第39話


頭が痛い。胸が苦しく息が切れる。もう忘れていたと、聴くことが無いと思っていた声なのに何故───。



エレーナは恐る恐るその声の方を振り返った。テイラーがいる店の反対側、その裏通りに1人の女性。帽子を深く被って顔を隠しているが、その佇まいや髪色がエレーナの記憶の奥深くから呼び起こす1人の女性を思い起こした。

女性がくるりと踵を返して闇に溶けるように裏路地に入って行く。「そちらには言っては行けない」そう頭ではわかっているのに、何故か体が言うことを効かない。一歩、また一歩と足が動き、エレーナもまた、まるで魔法がかかったかのように女が入っていった路地へ足を進めていた。


そしてとうとうエレーナは足を止める。場所は薄暗い路地裏。一歩入っただけの路地裏なのに、あれだけ騒がしかった町の騒めきが今は遠い。そして路地の奥に帽子を脱いだ女がこちらを向いていた。



「イーダ....」

「御機嫌ようお姉様」



名前を呼ぶと、真っ赤な唇が弧を描く。少し窶れた印象があるが立つ振る舞いは貴族令嬢のそれだ。しかし、それに似つかわしくないほど憎悪を込めた瞳がエレーナを射抜いていた。



「どうしてここに....?」

「あら、わたくしは王都へ似つかわしくないとでも言いたいのかしら」

「そう言う訳では....」


棘のある言い方をされ思わずエレーナの肩が跳ねる。イーダの威圧的な態度は未だにエレーナの心を蝕んでいくのだ。



「今度晩餐会があるでしょう?それにわたくしも招待されたのよ」

「晩餐会?」

「ナカルタ国との交流の晩餐会。あなたは参加できないパーティよ」



ふふんっと鼻で笑うイーダに、以前ランスロットの会話を思い出した。

そろそろ帰国されるナカルタ国の騎士や貴族達のために、バルサルト殿下主催で晩餐会をする事になったと。その参加者にイーダが居たとは知らなかった。ただただパーティが嫌いなランスロットがげんなりしていたが印象的だった。それだけだ。



「そうなの。ナカルタの皆さんも楽しみにしていらっしゃるみたいなので、イーダも楽しんでください」

「....ッ‼︎」


エレーナは勤めて笑顔で応える。未だに頭が痛い。すぐにでもここを離れないとならないと警告のように感じた。しかしそれが行けなかった。ツカツカと近づいてきたイーダはそのまま右手を振り上げた。


パシンッ!!

乾いた音が路地裏に響く。エレーナはさらに強い力で路地裏の壁に体を打ち付けられた。




「バカにしているの!?」

「....そんな、ことは...」



痛みでうまく言葉が出ない中、エレーナは必死に言葉を紡ぐ。それにすら癪に触ったようでイーダはワナワナと拳を作った手を握りしめた。

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