番外編 ブロッカの導き



俺はジファルナ。

このシフォニア国の王族が住まうシフォニア城の城下でブロッカの出店を開いている。

もともと親父から受け継いだだけのなんの思入れもない仕事だ。ただ仕事をして、金を稼いで生きていく。それだけのためだ。

そんな色褪せた俺の人生で最近、花を添えてくれる人物が現れた。




「こんにちは」

「!!....いらっしゃっいませ!」



月に一度ほどのペースでご来店くれる女性だ。どこかの貴族のお嬢さんのようで身なりが良い。召使いの女か、時々陰湿そうな護衛(あれで護衛になるのか?)を連れてくることもあるから多分それなりの地位の女性だ。

黒い髪を風になびかせて、いつもニコニコと花のように笑う。注文の時だけ聞ける声は鈴のように愛らしい。自分と同じ年代だろうその女性は、この店の常連である。

今日は1人のようで周りには誰も居ない。店も昼時を過ぎて人がまばらな時間。チャンスだ。

俺は、いつかのために彼女をデートに誘うべく、妄想に妄想を重ねた口説き文句を脳内で復唱した。



「あ、あの!」

「今日はこちらのブロッカとこちらのブロッカを戴けるかしら」

「....はい!かしこまりました」



しまった。完全に読み間違えた。早とちりするな、おれ。笑顔を絶やさないように、彼女から注文された【辛口ウィンナーのポテトサラダブロッカ】と【鶏肉のピクルスの甘口ブロッカ】を作るために手を動かした。



「.....いい天気ですね」

「え?」


さりげなく言葉をかける。アホみたいな会話の持ち込み方をしてしまった俺のバカ!チラリと彼女を盗み見すると、声がかかった事にびっくりしたようで目をパチパチと瞬かせた。.....控えめにいって可愛い。



「良く、来てくださってますよね」


慌てて別の言葉をかける。すると今度は頬を染めて微笑みを向けてくれた。



「こちらの屋台のブロッカはとても絶品で、城下に来るとつい買ってしまうの」

「!!」


初めてみた笑顔で思わず感極まる。おっとウィンナーを焼く鉄板に危うく指をつけるところだった。危ない。

そんな焦りに気づかない彼女はなおもニコニコと言葉をかけてくれる。


「初めて城下にきた時食べたのもここのお店のブロッカだったの。その味が衝撃で今でも思い出すととても幸福な気持ちになるわ」

「.....それは、嬉しいお言葉です」

「我が家のシェフもここのブロッカはとてもおいしいと言っていたわ。ソースの再現が難しいのですって」


その言葉に俺は手を僅かに止める。実はこのソースは親父から後を継いだ時に俺が作った物だ。ブロッカの売れ行きが伸び悩んでいた時にちょっとふざけて作った。親父への反抗もあった気がする。「こんな店潰れてしまえ」と思ったが、何故かこのソース作りには必死になったことが思い出された。まさか、このソースを気に入っている人がいるとは思わなかった。




「あなたの作るブロッカは、人を笑顔にする力があるのね」

「そんな事は....」


彼女の発言に俺は本気で戸惑った。俺は、この店になんの思入れもないはずだ。親父から無理やり引き継いだだけの、金を稼ぐための仕事だ。そう思っていたはずだ───。



「少なくとも私はこのブロッカを食べると笑顔になるわ」

「───ッ‼︎」



俺の葛藤を知ってた知らずか、彼女は肯定の言葉を紡いだ。お世辞ではない等身大のものだ。だって、彼女は俺に世辞を言う意味がないのだ。

そして思う、ああ俺はこの仕事に本気で向き合う必要がある、と。だって常連客の言葉に「幸福」を見出したのだから。




「....お待たせ致しました。」

「ありがとう」

「あの!」

「え?」


出来立てのブロッカを袋に詰めてそれを手渡す。俺は触れた袋ごと彼女の手を握った。引き止められると思って居なかったのだろう彼女は再び目を見開いて真っ直ぐにこちらをみた。


言うんだ!言うんだ俺!

ぜひ今度ディナーでも!



「レナ」


ふわりと風が変わった気がした。彼女が振り返る。視線の先には質の良い服を着こなした赤い髪の男。表情が無く、人を寄せ付けない雰囲気を晒し出すその男だが、その瞳は優しく彼女をみている。


「ロット様」

「近くのお店にいてくれと言っただろう」



困ったように眉を下げて嗜めるように言う男だったか、さほど心配した様子はない。彼の登場により思わず手を離し彼女の手に渡った紙袋に目を止めるとクスリと笑った。



「ブロッカは買えたか?」

「はい。暖かいうちに食べましょう」

「....そうだな」



さりげなく紙袋を彼女の手から奪う。「少し風が強くなってきたな」と呟きながら、自然な仕草で少しだけ乱れた彼女の髪を耳にかきあげた。

ふと彼女を見ると頬を赤らめて心底嬉しそうな表情で思わず目が奪われる。聞かなくてもわかる。この2人が恋人同士であるのだ。そして、俺はいくら美味しいブロッカを作っても彼女をあそこまでの笑顔には出来ないのだ。



ふと彼が視線をあげた。存在に気づいたかのように彼がこちらを見て眉を潜めた。思わず肩を揺らしてしまった。知らなかったとはいえ、恋人を誑かそうとした負い目があり目が泳ぐ。



「....いつもご贔屓にしていただきありがとうござい、やす」

「.....ああ」


彼女の腰を引き寄せ鋭い視線を向けられる。奥歯がガタガタと音を立てて来た。

おいおいおいそんなに想い合っているのに、全く余裕無いのかよ。と心の中で悲鳴をあげた。若干の負け惜しみでもある。



「レナ、行こう」

「はい」


男に促されて彼女はペコリとお辞儀をする。いや、かわいいかよ頬が緩まる突然に男と目があった。やめて。そんな人を殺めそうな視線を向けてこないで。怖い。



遠ざかる2人を、ホッとした気持ちと残念な気持ちとで見送った。頑張る前に失恋してしまった俺。だが不思議と心は穏やかだった。



「さて、今日も頑張って作りますか」



次あの2人が来た時にびっくりするくらい美味しいブロッカを食べさせてやる。そんな気持ちを込めて俺は注文を受けるのだった。





────────────────────

【おまけ】


「.....あの店にはまだ通うつもりか?」

「ええ!とてもおいしいんですもの」

「.........................そうか」

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