推敲あとがき

和泉クン、どうしたのかね。












(お約束を、披露する場所を間違えました。どうかしてるのは私だよ。さて)


推敲させていただいた原作はこちらです!

「黒き翼と、つなげる命(みらい)」

作家:和泉ユウキ 様

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885754249


初読から時間を空け過ぎて、いったいどの回路をどう通って書き上げたのか、もはや思い出せないという。


近況で経過報告をしているのですが、時間を整理するとですね、


初読後、プロローグ以外の情報を集めず、そのまま推敲する。(下書き)

※一人称で書き、細部の状況や行動を確認、補填しながら話をなぞる。


その後、三人称で推敲するため、作者様の作品を読み漁る。自分の文と向き合ったり。


・関空が水没するほどの台風。

・北海道で震災あり。

・三人称で書き始める。

・冒頭を描写し始めたところ、読み返す度にこまごまと修正してしまう。

・PC不調をきたす。(以後、ケータイ使用)

・自主企画の短編の感想を書く。

・リアルで忌引(つつがなく済みました)。

・勢いで自主企画に参加、10作品を三日で読むはめに。0点を獲得して凹む。

・PCから推敲してあったものをようやく吸い出せた! 間が空いたせいか色あせていて、なんか違ってた。続きから書く気にならないので再考。

・読むのを避けていたけど、影響を受けない気がして、他の方々の推敲作を拝読。

それぞれ、作品の景色や印象を描き出しつつ、自分のものにしているなぁ、と自分のイロを出すことを前向きに検討。

・エンピツで頭から推敲し始める。何度も読んでいるせいか、原文をほとんどもう見ていない。

・忠臣蔵さんからエランダーズを推敲したよ、の知らせ。推敲された作品が面白い、コメントや忠臣蔵さんの頭の中身に唸らされる。

・エンピツ推敲、終える。


これは、日記か。


手書きアナログは最強だ、途中で間が空いても、話の感触が残るから中断しても続きが書きやすい、と思ったりしました。

でも文量が増える罠を忘れていて、2300字ですばかー。(添削前 2300文字.Ver)


書いた順番は、

下書き → 2300文字.Ver → 無記 です。

変化が大きかったので、三つも載せてますが、うう、添削前 2300文字.Verは正直いらない。あまり読まないで〜無駄に日竜ぶしになってるから。なんであんなディテール作ったんだ……。



ここまで。

推敲の壁になったのは、文章(文体?)でした。この企画の推敲一作目に当たる蜂蜜様の作品に、作法があると感じたように、和泉様の作品では文法がある、という気がしました。


例えば単純な事象があったとして、作者の筆致を通すと豊かに味わえるような、そんな書き方。

言葉の存在が今までになく重くて(作品はあくまで華麗です)、処理に困りました。

エッセイがその人にしか出せない気配を持つように、物語になる部分の多くをそれが占めていたからです。


読ませて頂いたプロローグは、意図的にはしょって、一枚絵に仕上がっているようです。

完成されたシンプルさだったので、他の部分を読まず、なぞるように推敲したのが下書きです。

推敲というより、同じものを一人称で書いてみる! になってしまいました。できたのは、事実及び動作確認。場面が飛ぶ後半を自分なりに勝手に補足して整合性をとったというところです。

(この時まだ本文を読んでいないので、「僕」とか色々と間違ってます)


推敲は確認作業のような所があるので、他の表現はないのか、これが最適解か? 先の展開に対して、どのくらいフォローしてあるか、必要か? 書きたいものが書けているか、これで伝わるか? ということを考えがちです。


それを見るために指針にするのは、作者が何を書きたいか、読み手から見て何が書かれているか。相互の一致みたいなところ。


この辺りを解体して捉えることが、今回はできませんでした。和泉様の作品では、雰囲気や文体や書かれていること、ひとつひとつのパーツは、組み合わさった時に全体になり、+α、文字で書かれている以上のもの(文字には書かれていないこと)が見える。という構造な気がして、どうしても喉元まで出かかった推敲のアイデアが、自分のイメージのままでは実現できないし、推敲する方法がわかんないという感触でした。


私自身が、そうした書き方を感覚として持ってなかったせいで、自分の文章と向きあったり、色々試して(このへんは近況のまま)、わからないものはわからないね、と開き直り(1回目)、読んだ物語の印象から、これはこういうことが書いてあるのではないか、という再構築のような感想のような推敲を始めました。半分は作品のイメージ、半分は自分のとらえ方で、という配分です。


しかし、力を入れてしっかり書こうとするほど、違うものになっていく。イメージが自身の文章で変わってしまう。そりゃあ、そうだ。でも、あのプロローグに差し込みたいのに、原作から遠いと推敲の意味がなーい、という納得できないワガママさんです。


一枚絵にはほど遠く。


じゃあ、と原文を意識し過ぎれば思うように動けず、推敲を挟む余地が見出せなくなります。

一枚絵は無理でも、最後まで推敲しきるだけの、一体感は必要。

自分のフィールドの中に物語を落とし込んで、推敲をやり切ろうとしました。自身の書き方をベースに人の話を書く感じ。他の方の楽しく推敲されている作品を読んだあとだったこともあり、推敲のために全体像が変わってもやむなしと、開き直ってます。(2回目)

そうして最後まで推敲しきったのが添削前 2300文字.Verです。


本文を読んでいたので、プロローグが主人公にとってどんなインパクトになったか、に触れたり、初登場じゃないよ、というフリを気付かれない程度に入れたり、読み込むうちに「?」になった、月の光がやわらかい印象なのか、冴え冴えしているのか、それは同居が可能な表現なのかを、整理しようとあがいたり、後半時間が飛ぶ所をあまり飛ばさず、意図的に一場面落とし、2話を読んだ時にどこの時間が消えているか、消えた場面が返って印象に残るようにしてみました。

構成の変更は思い浮かばなかったので、流れはそのままのつもりです。

原作の詩的な雰囲気や一枚絵はどこかへ消え失せてしまいました。(汗)

月明かりが優しく見えた時間は、学園生活の例えで、良くも悪くもそれが壊され、衝撃を受ける一方で求めてもいた……そんな暗示をしっかり表明するようなことになりました。


振り向けば800字増しの2300字。

かけ離れすぎてるだろ。自分に突っ込まずにはいられません。


推敲の推敲をしようと、ここから最後のあがきが始まりました。

推敲はした、やりたかったのはこれだ、でも。内容は合ってるけど、答えは不正解みたいな、この感じ。字数を寄せるついでにもう一度推敲したらナントカ……なるならここまで引きずってない。でも他に手の入れようもない。

本当にこの推敲でよかったのか? この方法しかなかっただけじゃないのか?

ひと通りループして、私のままでいいではないですか、という開き直りで(3回目)、重要な部分を抜いてまとめることにしました。


ただ、この時にたまたま手元に来た本を読んで、推敲の推敲で再び原作と向き合うことになります。


今回の参考文献を2冊ご紹介。(唐突)


「庭園の謎を解く」

お前は活字嫌いなのかというほど、ヴィジュアル本を持ってる人です。解説のしっかりしたやつが好き。

街灯が並んでる中庭なら、ちょっとかっこいいよねと思い、どんな庭に街灯立てようかなー、と参考にしました。

建築系の古本屋で手に入れたのに、使う機会のないこちらは、人の手で作られた庭の様式を、カテゴリや象徴的なパーツで分けて、その意味や効果を写真とともに解説してくれます。ポケットには入らない折り紙サイズ。

頭の中にパルテール(平面幾何学式庭園)を創造したけど、ちっとも出番がありませんでした。よくある。


「広告コピーってこう書くんだ!読本」

遅読なわたしがあっさり読破。初めてちゃんと読んだ、書き方の指南書となりました。

11年も前に出ている本です。

文字が大きい、センテンスが短い。

でもって刺さる。

特に1章から2章にかけては、想像し創造する人間としては、意識することを忘れてはいけないことが、書いてあると思いました。

感性を重視して書く方や、そんなことはもう知ってるという方には受けない、ごくごくわかりやすい、書き始めましたという人向けくらいの、優しさです。

後半は広告を扱う仕事人向けとなっていきますが、それでも幅広く応用できそうな視野が散見されます。


これを読んで、それまで並列だった感覚が、未来に向かってとととーんと組み上がってくような意識を持たされ、書きたいことがもちゃっとカオスなままだったのを、永久駆動装置のガソリンとエンジンだと気付かされ、表現の向こう側を意識することになりました。

何言ってるのか、自分でも不安です。


推敲するための本ではないけれど、広告のキャッチも、商品を伝えるための、伝わる言葉やつながりを見通します。そのため、どうブラッシュアップするかが鍵になってきます。

参考になることばかりで、推敲当初からつきまとう、解消できないままでいた、原作の変えたくない点を守って推敲できるか、に改めて挑むことになりました。


はじめからこれができないと、作品に対して推敲したそばから、要求をもっと上げていくという突き詰めが、できない気がするのです。


最終を書きながら、私はこれを独立しているようなプロローグというよりは、リンクするような要素を入れて、2話を読んだ際、あ、そうだったの? というよりも、1話を読んだ人が、あのプロローグのシーンあとで出てくるな、と思いながら、2話を読んだ時に、来たーってなる風にしたかったようです。

そんな仕組みをプロローグに要求しました。


プロローグ内の構成はそのまま、いくらかの情報を本文からやや先取りしての推敲となったので、雰囲気を維持するためにも、推敲による文章の変更は、本来は最小限にしたかったのです。


結果は、ほとんど原文残ってないヨーッ。

(削り過ぎて1400字。みじかっ)


ひとえに私の技量とか経験不足のせいです。

こんなに時間かけることになって、ハラハラさせてしまっていたら申し訳ないです。


ご本人が自作を推敲する時は、細部よりも、読み手に与える印象を念頭に、場面を変えるくらい思い切りやるような気がします。

今回はそういう、話の肝になっているプロローグをばっさりなアイデアは思いつきませんでした。むしろ時系列的に後先なので、もう一回プロローグ読もうと思うような、引きを本文に!という想像はしました。(どんなだよ)うん、違うかも。


作者様は描き出したいものを、たっぷり書かれ、そこにはいつも無駄はないように感じます。どれも密接に情景と物語が絡んで構成されていて、文章の置き方、視点の持ち方は、そのために存在しているかのようです。

生き生きとした文章に見える、和泉クンがその筆で真摯に物語に向かっている姿勢が、まっすぐで魅力のひとつとなっていました。


こうした密に連携している、あざやかな物語を推敲する機会を頂き、本当にありがとうございました。

この企画に参加した時は、ノウハウ本を使うとは想像もしませんでした。カクヨムで見かける書き方エッセーや本格的な講座っぽいものは、楽しく読んでも忘れちゃうので、やはりというか、自分から本に当たって取り組む勉強は実感が違うと思いました。

しかし追い込まれなければ、速攻で実践しようとは思わなかったです。

推敲する余地のないものと向き合うのは、全力の投げどころのわからない、未知の面白さがありました。



今回もあとがきを長々とすみません。


原作の物語はいよいよ終盤なのです。

たまにまだ揺れの観測を聞くので、くれぐれもお気をつけて、完結にこぎつけて下さい。

楽しみにしております!!


この度は素敵な文章と向き合え、達成感です。できているかはさておいて。

和泉様には気長にお付き合い頂いたこと、感謝致します。

誠にありがとうございました!!

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