番外編 好敵手が友になるまで


シフォニア騎士団の鍛錬場は朝から騒がしい声が響く。意識の高い騎士団の自主練や、時には罰を受けた団員の必死な声か。しかし、ここ3日はそのどちらともない賑やかな声で広がっているのだ。




「今日は俺の大剣を弾くまでが勝負だ!!」

「.....」



意気揚々と叫ぶナカルタ国騎士のキースベルト・ロドワット。そしてそれを気怠そうに見つめるのはランスロット・リズ・ド・クレメンスだ。遡る事三日前、キースベルトによって早朝の呼び出しを受けたランスロットは見慣れた騎士団の宿舎へやってきた。杖をつきふらつく姿で現れたランスロットにキースベルトは容赦なく杖を取り上げると何時間もの間、試合形式の鍛錬を強要してくるのだ。

ランスロットは1つ溜息をつくとザッと地面を鳴らすように足を開き木剣を構えた。



「俺が知る機能訓練というのは、もっと穏やかなものだった気がするんだがなぁ」

「バカ言うな!ちんたらしてる暇がねーからこうやって強行練習に付き合ってやってるんだろ」

「....物は言いようだな」



キースベルトの言い分に、はっと笑う。しかしまぁ、彼のおかげで杖無し歩行ができる時間が急激に長くなったのは実感している。ランスロットの希望はあと四日後に控えた結婚式で杖なく安定して歩く事だ。無理を言っている自覚はあるが、それを叶えるためなら時間も努力も惜しむつもりはない。

ランスロットはそのまま木剣を構えて足を踏み出した。



ガッ!!ガッ!ザッ!

木剣ランスロット鉄剣キースベルトとは思えぬ音が鍛錬場に響く。物理的にも体力的にも圧倒的有利なキースベルトは、ランスロットの攻撃を受けるに徹している。ランスロットは的確にキースベルトに攻撃を続けるが威力不足に内心舌打ちをした。上手く踏み込まないのだ。自分の足の裏が地面から離れているようなそんな錯覚にも陥る。



「くっ...!!」


突然、無意識に膝の力が抜ける。ぐっと反対側に踏み込んだおかげで転倒は免れたが、刹那、目の前にふっと影ができたことにハッと顔をあげた。



「隙あり!!」

「───ッ!!」


目の前にいたキースベルトが容赦なく大剣を振り下ろした。思わず片膝をついたランスロットはそのまま木剣で頭を防ぐ。剣の流れを変えて頭が真っ二つになる事は免れたがバキッという音と共に木剣が折れた。



「お前!剣種のハンデがあるんだぞ!」

「は?お前戦場に行ったら相手に情けをかけてもらうつもりなのか?」

「くっ!!」


それを言われてしまえば反論も出来ない。いやしかし、今の目標は戦場で闘うのではなく4日後の式のためなのだ。おかしい。解せない。

ランスロットは付けていた仮面を外して杖の横たわる場所へ投げ捨てた。キースベルトが2本目の木剣をランスロットに手渡す。



「お?本気になったか?」

「まだまだ序の口だろう」


木剣を受け取ったランスロットはゆっくりと立ち上がると、再び剣を構えた。「それよりも」と眉を寄せて言葉を紡ぐ。


「お前俺に恨みでもあるのか?」

「は?あるに決まってんだろ。俺のエレを返せ」

「馬鹿を言え。あれは俺のものだ」

「ふざけんな俺の敵!!」



いつもの口喧嘩だ。コツッと鉄剣に木剣を軽く当てるとすぐに攻撃に移る。視野が広がった分キースベルトの動きや表情が見やすくなった。

なるほどやはり。

キースベルトの動きは模擬試合で闘った時とは違う。勿論攻撃的な部分や癖のある動きは前と同じで手心を加えている訳ではない。だが、明らかにランスロットの体の動かし難い場所に負荷がかかるように剣を捌いている。なるほどこれが4日後にための荒業。彼なりの素直ではない優しさにランスロットは思わずフッと口角をあげて笑う。



「1つ訂正だ。」

「なんだ」

「俺はお前の事を割と前から友人と思っているよ、キース」

「───っ!!」



明らかに動揺を見せたキースベルトは、木剣を弾いて後ろに後退する。その仕草が警戒心がの強い小動物みたいでランスロットは笑いを禁じ得なかった。


「キースって呼ぶな!」

「お前こそ俺の妻をエレと呼ぶな」



照れ隠しなのかいつも以上に声が大きくなる。対してランスロットはさも楽しそうに木剣を肩にかけた。



「頼んだよ。あと4日でエレーナを抱えて歩けるようにならねば」

「は?」


突然の目標変更にキースベルトは訝しげに首を傾げる。ランスロットはニヤリと笑う。



「初夜の日は、花嫁を抱き抱えて寝室のベッドへ横たえるのが夫の役目だ」

「〜〜〜〜〜ッ!!!」



ランスロットの申し出の意味を理解したキースベルトは、顔を真っ赤にした肩を震えさせた。



「二度と起き上がるんじゃねぇぉおおおあぁああ!!」

「はは!」



早朝の鍛錬場。まだ眠る団員を起こすほどの大声を響かせたキースベルト。それを今まで見たことがない程垢抜けた笑顔で笑うランスロットの存在は、あと4日毎日のようにこの鍛錬場で見られたのだ。





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