異世界の人類を滅ぼす方法を答えよ(配点100)

魔界の異常な王子様 または俺は如何にしてブラック教職を辞め宮廷教師兼奴隷になったか

〈 ライオンとセンセイ 〉


 王子様は毛むくじゃらの指で、鼻にかかるメガネのブリッジを押し上げた。


「実はニンゲンどもを滅ぼすにあたって、すでにいくつかの素案があるんだ。たとえば兵力による侵攻! しかし、あくまでもこれは最後の仕上げだ」


 どうせ仮装するなら、そこは2019とかオモシロパーティ眼鏡をかけてほしかった。

 ケモノの顔面に合うメガネがある店なら、そろっていただろうに。

 

「なぜなら、初手で兵力を動かすことは悪手だと思うからだ。余計な混乱を与えることなく、安らかにみなごろしにしたいのだ。そこで費用対効果コスパの観点からも、兵器の使用は必須と考える」


 しゃべり続けるケモノの鍋つかみみたく厚手な耳と、ほうきのような尻尾に力がみなぎり、ピンと張り詰めていく。

 実にリアルな作りだ。嫌になるほど。


「センセイの生まれた国では、たしか、ふたつの都市が焦土と化しただろう? ゲンシバクダンとかいう兵器で。アレを、魔界のニンゲンに使ってみたいと思う。どうだ?」


 重厚な机から見上げてくる顔には、いい考えだろ、ほめろ、ほめろ、と書いてある。


 何度観察しても、やはりライオンに似ている。不思議とケモノしゅうのしない、立てば二本足で屹立する着衣したライオンだった。たてがみは、子どもだから生えていない。

 彼はまだ子ども――魔王の息子なのだ。とっても着ぐるみに似ているから、このままいっそ着ぐるみってことでいいんじゃないかとすら思う。

 そのうちジッパーが開いて中の人が出てくるはずだ。


 しかし、どうもただのライオンじゃない所がある。たとえば、口の外にはみ出てアゴの下に届くほど長大な牙とか、あるいは墨のように真っ暗な眼球の中で光る、濃い紫の瞳の色。黄金と蜂蜜色をまぜたきらめく毛並みに映えている。

 つまるところ、バケモンじゃねーかと俺は思った。

 

「センセイ、聞いているのか?」


「はいっ?」


「内容を理解できなかったり、うわの空だったなら、そう言ってくれていい。――怒らないから」


 子どもに言い含める母親のような口ぶりに、思わず「殺すぞ」という気持ちで胸がいっぱいになる。

 けれど、


「――すみません、聞きそびれました」


 嘘をついたら、首が飛ぶ。

 本当のことを告げる必要があったので、そうした。

 文字通り、首が、飛ぶからだ。


「そうか。うん。――まあ、つまり、経費を考慮して、はじめから大量破壊兵器で一掃すべきかなと、」


「……はい」


 聞くに耐えられなくなって視線が出口を求めて、はめ込み式の丸窓に向く。

 外は夜だ。沈黙する闇に星は見えない。空気がよどんでいるだけなのか、星そのものが存在しないのか。

 ここは異世界だし、天体に関する常識が、俺のいた世界とは違っているのかもしれない。


 異世界の王宮というか宮廷というか、俺はそんなカンジの建物にあるらしき、王子様の書斎にいる。

 豪華な部屋は無駄に広くて、調度品がいちいち重たげだ。頑丈そうな黒い書斎机に座した部屋の主は、きわめて真剣な面構えで話し続けている。


「疫病をバラ撒くという手も思いついた。この資料によれば、ニンゲンには毒ガスというのも効果覿面てきめんらしい」


 とは、机の上にある『西部戦線異状なし』のブルーレイだ。その隣にはご丁寧に富士通のノートパソコンも置かれている。

 どちらにも、パッケージに傷がついていたり、キーボードにじゃがりこの食べカスが残っていたりする。なぜなら両方、俺の私物だから。


 ちなみに、第一次世界大戦中から使われ始めた、毒ガスまたは神経ガスと呼ばれる生物兵器は、この映画にも登場し、主人公の青年兵たちが塹壕ざんごうの中で浴びて、苦しみにのたうち回る。

 反戦映画の名作をよりによって、参考にしてほしくなかった。

 熱心にクレヨンしんちゃんを観る我が子を心配される親御さんの気分とは、こういうものかもしれない。

 いや、ぜんぜん違うだろ。このケモフレ王子は、断じて、俺の息子では、ない。


「手段がいっぱいあって、迷うな」


 獣面じゅうめんがど真剣に呟いた。


「そうですね」


 他にどう言えと?


「どのみち戦術として侵攻を採用するなら、やはり、先に頭数を減らしておく方が効率的だ。そう思わないか?」


 これ、二択の質問? Yes or No?

 もう一度言うが、嘘をついたら首が、胴体をはなれる。


「どうした、センセイ?」


「え? あ、ふふっ……、へへ、はは」


 努力して笑ってみせる俺を、若者らしくまっすぐな瞳に、どこか悲しさを含んで王子様が見上げる。

 なるほどネコ科の瞳孔ってこんなカタチなのね。心底どうでもいいことを考えて、キレかけそうな頭の熱を冷ます。

 宮廷教師という奴隷の身に逃げ場はない。


魔界こちらに来たばかりのセンセイが、戸惑われるのは理解できる。だが、魔界のニンゲンどもは、今まさに危機に瀕しているのだ! ……我々、魔族の手によって!」


 そう言うや勢いづいたライオンもどきが音を立てて立ち上がった。豪奢な椅子が倒れていくのを、横にいた俺が支えるはめになる。

 立ち上がった当人は肉球のついた獣の足で、毛足の長い絨毯をせわしなく、もっふもっふ行ったり来たり。


「であるなら、魔族の王の息子であるわたしには、救済の手を差しのべる責任がある」


 たてがみの生えていない、幼さの残る声。


、その悲惨な生から、


 手前勝手てめぇがってな理由をほざきやがり、ミットみたいな肉球のついた手で、背後から俺の肩に手を置く。

 そもそもライオンの手に肉球ってあったっけ、ついていそうだけど、どうでもいいがすごく重い。

 生きて帰れたら確認しようと思うが、そういえば俺はもう殺されていた。肉球のことは誰かに尋ねる必要がある。


「わたしは魔族を率いて、高潔なる聖務にとり組もうとしている。……教えてくれ、センセイ。あなたが知っていることを」


 現実逃避はここまでだ。もう自分をごまかせそうにない。

 覚悟を決め、5回ほど咳払いをすれば、首にけられた自動嘘発見首飛ばし器であるところの首輪と、喉の肉がこすれて首筋が痛んだ。

 ゲンバク、疫病、毒ガス、兵力侵攻、4つの選択肢のうち、いちばん人類に優しげなやつを熟考して3秒後、堰を切って話し出す。

 こんなふうに。


「えーっと、あのですね、あの、毒ガスというのは、あー、資料で、資料でご覧いただいたとおりですね、第一次世界大戦から、使われ出した、えー、生物兵器? でありまして……」


 *


 いわゆる異世界転移というやつを、俺はしたらしい。

 呼び出された先は魔界で、ここには魔族がいて、統治する魔王がいる。俺の新しい教え子になるのが、目の前にいる魔王の息子の王子様だ。

 王子様は卒業研究を控えていて、テーマに〈魔界に生息する人類の滅ぼし方〉を選んだ。

 つまり俺は、に、異世界に連れて来られた。彼の宮廷教師兼奴隷だ。

 教え子に対面した初日から、すでに3回も死亡している。その度に無傷で生き返る。だが、味わう恐怖と苦痛とえもいわれない喪失感に心は確実にすり減っている。


 わからないことは数えきれないほどあった。


 そもそも魔界とは何か? なぜ魔族は動物っぽい姿をしているのか? ニンゲンはどこにいて、扱いはどうなっているのか? なぜ俺はられても生き返るのか? なぜ俺のブルーレイとノートパソコンがあるのか? いつ盗ってきたの? なぜ平然と使うの、それ俺の私物よ? なぜ平然と人に首輪をつけ、平然と俺を奴隷にしているっ?

 そして、なぜ、そこまで真剣に人類を滅ぼそうとするのか――?


 こっちのニンゲンに義理があるわけじゃないけれど、多分、もちろん、だがしかし、そのようなことは、ぜひとも防がなくちゃならない。と思う。


 急がば回れだ。神経衰弱に至っている自分のためにも、一度状況を整理した方がいい。

 これまでに、いくつもおかしなことがあった。

 往年のサイコ・サスペンスになぞらえるなら、

『何が大春二三オーハルフミに起こったか?』

 てな具合に。

 さしあたって、まずは日本で小学校教諭として、俺が過重労働ブラックで夢のような生活を送っていたところまで、時計の針を巻き戻そう。




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