第48話
「この毒は、おそらくダバオラ。ナイフの大きさと傷口からしてそれほど体内に入っていないと思う」
エレーナの説明にキースベルトは頷く。その間に炙った薬草を傷口に塗り込んだ。「うっ...」と唸るような声とともにランスロットの顔が歪む。
「....ダバオラの特徴は少量でも強力な運動麻痺が主症状か。今の処置であらかた抜けたはずだが油断はできねぇな。体質によっては心の臓を止める」
「そんな...!!」
「師団ちょ、う!!」
キースベルトの呟きに近くでみていた団員達がふたたび狼狽えた。ランスロットの不在というのは彼らにとって酷く衝撃的なものになるのだろう。己も下級ではあるが騎士団に所属している。支持するべき人間が居なくなる恐怖は理解できる。しかし、その不安な空気こそが悪魔を呼ぶことも理解している。キースベルトは「うるせー狼狽えんな!」と団員たちに怒号を浴びせた。
「....一つ試していいかしら」
「エレ?」
その時黙り込んでいたエレーナが声を上げた。全ての視線がエレーナへと向く。しかし、エレーナはただただランスロットを見つめ、視線に気づかないようだった。エレーナはドレスポケットから包みを出してそれを広げる。本来貴族は何も持たずに行動をする。必要なものは執事や付き添いの人間が持つのがマナーだからだ。しかしエレーナは、いつもこれだけは自分の手で持つことを希望していた。それはダダイの教えでもあり医療発展の目まぐるしいソフィア領土独自のマナーでもあった。
「....クスリ?」
「そう。私の持病の常備薬。....だれかお水を持っているかしら?」
袋から取り出したのは、エレーナ自身が服用を再開した数種類の薬だ。その中の一つを迷う事なく手に取ると袋を開けた。
「この薬、元々は循環器系を整えるものなんだけど、心臓に影響する毒の緩和作用もあるの」
「...!!」
「でも人体への臨床試験が行われた訳ではなくて、症例報告も今のところ上がってない。」
「一か八かの勝負か」
チッと舌打ちをしたキースベルトにエレーナは頷く。臨床試験は医療において必須だ。最悪の場合、人を死に至す場合もれば大罪人になる可能性がもある。いまこの場で何もせず、テイラーがソフィア家から持ってくる解毒剤を待つのが最適な気もする。しかし。
「エレは薬を飲ませるべきと思っているんだな」
「....ええ」
「それなら私が許可しよう」
2人の会話に被せるよう、凛とした声が響く。ザッと路地裏の空気が変わる。騎士団の各々は瞬時の内に膝を折った。
「バ、バルサルト殿下」
「騒ぎを聞きつけてきてみれば、これは第2騎士団存続の危機だな」
場にそぐわないカラカラとした笑い声。だがバルサルトの瞳は真剣で、颯爽とエレーナの横に膝をつくとランスロットをじっと見止めた。
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