第49話
ランスロットを一瞥したバルサルトは、彼の青白い顔をみると少しだけ瞳の色を揺らす。しかし瞬時にその動揺を打ち消してエレーナに水袋を手渡した。
「ほら水だエレーナ」
「あ、ありがとうございます。」
殿下の登場にたじろぐエレーナだったが、飄々とした姿のその人は周りを逡巡する。ここにいる人間の顔を認識しふむと頷いた。そして、大声では無いにも関わらず凛とした声が路地裏に響く。
「今から行う事は他言無用である。エレーナ・リズ・クレメンスは夫であるランスロット・リズ・ド・クレメンスが倒れた事で気が動転し、誤って自分が持っていた医師に処方された薬を飲ませてしまっても仕方あるまい。割と良くある話だ」
「....!!」
「そしてここにいる人間は、騎士であり我がシフォニア国に忠誠を誓ったもの。ランスロットを尊敬しついてきた者たちである。心配しなくていい。────エレーナ」
最後の声は優しくエレーナに届いた。
「君は君のやりたいようにランスロットを救ってくれ」
「────ッはい」
エレーナは力強く頷いた。
勿論、シフォニア殿下の許可が無くても心は決まっていた。エレーナの人生に「ランスロットが居ない」という選択肢は無いのだ。可能性が少しでも増えるなら、それによって自分が罪になるのだとしても構わなかった。ただ、ランスロットが悲しむ結果になることに躊躇してしていたのだ。それをシフォニア殿下が払拭してくれた。全ての意識を「ランスロットを救う」事に向けることが出来たからだ。
もう後悔はしないわ。
エレーナはランスロットに近づくと最愛の頬を撫でた。いつもなら仮面で隠れて触れる事が出来ない部分だ。掠れているだろく視界の中からランスロットはエレーナを捉えたように視線が重なった。
「くっ...ェ...レ」
「大丈夫ですわ。ランスロット様」
苦々しく掠れ声をあげたランスロットにエレーナは微笑んだ。そして、薬と水を口に含むとランスロットの顔を両手で包み込む。髪と同じ赤胴色の瞳が僅かに見開かれる。
そっと2人の唇か重なった。それは夜毎の逢瀬のように激しいものではない。優しくそして儚いものだ。
コクリとランスロットの喉が動く。それを見届けてエレーナはゆっくりと唇を離した。はぁっ...とランスロットからくぐもった声がとともに吐気が放たれる。よかった。しっかりと薬を飲めたようだ。エレーナは再びランスロットの頬を撫でた。ランスロットはエレーナのその手に居心地良さそうに擦り寄り目を細めた。フッと吐き出すように笑う。
「君の、口づけを最っ期に、.....命を終えられるなら、.....本望だな」
「困りましたわランスロット様。私との口づけが苦いお薬の記憶だなんて」
「ははっ」
いつもだったら言わないような冗談を口にしたエレーナに、ランスロットは愛しさが募る。体にはいった毒はジワジワと自分を蝕んでいる。身体が重い。まるで動かない。それでも、幸福感で満たされた。
ランスロットは指先に流れ落ちらエレーナの髪を摘まむ。本当は彼女の背中に手を回したいのだが、それがいまできる精一杯だった。
「そうか、.....ではもう一度」
その意味を理解したエレーナが、再び身を屈める。顔にかかる影とその後にくる優しい感触に期待するようにランスロットは再び目を閉じた。
大丈夫。
どんな時でも、君との口づけは何よりも甘い。
願わくば、
次に目を覚ました時にもそれを確信できますように。
ランスロットはそのまま混沌の闇の中へ沈んでいった。
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