には無事なパワーがある。

 さあ、ボクも楽しませるから、楽しませて。

「今日はどうしたんニャ」

 キミは最後の冒険者! カッコイイ!

 この町の……平和、うぷぷ。

「色々教えてもらおうと思って。フォエン先輩。よろしくお願いします」

「?! ぶはっ! にゃはははは! 年上でしょ」

 先輩と呼んでくれるらしいです。

「お、おかしいですか先輩。オレの態度、嫌、ですか?」

 今この青年、シュナイヴは物語の材料集めと冒険の両立を願っており、

 実はその事に少し劣等感を持っている。

 漂流しているような考えだと自分で思っているのだ。

 どうなるか分かったものではない。

 フォエンはその態度を、それを知っているわけだから――。

「いいえ。ぜんっぜん。好き」

 嫌っていない。シュウは軽くハグされて、照れた。

「こっ、困ったな……」

「ご、ごめんニャ……」

 ハグぐらいなんでもないが、その反応にフォエンも照れてしまう。

「いえ。本当は嬉しいんです、が、オレもどうすればいいのか……」

 フォエンは思う、ものになるならボクの記憶の壁に飾ってあげられる。

「大丈夫ニャ~。ちょっと冒険に行こうよ」


昼間だが少し薄暗いギルドの中。

 シュウはギルドにあるものを物色している。

 長く尖った自分の鼻に触れながら、

「この菓子入れは、移動したのか。

 前から見ておきたかったが……ふふん」

 中を開けると菓子が入っている。

 色とりどりのマカロンが見られた。それに満足して閉める。

 ギルドでいう盗賊になったからといって、

 もちろん物を盗もうというのではない。野盗とは違う。

 何かが物語のタネにならないかと思って探しているだけだ。

 フォエンは手をグッと握ったりパー、屈伸をはじめ、準備運動の最中。

 スカートなのは一緒だが、今日は赤いスカート。白タイツを履いておらず、

 必要な運動をすることで黒い下着が思い切り見えている。

 念入りな柔軟に従って下着とそれが覆う美しい形に色々な変化が起こる。が、

 しかしシュウよ惜しい、見つけたチラシに興味を持っていたので見られなかった。

 パピルス紙を持って、

「フォエン先輩。これは?」

 手に持った紙の他にも、同じものが、

 地面にも束になって置かれている。

 フォエンはもう立っており、肩を回し、

 アキレスを伸ばしたりしながら答える、

「興味無いんニャ。国教会のチラシ……。

 ギルドなら人が集まるかと思って大量に持ってきて~……」

 フォエンの目からは、世界の色々なものが下火だ。

 下火、物事の勢いが弱くなることをいう、ギルドのように。

 色々なものが下火で、無駄の多いものに見える。

 最終国の中にある、政治、宗教、冒険、魔物、財宝、などなど、

 もっと盛り上がってほしいものも、下火で良いものもあるけど。

 全部が燃えてしまって消え去っても誰も気が付かないんじゃあ……。

 それで済むはずがないが、そんな事を考えることがある。

 それがつい出た。

「その紙ぜんぶ燃やしたい」

「じゃあ、一枚もらっていいですか? 物語の種になるかもしれないな」

「どうぞ~」

「先輩、1の1、とかこの数字は、何でしょうか」

 聞かれて仕方なくシュウの傍へ行き、のぞき込んで、

「知らんニャン。

 人に分かりやすくする、とかとか?

 興味とか無いニャ」

「興味無し、

 無宗教なんですか?」

 続く、新人の関係ない質問。

 フォエンの思い描く冒険に、

 あまり関係しない。

 けれども、人間関係には関係するかも?

「えぇ~と……。ダメにゃ?」

「とんでもない!

 己の足で生きていこうとする先輩、尊敬します」

「うふっ」

 褒められたからではなく、

 仲間になれそうだから微笑むフォエン、ぽかぽかと暖かい笑顔。

 彼女自身が自分で思っている普段その時の気持ちよりも、

 ずっと優しい心を持っている、その発露だった。

 自然の態度に現れる笑顔。それを見たシュウにも静かな満足の感があった。


 ビラに目を通す。

(大いなるハハネの神に祈る人々と天使たちの絵。

 力作だな。この、同じ精度で絵を増やす印刷というのは本当にスゴイ)


『神話を伝える』


 我々は神と天使たちに認めてもらうためにどのような生活を送る必要がありますか?


1・1

 白き神、ハハネの神は天使たちと共に七ヶ月で世界を作った。

 まず最初に出来上がった世界は簡素で白い色しかない世界だったが、

 神は天使に請われて世界に色をつけることにした。

1・2

 最初に色は黒、神を助ける魔界となり天使を助ける魔物となった。

 我々の白い色と対になったからこれで終わりにしよう。と神は満足して言った。

 天使たちは他にも色をつけようと言い出し、神に認めてもらい色を付け始めた。

 青は海と地に、赤は動物に姿を変えた。

1・3

 それを見ていた神の目は紫になり天使たちと共に喜んだ。

 神は満ち足りて帰っていった。また人間が出来たら来て守ろう。と言い残して。

1・4

 それを聞いていた地が後から出来た人間にそれを伝えた。


「――。これは、前に読んだ事がある。

 国教の神話か。絵が違うから読んだ事がないかと思ったが」

 じっくり見ていると、

「シュウさん。近くに洞穴があるから。

 ニャン、もう読んでないで行く!」

「はい、分かりました」

 新人教育をしてくれるという。本当に助かる。

 ビラを折りたたんで胸ポケットにしまう。


近くと言っても、山道に入り一時間ほど歩いた。

 町から少し離れた薄汚い森の中、洞穴の入り口の到着する。

 同時に偶然、十羽ほどのカラスがバタバタと飛び上がる。

 辺りに黒百合が群がり生えて咲いている。

 それを見つけたシュウはつぶやく。

「ここか。

 黒百合の花は姉さんの花、黒百合の花を摘むのは誰か……」

「え? 何にゃそれ」

 花を指しながら、

「……。あぁ、意味は、黒百合って少し臭うでしょう。

 しかし形は醜くない、美しい。とすると、わざわざ摘む者はいるだろうか。

 目の見えない者は欲しがらず、鼻の利かない者は欲しがる。

 姿で誘いかけるようで匂いで突き放すようでもある。奥義に達したように。

 女性的なものの概念と実際の……。

 一種の哲学的文学です」

「へぇ~、スゴい。

 でも、聞いといてなんだけど、

 冒険前に知識の披露とは感心ニャ。

 ――集中ッ!」

「あっ、つい。いきなり無関係な事を失礼。

 ……!」

 どさっ、と入り口で音がする。

「フム……」

 猫むすめフォエンの瞳は暗がりであってもよく見える。

 その瞳にとって森の中の洞窟の入り口は明るい。

 誰かが、魔物に始末をつけて歩いてくる。

 片方の手は頭を押さえていて血だらけだ。

 それを支えるエルフの女の子。

「ふーっ……ふーっ……。

 回復魔法の使い手の、この俺だが、

 それはちょっと訳ありで使えねぇ……」

「大丈夫、大丈夫ですから! 私の魔法で……」

「余計な事すんじゃねぇ! お前は魔法は使うな」

 シュウの眉が縮まる。

「お前は」

 帯剣したチンピラのような男、アースリィ・モッズと、

 金髪で長い髪の青い瞳、裸同然のエルフの少女、リューンナナ。

 リューンナナの方は下着のような胸あてが剥ぎ取られたのか、

 無いが、人を見つけて手で胸を押さえた。怪我はなさそうだ。

 モッズの方は顔面にだらだらと血を流し、ふらついている。

「よぉ。……シュナイヴ。てめぇじゃねえか……。ふー……」

「モッズ。その傷は。

 お前は冒険を引退したはずだろう?」

「細けぇことはいいんだよ……。奥の……」

「リューンナナさん、この男はどうしたんだ」

「えっと……」

「おい……俺から言うわ。

 終わったダンジョンのはずだろ、ここは……。

 暇つぶしに、何かありゃしねえかともぐりこんだんだが……。

 奥に……」

「奥に?」

「ぐっ……」

 モッズは気を失ってしまった。

 シュウとリューンナナは受け止めて、ゆっくり地面に下す。

 フォエンはしゃがむ。横になったモッズの顔、

 だらだらと出てくる額の血を手でぬぐうと、

 その前頭部に出来た大きな傷を見つけた。それに優しく触れ、

「ファイブ・ソウル・アニェゼー……」

 呪文だろうか。触れた手と血を流す部分が反応するように、

 そこから虹色をともなった黄色い光りが出る。

 すると何らかの力がモッズの肉体に入り込んで、

 流れ出す頭の血が止まっていく。

 シュウは溜息を吐き、

「ファイブ・ソウル……、手紙でしか読んだことがない。変わった力だ。

 それにしてもリューンナナさん。この男が言っていた、奥とは……何だい」

「奥に道が……」

「道? 奥に続く道か。魔物は倒したのか?」

「はい、逃げていきました……でも私にも、分からないんです……」

 うつむいてしまうリューンナナ。

 回復を施したフォエンは立ってモッズの血を木に擦り付けると、

 グー、パー、と手を握り、

「見てくるニャ」

「オレも行きます」

「……」

 知識と顔はまぁ良いけど、冒険は別、それはそれ。

 行きかけたフォエン、少し考えるが、

「初心者は足元に注意! ついてきて!」

「はい!」

 二人で駆けだす。


 中は鍾乳洞だった。

 ぼこぼこした壁に炎の光りがゆらめく、

 松明をもって進んでいくシュウ。

 フォエンはその先をずんずん行っている。

 先ほどから、新しい魔物の死骸が転がっている。

 数が多い。少しチェックしようと足を止めるフォエン。

「このゴブリンとオーガは……」

 ゴブリンは、古文書などでは鬼族やエルフと根源を同じくするという。

 しかし魔物だ。平均して130センチほどの身長で多くは痩せている。

 初めはそうではなかったが、時代を経るにつれ、

 雄は自種族のエルフに似た雌を虐めて喜ぶほかに、

 他種族の雌をも捕まえて繁殖する危険な下等生物となった。

 オーガもそれと同源とされる類似物であるがより大きく、

 ゴブリンがエルフなら、オーガはより鬼族に似る。

 ただし人間族(ヒューマン・ビーイング)より、

 背が低い傾向の鬼族(シャオグイ)と比べ、

 いや、人間全体と比べてもオーガの身体ははるかに大きい。

 大人を二人、縦に並べたほどの大きさで筋骨が発達している。

 レイセオンのオーガはなかなか死なないエルフを、

 体に括りつけて服、保存食、袋、ベッドと称して苛むという。

 他の種族でもやるが、長持ちしないので使い捨てされる。

 最終国でもシュウは、太り切ったおばさん、醜い容貌の女、

 老女の被害に遭ったのを見たことがある。

 それぞれ知人だったので心の中、怒り狂った。

 オーガは人間を敵視し、滾る加虐の本能を持つ。

 そして、それを行使する巨大な肉体。

 滅びるべき存在だ。


 同源であるとされるエルフや鬼族が、人としてちゃんと認められる理由は、

 それよりも遥かに優れた理性と共感性、精神の安定性を持っているからだ。

 

 まったく違う怪物。

 だが。

 魔王が顕現していた頃に、

 途絶えていた魔物の言語を復活させたため、魔物にも言語がある。

 ミカエザ語というものであらゆる国語に劣らぬ連絡が出来るという。

 彼らはこれで爆発的に発揮できる能力や知能を発達させた。

 ただ、半面それは人間たちの心を恐怖させ、怒らせ、

 魔物への報復と殺意の塊にするに十分な発達でもあった。

 よって勇者の活躍以降、数を減らす一方の魔物。

 あるべき絶滅が始まりながらも、居るところにはまだ居るようだ。

 シュウはしゃがんで地面に転がっていた真っ二つの、

 オーガの顔を指先で撫でる。白手袋に血が染み込む。

「これも、モッズの剣筋だ。……だが」

 立ち上がってオーガのこん棒を足蹴にする。

 新しいへこみや血などは無い。

 ここまで調べてきたものも同じだった。

「あいつは、何にやられたんだ?」

「ふ~ん……」

 フォエンにも分からない。

 しばらく来ていなかったとはいえ、ここで何があったのだろう。

 先ほどの男・モッズさんが気絶する前に言った通り、

 半年前はここは終わってるところで、

 練習にちょうどいいコボルト、それくらいしか居ない所だった。罠も無い。

 この世界で魔物は暴れ放題に暴れたので、次の勇者の言葉が今なお支持される。


 魔物に最もふさわしい宝物は死である。ただ死である。

 魔王城攻略の際に、今の騎士の原型となった討伐軍へ向けた勇者の言葉。


 フォエンも少しはこの言葉を叶える必要のため努力しており、

 対象としてコボルトを気に入っていた。

 人間より劣るとはいえ知能の発達があり、それにともない噛む気概が退化している。

 要するに気弱な生き物だ。反射神経だけは優れておりその練習にはぴったりだ。

 犬の代わりにコボルトに餌付けしたりして遊んだ。どうでもいいか。

 ともかく、残念ながらそのコボルトが全くいなくなって、

 他の魔物の死体があり鍾乳石がたくさん折れている。

 戦いのせいか。

 奥はどうだろう。

 シュウに話しかけるフォエン。

「そろそろ奥だから、気を付けて欲しいんニャ……」

「はい……」

 進んでいく二人。

 奥に着くと石造りの祭壇があり、

 それはフォエンも知っているものだったが、

 違う点がある。

「これは」

 祭壇の手前の空間に大きな穴があり、外側は半透明に見える。

 そして中心に行くにしたがってハッキリと異空間が広がっているのだ。

「先輩。この穴は? この祭壇がやっているのか」

「ニャ~。前はこんなことなかったけど……」

 見る限りは、国教会の今は使用されていない祭壇だ。

 その基本的な形のものだが違うのかもしれない。

 なにやら魔力によるらしい大きい穴が開いており、

 それはゆうにオーガ1体はすぐに通れる。

 シュウが石を弱めに放ると、石はそのまま異空間の中に入っていった。

 中に、入れるようだ。なら向こうからも来ることが出来るはずだ。

 やはりこの祭壇の力だろう。

 そして二人がその中を見ようと近づくと、フォエンの目には、

 武装したオーガが5匹とゴブリン9匹ほど群れを成して歩いてくる。

 門のあるこの位置と、その向こうは高低差があり、

 向こうからは少しずつ登ってくるようになっている。

 群れを維持して、そのままの速さで来る。

 シュウの持つ松明、こちらの明かりは見えただろう。

「こ、ここまでにするニャ」

「分かりました」

 撤退することになった。

 紫がかった薄暗い異空間への門、

 フォエンはその横に回り込んで、

「この祭壇、壊しとこう……。ソウル・モルデカイ!」

 その突き出した拳から虹色の光が放たれて、

 20センチほどの火の鳥が飛び、祭壇を吹き飛ばす。

 頑丈そうだった祭壇は一発で破壊された。しかし。

 焦るシュウ、

「先輩、歩いてきます! あ、穴がふさがらない……。関係ないのか!」

 二人は危険を感じ、急いで外に出ることにした。

 今度は入り口へ駆けていく。入口へ……。

 駆けていく、しかし、

「ば、馬鹿な」

「ふにゃ……」

 確かに来た道を戻っていった。

 行きついてみると、

 そこは同じ場所。

 今しがた吹き飛ばされた祭壇と、ふさがらない異空間の門。

 門は少しずつ大きくなっているように見えた。

 怪物どもは異空間の門から出てきて、二人を見つける。各々が武装し、

 兜をしていたり、大剣や盾、ゴブリンは短剣、弓矢を装備している。

[Saaninasawanu nuagoa dii](人間だ)

[Hekewanu sutoyure](【服】があるぞ)

[Wogihiuha hekewanu sutoyurekii](俺がもらう)

「『エアリー・エリート』……!」

 フォエンが叫ぶ。精鋭気取り(エアリー・エリート)。

 オーガが指揮を執り、その比率が多く、武装している敵集団のこと。

 騎士用語だが、冒険者も中堅になるころにはその言葉を覚え、

 熟練すればそれを聞くだけで己のとる行動が分かる。

 しかし今はそうはいかない。二人しか居ない。

 魔物たちは武器を構え近づく。

 ゴブリンたちはオーガの指示を欲している。

[Katihasumu na usae](楽しませろ)

 死を感じたシュウは首を振って、

「くっ……勝負だ……オレと……!」

 何やら、格闘のポーズをとる。

 松明を持っていない方の手で拳を固める。

 フォエンも、

 戦闘体勢。

 両腕を下から揃え、

 仕方がないのでもう本気だ。

「ファイブ・ソウル!」

 ソウルの炎色反応、虹のような色が出る赤色の炎が周囲に巻き上がる。

 オーガが腕を振るとゴブリンたちが弓矢を放つ、が届く前に逸れたり燃えてしまう。

 魔物には奔流になったソウルが嵐や噴火のような衝撃になり、

 前の方のゴブリンが3匹ほど吹き飛んで鍾乳石に突き刺さる、

 オーガは重さの甲斐なくふらつき、重い装備を落とす。

 パワーに抵抗するオーガ、武器を拾い巨体が駆けだす。

[Giitt! Gatt……Uukaaniditt!](叫び、驚き)

[Kayudusiatt!](仲間に呼びかける声)

 洞窟の中が昼のように明るくなる。

 フォエンの髪にもソウルが付与され、きらきらとして少し伸びる。


 火の鳥を撃つ。


 5メートルほどの大きな火の鳥が連続で飛ぶ。先と大きさが違う、

「ソウル・モルデカイ! もうひとつニャ!」

 それを受けたオーガたちは一気に吹き飛んで全部ぐちゃぐちゃになってしまった。

 そして消滅する。対象にだけ高熱の衝撃になる。

 シュウの想定では、大方……、

 考え通りであればこの後、良くて辛勝??

 それさえ無理だっただろう。

 最悪は敗北が待っているのだが、

 オーガは居た全部が全身全霊を失って消滅し、他は数匹が隠れた。

 ――無敵の仔猫、金色の瞳が燃える。


 彼が初心者なので危険だ、逃げよう、と思っただけ。


 なぜこうなるのか。

 ファイブ・ソウルは、

 彼女が特別な塔での冒険によって得た魂の力で、五つの種類がある。

 この火の鳥の力は最初に習得した人物の名がモルデカイであり、

 先ほどモッズに使用したアニェゼーも同じく最初に習得した人の名。

 当てはめるなら攻撃魔法に相当するファイブ・ソウル・モルデカイは、

 当代、つまりその時代、たった一人だけが受けられる。

 そして。真の火の鳥イミトリセ・ヘスツラエの加護により放つ。

 人間に対しては最低レベルの冷炎でありながら、

 魔物に対しては3万6千度超の高温になる。その程度では終わらない。

 それで溶けなければ切断力、衝撃力をも発揮する。他に燃え移るという事が無い。

 だからオーガ達も一瞬で爆散して洞窟に影響もほとんどない。

 ただ、最終的には炎の温度は決まりではなく彼女の意志による。

 ちなみに冷炎とは、光りと火の、中間のもの。

 長所にも短所にもなりうるが、狙った標的以外には、あまり効果が及ばない。

 その力の流れでふわと風が吹いて、

 フォエンの赤いミニスカートをゆるゆるとめくる、

 風が止んでいき、黒い下着に包まれた、

 小振りなおしりがまたスカートに包まれた。

「ボク、優秀な仲間だニャン?」

 シュウを見ずに前を見たまま言う。

 真っ直ぐ正面、前を見る瞳。髪が戻る。

 空気を触るように揺れる尻尾、スカート後ろの上の方に、

 尻尾のための穴が開いているのが可愛いらしい。

 歩き出すシュウ。

 精鋭気取りの生き残りのゴブリンがトチ狂って、

[Sa,sarohi yomodiwatt!](驚きの言葉)

 シュウに近寄って低い姿勢でとびかかる。足をえぐる気だ。

 今こういう戦意があるのは不思議だが、

 あまりに一瞬だったので、決着の判断ができなかったのだろうか。

 拾い物であろう珍しい獲物を持っている、ナックルダスター・ナイフ。

 五年ほど前に流行った、多少のことでは持つ手から外れない形の武器。

「……」

 シュウは無言でゴブリンのアゴを蹴った。少し吹き飛んでいく。

 ブーツには鉄板があるから、下手なナイフくらいでは大胆に。

 すぐ近くから弓矢が放たれる。

 シュウは直前に身体を動かしており偶然のようにかわし、すぐ前に出る。

 別のところからフォエンに向けて矢が飛ぶ、

 矢は前に出たシュウの左腕のところでガキン、とはじき返された。

 ぴったり弓よけの板、信心板の一つに当たった。

 矢を射た2体のうち、近い方へ歩み寄ると屈んでいる。一瞬のことだ。

 起伏のある鍾乳洞の洞窟で、小柄さを活かして隠れたつもりか、

 そもそも動きが遅れたのか理由は知らないが、すぐ鉄板入りの靴底で頭を踏む。

「むぅおっ!」

 踏みつけられたゴブリン、踏みつけを受けて下は岩、

[Kitt!](息。吐き出した息)

 打ちどころ悪く両眼などを噴出。もう一度の踏み付けで、ミソを出した。

 弱い魔物を踏みつけるのは、足の力を有効に用いる場合、非常に役に立つ。

 もし踏む力が弱い場合は、ぺたぺたと踏むだけ無駄である。

 シュナイヴ青年はどこかで靴に細工し、少しは足を有効に使える。

 残りの1体は矢を継ぎ終わっているはずなのに、

 とシュウは思ったが、もう嫌なのだろう、逃げ出したのが見えた。

 弓を放り出して捨てている。走って異空間に戻ろうとしている。

 シュウは変則的な地形にあって動きが遅くならないようにジャンプ。

 逃げる矢筒を、打ち砕き背中から踏みつぶした。魔物は頭に足を置かれ、

 起き上がろうとするが、間に合わない。

 シュウの踏みつけ。

 ドッゴォ、足元の石が、踏まれた魔物と衝突。

 この魔物は、先と同じように倒された。

 シュウは姿勢を戻して正し、

 その黒ネクタイに手を置き、

 松明を持ち直す。

「……。これで、おしまいだな。

 君たちのことはもう忘れてもいいだろう?」

 ほんとう嫌なものを見るときの皮肉っぽい瞳。

 フォエンは腕を組んで一度うなずく。話しかけるシュウ。

「ありがとうございます。先輩。

 それにしても一時は死ぬかと思った。

 ……だとしても自分だけだったようだが……」

 すごい先輩だ。フォエン先輩。勝利の女神だったわけだ。

 フォエンの方も、自分は常人だというシュウの動きが、

 思うよりずっと良かったので、感心。

 それは今度きけばいいことと思い、

「シュウさん。

 入り口に戻るの、もう一度試してみるニャ」

「……。わかりました」

 という事で戻ると、なぜか今度は入り口に到着することが出来た。

 フォエンはシュウを送り返して、

 もう一度一人で行くつもりだ。

 しかし、そうする必要はなかった。

 入口に大きな影と、ちょんと子供の姿。

「おう……いいですぞ。うまくいきましたな」

 ずし、ずし、と歩く音。

「どう。入れるようになった? ここに天才がいますねっ!」

「――ええ。この通り、その通り」

 勇者、ザ・ブレイブ。大きな柱のような鎧の闘士。

 導師、純粋そうなその表情、ジョンフラムの姿だ。

シュウとフォエンが近づくと、

 ザ・ブレイブは半ば無視するように、

 それでいて男が何か作業をするときの要領で、

 優しく手で二人にどいてほしい、と合図し、ずしんずしんと進んでいく。

 ジョンフラムは二人にピースサインで「おつかれさまっ」と手を振りながら行く。

 権杖という司祭用の杖があるが、それでなく他宗教の杖を持っている。

 共に奥の方へ消えていった。

 フォエンは噂に聞いたその姿を認め、シュウと帰ることにした。


 勇者の冒険を見てみよう。

 異空間のケアは――。

 それ以上の魔法力で周囲の空間ごと修正することが重要だ。

 鍾乳洞の洞窟中に広がりつつあった異空間のケアを行いながら、

 ジョンフラムが勇者に問う。

「あいさつ、しないの? あの、シュナイヴ君」

「覚えていますよ。隠者の新しいご友人のね。そうですが、

 まさか居るとは思わず。来ていたとは、まこと危ないことだ」

 ザ・ブレイブとジョンフラムは、

 30年前に魔王を倒した後、ずっと一緒にいた。

 守り抜いたと言って良い愛する世界を楽しく旅行しており、

 最近は高台の村で説法をし、そこで星空を見た後に温泉に入り、

 もと来た道を行くつもりでベルゼに再び立ち寄った。

 すると異常事態を嗅ぎつけることにかけては一級、

 ブレイブとジョンは長い間、最も激しくこの世界のために戦っていたのだから、

 すぐに分かった。彼らは洞穴から放たれる魔力の異常振動を遠方から察知。

 旅行を、冒険に切り替えた。


二人が初めて会ったのは32年ほど前だったろう。

 以前から13歳ほどの姿で、それから全く歳を取らないジョンフラム。

 耳長ではないが、金髪で青い瞳。老いず、死地にあっても生き延びる。

 しかも数多くの力がある。真のエルフかもしれない。

 もっと前はそれが気になったブレイブは、

 何度か聞いてみたことがあった。

 だが違うそうだ。

 ただの自由と平等を愛する人間だという。

 奇跡を起こし続け、若いまま。

 ただの人間がそんなことは……。

 しかし実際にそう見えなくても、そう言われた以上は今はそれを信じている。


 ザ・ブレイブは、

 私は正真正銘の人間だ。

 小さな村で育った。ただの人間だ。

 村で育ったと都市の者に言えば馬鹿にされたものだ。

 こんな小さなことを何年も後に思い出したりするような男だが、

 もちろんそれだけではない。

 この肉体と鎧と生き様が勇者である。

 他の勇者が現れるまで、いつまでも……。

 あるいは、他の勇者が現れることを諦める時まで。

 それまでは自分を細かく分けてみたときの構成要素が、

 そのまま勇者の構成要素であることを忘れてはいけないと思うのだ。


 老いはじめた顔全体を覆う兜。


 あの時のままだ。魔の王その最後を見た日のままだ。

 口の悪い者は四角い目玉という、この兜。確かに、

 ものを見る窓が要るから、両目のところは四角に二つの穴がある。

 あとは顔に見えるようにハンマーを使って後ろから鼻の部分を作った。

 鼻付きにしたら元のままよりずいぶんマシになった、他の人から怖く見えずにいい。

 口の部分は裏から合金の板を保持できる。

 外せば口が見えるから防御と食事に対応している。

 この鎧、それにも自信がある。色々と仕込んであるんだ、これが。

過ぎ去った日々、あの頃から装備は同じ、最高の装備。

 この鎧は証(あかし)だ。それが同胞愛と実働を伴う象徴、勇者になる。

 それがある限り、私が老いても、その力だけは若いままだ。

 あと十五年やれる。それ以降は……。


「――門が出来ていますな」

勇者と導師が奥に向かうと、

 魔物がうじゃうじゃと湧き出している。

 その数が増えていく、門から続々と出てくるところだ。

 ジョンフラムは錫杖をもって一人駆け出し、

 その輪の中に入っていき、腰を下ろしてしまう。

 ザ・ブレイブは腕を組んで静観するのみ。

 魔物たちはジョンフラムに飛び掛かり、

 強く頬をうち、衣類を剥ぎ取り始める。

「ぶへ、たすけて~」

「……」

 困惑気味に見つめるブレイブ、

 腕を組むのをやめて完全に真っ直ぐ魔物の群れに向く。

 ゴォォン、と空気の震えるような音がする。

 魔物たちは完全に動きを停止する。その時間が止まっているのだ。

 古臭い名前の鎧。

 グロ―リィ・シャイニング・アーマー、若者が鼻で笑うような。

 その勇者の鎧に鋳込んだ、秘匿された金属の力の一つが、

 鎧のミスリルを餌として消費し自力で1秒間の時間停止。

 自分以外の世界中を1秒間だけ停止させることが出来る。

 長さ1秒、たったこれだけだ。高位高名の吸血鬼に劣る。ただ、

 誰かが止めた時間の中でなら自由に行動できる。これは便利なのだ。

ちなみに、ここで行使されたのはジョンフラムの技術力だった。

 ジョンフラムを苛む(攻撃する)者は、

 ジョンよりも一対一での魔力の総合力の弱い場合、時間の中を活動できなくなる。

 これはただ安全のためにあるパッシブな技術だという。つまり勝手にそうなるのだ。

 その能力はほかにある。ジョンフラムの用いる手段は数多い。

 マギナム・バンドックという錫杖を持っているのもその一つ。

 どこからその力を? 彼? 彼女? 白黒つけないでもいい。

 ともかくジョンフラムは、

 前にも後ろにも好きなように様々に時間を動かせる美少年、

 または美少女で、老いたりしない。そういう認識で間違いない。


 魔物のほんの短い暴力でジョンフラムの頬は腫れ始め、

 鼻には血が垂れ、

 錫杖を取られて、

 手と足を掴まれ、

 目には指が入り、

 服は引き裂かれて、

 腹には刃がもぐり、

 下着も取られ千切られて、

 裸よりも危機的になったその姿だが、

 それが元に戻っていく。

 衣類の損壊と乱れ、傷、どれも治っていく。

 魔物たちはジョンから手を離したり、錫杖を返したり、

 前を向いたまま後ろに歩いたりしている。

 時間は、彼のものだ。彼女のものか。

 誰も、誰も、奪えない。


 因習を捨てジョンフラムに従え、幸運にもジョンフラムが許すなら。

 ――後世に信仰されるときの文献。1


 さて、ザ・ブレイブはこの世界の平和を取り戻し、老いていく。

 ジョンフラムは過去に神に等しい力を得た、全然平等じゃない。

 しかし二人とも、そこに全く文句はなかった。

 魔王が死んだときジョンフラムは、一度きり、結婚してとせがんだ。

 魔王最後の姿の暗黒竜が崩壊爆発して花火になるとき二人は見つめ合っていた。

 ザ・ブレイブはジョンフラムの体格を伴侶としては不安に思い嫌がったが、

 他全ての観点では、もうそれ以上のパートナーが居ないことも明らかだった。

 ――いつまでも旅をしましょうと答えた。

 30年前にはそういう過去がある。

 周りだけが止まった空間。

 その中を歩いてくるザ・ブレイブを見て、老い始めた愛する者を見て、

 怪我をする前の姿に戻ったジョンフラムは倒れたまま、全く優しげに、

「異界正義の大神の、イドムドスの名のもとに……魔物の輪ぁ……はじめ~っ」

 錫杖を振る。この一言に魔物たちの身体は青白く光りだし、

 時間は止まるのをやめて再開した。その場にいた30体程度、

 さらにジョンフラムを嬲ろうとするものも、

 急に何かを察知し逃げ出そうとするものも青い光に連れ戻される。

 そのまま魔物たちは、その意思に関係なくぶにゅぶにゅし始めた。

 骨が無くなったようだ、

 溶けてしまったようだ。

 形を保持できなくなり、

 魔物が他の魔物に向けて、

 意志に関係なくぶち当たって融合していく。

 30体ほどの全部が、だんだんと合体していき、

 それを繰り返して一つの輪になってしまった。

 すると、どんどん縮小しながら融合していき、

 花輪くらいの大きさでリング状になって浮かび上がる。

 ミギャ、ミギャ、と呻いている。

 非常に不気味、これこそ呪いのアイテムのようだ。

 ブレイブはそれを掴むと、

 勢いあまってぐちゅりと潰し、

 元々やろうと思った方法に切り替える、

 軽く投げ、両手でドン。潰す。敵の全滅。

 ジョンフラムがその細い指先をぴっと振ると、

 ブレイブの手、籠手(ガントレット)に付いた魔物の体液だけが、

 はじけて飛んでいく。手がきれいになったブレイブはジョンに一礼、

「……。奥へまいりましょう」

「たすけて~」手足をばたつかせる。

「ははは……。何からですか」

 ジョンフラムは一見、ではなくほんとうに愚かであるが、

 それを自分でカバーする賢い存在でもある。毎度、遊んでいるのだ。

「魔物でしょ。言ってるのにぃ~」

「ジョンフラム。もう周りには何も……。さあ、奥へ」

 仕方がない、ザ・ブレイブも力だけはある。仕方なく、

 御姫様を扱うように抱き上げると、そのままさらに奥へ。


 ジョンフラム、彼は鉄の神に乗り、その積み荷から富と幸福を分け与える。

 ――後世に信仰されるときの文献。2


 破壊された祭壇があるのを見ながら、

「この祭壇を調べた方がいいかもしれない」

「もうおろしてね」

「ハイ。この細工をしたのは、人間ではありませんな」

 二人は祭壇を調べると、

 またも大きく広がった門の中へ。

やけに紫がかった薄暗い空間に入ると中は魔物だらけ。次々と倒していく。

奥の方へ行くと、1体の巨大な魔物。キング・ドレイン・デーモンが、

 裸の女を捕らえた柱ごと抱きしめて身体をずりずりと押し当てている。

 周囲には結晶体のようなものが出来上がっている、

 黒と紫がかった夜の空のように瞬いて怪しく輝いている。

 これは重くなって触れられるほど現れた魔力の塊だが、

 高位の怪物が出しているのか。

ドレイン・デーモンは全身に魔法の力を持つ上に、

 オーガなどと比較できない物理的な強靭さを持つ魔物で、

 その身体の魔法力によって冒険者の身体と魂を吸着する。

 吸着されたものは次第に、時にはすぐ、液状になって吸収される。

 液状化した冒険者を吸収しないままにすることもできる、その場合は、

 この液状化した冒険者は意識のあるままドロドロになって箱に入れられ、

 仲間内で交換される。それを飲み干すなり塗り込んでみるなりして取り込み、

 自分たちの肉体の一部に作り替えることを繰り返し強くなっていく。

 偉大な悪魔と冒険者はいつも一緒、暗黒の世界の中で……、というわけだ。

 この巨大な体が何人そうしたかは分からないが、そういう不気味な特徴を持っている。

 捕らえられた女はその手を柱に鎖で括られており逃げ出せないようになっている。

 しかし、

 単純な生命であれば溶けたり吸収されてしまうが、そうなっていない。 

 他にも栄養が足りずに痩せているわけでもないし、傷などもない。

 ドレイン・デーモンはいそしみながら何か予感している。

 やってきた勇者と導師、二人に気が付き振り向いて睨む。

 この巨大悪魔は普段は魔界か、そこに近い奥深い所にしか居ない。

 なぜ居るのか。

 今回は特に理由がある。

 それはつまり、ここは魔界だ。

 まずはどんな場所かというと、魔界は集合体。

 規模の小さなものや大きなものが集まる。

 集まる魔界のそれぞれから行き来できることが多いが、

 どれか一つが無くなっても他の部分にはあまり影響しない。

 高位の魔物からすれば自分たちの故郷ということもあるが、

 下位の魔物や人間からすれば、迷惑なものも、どうでもよいものもある。

 問題はそれが我ら人の世界と行き来できるほど繋がるかどうかだ。

 人々にとって危険かどうかに尽きる。

 ここに来るまでの洞穴の祭壇に、

 この魔界とつながる理由があった。

 特定の魔力がカギとなって地上と魔界が通じたのだ。

 鍵穴は祭壇の中にあった。その特定の魔力があれば、

 異空間への門を出現させるように、祭壇に細工があった。


 それは非常に手が込んでいるものだった。

 祭壇の中身は巨大水晶を削った巨大な魔力の貯蔵庫だった。

 まず数百年もかけてその水晶は出来る。

 小さければ少し、大きければ深淵のように膨大な魔力を貯める性質をもつ石。

 大きさから推定する重さは2000キロ、この巨大な隠し水晶の中央内部には、

 たいへんな魔道の資質を必要とする転移の魔法で、

 水晶を傷つけず『金属製の魔法陣』が封入されていて、

 これが特定の魔力をカギにする鍵穴の役割も果たしていた。

 さらに魔力を隠す土を錬成塗料にして水晶の表面に塗った上、

 祭壇の表面はいかにも祭壇だという加工石で覆われていた。

 元の祭壇とは、入れ替えたのだろう。

 人間の文化と呪術にも通じた高位の魔物が、

 ここに何かを隠したかったのに違いない。

 しかしその祭壇もすでにちゃんと機能を失う程度に破壊されていた。

 魔力の残りをブレイブとジョンフラムの二人で処理するだけで良かった。

 貴重な水晶は偽の祭壇になり、

 破壊されるべくして破壊されたようだ。

 永遠に変わらないものはない。


 キング・ドレイン・デーモン、

 その巨体が勢いよく振り向くときに風が起こり、

 勇者の小さいマントや導師の衣類をはためかせる。

「ブレイブさまっ」

「では……」

今度は、ザ・ブレイブが主に戦う。

 しかしこの巨大なドレイン・デーモンは、

 ここまでの無鉄砲な他の魔物と違い二人を見て怯えているような様子だった。

 おそらく、ある予感がして怯えているだけで人間の害になるのは変わらない。

 魔物は害だ。どうも実際上にそういう業がある。

 ブレイブは自分の経験上の考えに、

 ちょっと難問と疑問を同時に前にするに近い感情を感じた。

 しかしいつも通り、その通り。

 ドレイン・デーモンは怯えながらも威嚇するべく地面を叩く。

 ボォンと爆破したかのように土が抉られ舞い上がる。

 そして意を決した、という感じでブレイブに向かって、

 その太い両腕に魔力を貯めながら、

 魔界の地を揺るがし戦いを仕掛けてきた。

[Makeha……

 zyuminn……suniudora!](邪魔をするな)

「来るか、よし、来いっ!」

 両手を鷲のようにぐっと広げ、

 その体当たりを受け止めるザ・ブレイブ、足を踏ん張る。


 衝突する力。


 ぶつかった衝撃で周りの地がえぐられ、岩石が舞う。

 ジョンフラムはふわりと飛んでそれを避ける。

 ブレイブの鎧が、敵の魔力を吸い上げて周りごと緑色に発光する。

「ぬううおおお!」

 ドレイン・デーモンは魔力で敵を溶かす、その力を吸い上げれば効果は無い。

 むしろ回復にも活かせる。

 数々の金属を練り込んだ鎧は、

 勇者の意志によって武器にもなる。勇者の意念と鎧は繋がっている。

 グシューッ、とオリハルコンが鎧から揮発して空気中に噴出される。

 ドレイン・デーモンは数発、勇者を殴りつける。勇者はこらえている。

 組み合いになっている間に、ドレイン・デーモンは、

 オリハルコンに触れた魔物がなる当然の結果を迎えた。

 すなわち、構成要素を奪われて、爆発する。 

 他愛無く首や腕の爆発、それで少し力の抜けた身体を、

 ブレイブはわざと自分の方に倒し、支え、

 十分にオリハルコンを当てて二度腹を殴り、担いだ。

 どれほどの重さだろう。

 勇者は荒ぶる己の力を投げることに使った。

 重武装の騎士が何人集まれば、

 この巨大なドレイン・デーモンと同じ重さになるだろう。

 それがまるで、

 悪くなった小麦粉の入った袋のように投げられて飛んで行った。

 落ちるときに爆発。していた予感とは死の予感。魔物が飛び散る。


 勇者は猛る。勝利の雄たけびを上げる。

「うゥ……おおおおおおおおおお~ッ!」

 

 鎧の力と感応して、瞳が真っ青に光る。

 人の限界を超えた動きの副作用である。

 瞳から涙のように光りが漏れて、

 上を見るとそのまま上まで、光りが筋だって飛んでいった。

 叫びは気を祓う叫びだ。迷信だが、ザ・ブレイブには効果がある。

 鎧の色は、色々なレアメタルが鋳込まれた鉄の色に戻った。

 瞳の色も元々の黒に戻る。うつむいて両手を見る。

 今の相手、相当食っていたのだ。見た目より重い。

 持ってみれば6900キロくらいだった。

 両手を握りながら、言う。

「はぁ……まだまだ『エクスカリバー』は通用する……」

 伝説の剣。この技はそういう名のようだ。

 前後左右見る位置に関係なく投げ技に見える。

 そもそも帯剣してないが、

 彼が言うなら、そういう名前だ。

 腕を組んで言う。

「……よしっ」

 雨のように魔物の体液が飛び散る。

 ジョンフラムは錫杖をふりふり、

「いくよっ! うるとらすーぱー・健康バリアーっ」

 ここにおバカがいるので愛してあげてください。

 ひどいネーミング・センス。気が抜ける。

 さあ名前を変えよう、それで解決する。

 かっこいいやつ、誰か付けてあげてください。

 新しい名前を付けるだけで、だいぶ変わると思います。

 状態異常の回復と今後しばらくその新たな付着を防ぐ魔法です。

 ジョンフラムは長生きなので、いつまでも受け付け中。

 エネルギーの障壁が出来て、毒の体液の付着を防いでいく。

 勇者の鎧にも毒などを防ぐ力があるとはいえ、

 直接受けるよりずっといいのは自明の理。

「ありがとうございます」

「いえいえ……」

 礼し合う二人。

 次第に体液の雨も止んでいく。


 しかし、もう1体いる。


 捕まっている様子でも。

 萌えいずる原初の眩しさ、

 少女の愛らしさ、透明さ、

 母性と女の豊満さ、神々しさ。

 そこまでを備えている何か。

 ずっと見ていたくなるように美しい。

 人間ではなく、それは不明の何か。

 天の上か深淵か、名状しがたき何かが本質だ。

「あのですね~? こんにちは……」

 ジョンフラムは度胸が良く、しかしやはり、

 ちょっとためらうように話しかけた。

 本当に何なのか図りかねる女のような何か、口を開く。

[Wotisuha kiwouu satitutt……] (……私の子……)

 ブレイブは呼吸も整え終わり、

 その大きな腕を、提案する、という風に持ち上げて向き合う。

「何処の姫君……ですかな。

 あなたを助けに来ました……。エ~ト……。

 ……、

 Tanaho kadonu nirumisoaki?」(お出になりませんか?)

 過去に身に着けた言葉が通じ、

 その存在は紫色の瞳でブレイブを見る。

 四角窓から見える目玉と見つめ合う。

 双方は微笑みかけた。しかし、また、

 紫の瞳を閉じて眠りたそうにしている。

「……。どうしよう」

 ふう、と決めかねるジョンフラムにブレイブは耳打ちする。

「ここに残したりすると魔界が繋がって魔物が増える。

 間違っても戦ってはいけない。それはいけない。

 今はこの世界に存在することについては如何ともしがたい。

 どうやらそう思います。彼女に、相談しましょう」

「彼女にね」

 納得するジョンフラム。

「じゃ~、連れて帰ろうよ」

「ええ。そうしますぞ。『グラム』ッ!」

 ブレイブが空中に手刀をぶんぶんと振ると、

 強化されたガントレットから、ミスリル合金が僅かに散布され、

 この姫君と名状された存在を捕らえていた鎖だけが吹き飛んだ。

 地面に降りる姫君の身体。

 それを、ザ・ブレイブは丁寧につかまえ、

 ジョンフラムと共に去って行った。


 すると、黒い影が現れる。

 先のドレイン・デーモンに少し似たシルエットだが、本当に影だけだ。

 その姿が変化していき、ニャ˝アァ~、と黒猫が現れる。

特記しておくと。この黒猫はもともと高位の魔神ズウズウ。

 ズウズウはこの一つの小魔界を作った源ではないが、

 持ち主。魔力のカギでもある。

彼は昔、神、を召喚しようとしていた。

 世界の創造主を召喚し、自分のモノにしようと画策、

 暗躍していたところをイフロムに捕らえられ、

 彼女の手によってホムンクルスにされて、

 今はペットにされてしまっている。

 もちろん以前に終わったことで、

 よく起こる事ではないので、

 その時の、場面、場面を、

 今は簡略して記そう。


 ――続けると、

 世界の探求という目的が搗ち合って敵対した、

 魔女イフロムとの数度の戦闘で、

 魔神として消滅させられたズウズウは、

 魂を捕らえられ、その記憶を一旦抜き出され、

 彼女の隠し持つ魔法の本の中へと記憶を奪われている。

 イフロムの錬成技術により、

 ズウズウの新しい体となる液状生命が出来上がり、

 かつて人間世界に知られることなく神を追い求めた魔神、

 そして神を自分の玩具にまで貶めようとした魔神ズウズウは、

 それが失敗しホムンクルスになった。

 作り変えられ、元の部分は、魂とそれからなる魔力しかない。

 その後、ズウズウは記憶の返還を受ける前に、

 イフロムに本能的恐怖を感じて逃げ出したため、

 全ての表層的な記憶を失っている。

 魂の深層的な部分ではその限りではないかもしれない。

 だが記憶喪失だからこそ、その辺りの理由もちゃんとはわからず、

 もともとの己が狡さと知識の限りを尽くした地がどこか懐かしくてやって来た。

 ただやって来ただけだ。もはや何をすることもできない。

 ところが、魔界への門が開いた。

 ただ近くまで来たことが魔力のカギになった。

 以前の自身が偽祭壇に用意した隠し魔界の入口、

 今の自身がその唯一のカギとなった。

 なるほどね、という所だろう。

 でも今はもう長生きするだけの、ホムンクルスの黒猫ちゃん。

 もういい、この場所の意味を忘れて何処かへ行こうとする。

 今は……。

 昔のこと……。

「来たんですか、ズウちゃん。

 以前の貴方が、ここまで結実していたとは、

 悪い子です。良くない子です」

 と現れたのはイフロム。姿を隠してこの場所を探索していた。

 うわーっ。……。自分は何を驚いたんだろう。

「フギャッ。……」

 ビクビクと驚いたズウズウだったが、イフロムの傍に行く。

 魔界、この空間を興味深げに見上げるイフロム。

 上はどこまでも闇で天井のようなものは見えない。

 実は門が開いてからいち早くここへ入り秘術にて姿を隠していたが、

 女性の姿をした何かとの行為にありつけない沢山の魔物どもが、

 一斉に自慰行為をし始めたのにはビックリした。

 さまざまなかたち、勝てると分かっていても、恐怖を刺激する光景。

 元の管理者が居なくなって歪みが生まれ、偶然に連結した何処か、

 他の魔力の満ちた地か、お隣の魔界からわいた魔物だろう。

 だがそれも全部、彼らだけで倒すことが出来たようだ。

 ……。

 今度のことで、

 魔力によって構成されているこの空間も、その源を失った。

 源とは、もちろん先ほどの女の姿をした存在だ。

 だからこの空間は、しばらくすれば消滅するであろう。

 ズウズウを抱き上げ柔らかい猫の感触を楽しみながら、

「原理的で簡素。

 それでいて、力がある限り成り立つ……。

 興味深い空間です。

 ですが、ザ・ブレイブのおっしゃる、

 相談する彼女というのが私の事なら、

 追いかけていかないといけませんね」 

 と、帰って行った。


そしてイフロムが、いま借りている宿の部屋に、

 紫色の瞳、白い美しい肌を持つ少女を連れてきたのは、

 その次の日のことだった。

「さあ入って」

 外からその少女と戻ったイフロムは言う、

「タ、ラーン! 見てください。

 彼女の名は、……カラーアリスです!」

[……]

 ギルドでもらってきた国教会のチラシをまた見ているシュウに、

「どうですか、可愛いでしょう? シュウ」

 イフロムはカラーアリスの肩に手をまわして言う。

 シュウは自分の顔を覆っていたチラシを胸まで下げて、

 カラーアリスを見る。


 似ている……。この絵の、ハハネの女神に。


 柔らかな力のある白銀の髪、白のドレス。

 そのドレスには草模様のような黒が少し入っている。

 痩せているようでもあり、受ける印象は豊満なようでもある。

 少女の姿ではあるがうまく理解できない。

 急に他の生き物の形に変身しても納得できる。

 しかも麗しい毛並みを現せるズウズウより、

 さらに上等なホムンクルスのようだ。

 一番美しいのはすべて。あと瞳だ。

 神の創りたもうたもの。

 それほど可愛い。

 でなければこの……、

 自分が魔物になったかのように、

 渇望させる美しさは、……。

 しかしどういうことだろうか。

 おそらくあの洞穴と無関係ではないだろう。

 物語のタネになるかもしれない。

「うん……。綺麗だね。ほんと」 

 何故か、どことなくぼんやりした返答が口から出る。

「その子、どこの子? うにゃにゃ~……」

 とフォエンが、読んでいた本からいったん視線を外してつぶやく。

 部屋にやってきてベッドに横になっている。また本を見る。

 横になって、息抜きのために買い求めた挿絵と文が半々の絵本、

『Legend of Silver vine』(マタタビ伝説)を見ながら菓子を食べている。

 だがカラーアリスは、

 いきなりシュウとフォエンをびっくりさせた。

[Aaaaatt!  Hii.

 Sanadimiha turaesu hiuugi]

「わああ!」「どにゃ!」

 驚愕するシュウ。フォエンもいきなり過ぎてベッドの上で飛び跳ねた。

 少女の姿をした何かが叫んでいる。

[Sahakiridihitt! maanaenu!]

(力の調子は良いが、この体は、まだ私を困らせる)

「おやおや、――」

 イフロムはカラーアリスの頭をなでる。

「可愛いじゃないですか……。

 ちょっと魔物の言葉、ミカエザ語を話すようですが」

「……や、やめさせよう! 人間の言葉を教えるんだ。

 おい、その、安全なんだろうな~~っ!」狼狽えるシュウ。

「……」そうだそうだ、という意味で無言でぶんぶんうなづくフォエン。

「ほら」

「Oоna(ええと)……ヨロシクネ」

 カラーアリスは歩いてきて、ベッドの端っこに座った。

 シュウとフォエンはカラーアリスの動きに合わせ、

 なんとなく近くに寄って視線をあわせた。

 カラーアリスの上にズウズウが飛び乗る。

 アリスはズウズウを撫でて笑った。

 アリスは覚えている。

 もうこのただの黒猫に自分を侵す力が無い、それが分かる。

「アンシン、スル」

 ズウズウはこの相手を覚えていないまま、追い求めたものにじゃれつく。

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