第32話



「私は今の生活がとても幸せです。これ以上はバチが当たってしまいますわ」

「そんな事は....」



絶対に無いのだ。ランスロットから見たらエレーナは無欲過ぎる。もっと我儘わがままを言っても良いと思っている。例えば「今日はずっと一緒に居て」というある意味げんなりする様なお願いだったとしても、今の自分なら"可愛いお願い"の範疇だ。喜んで仕事を放り投げるだろう。結婚式を終えた後であるならば日が暮れるまでベッドに繋ぎ止めておく事すら厭わない。なんなら彼女の耳元で夜中じゅう愛を囁いてやってもいい。



「ではこうしましょう」


有らぬ考えを巡らせていたランスロットに はエレーナの明るい声によって意識を戻す。エレーナはランスロットの思惑に気づくことなく嬉しそうな笑顔を見せていた。



「仕立て屋さんに頼んで、お義母さまのドレスに流行を入れてもらいましょう!シルエットはとても気に入っているので刺繍などで!」

「刺繍か....」

「髪飾りやベールなどできっと印象も変わります」

「....はぁ」



正直エレーナの説明はさっぱりわからない。でもきっと彼女の頭の中ではキラキラしたドレスが浮かんでいるのだろう。エレーナがそれで良いのならと、ランスロットは今度こそと素直に承諾をした。そしてもう一つランスロットはエレーナに伝えるべき事があった。ランスロットはエレーナがデザートのフルーツ盛り合わせを食べ終えたことを確認すると立ち上がる。



「エレーナこちらへ」

「はい」



手を取り執務室の中へ促すと、エレーナは優しく微笑みランスロットの手をを握りしめてエスコートを享受する。ようやく慣れた彼の手の温もりが、エレーナは今はとても嬉しい。

ランスロットはエレーナをソファへ誘導した後、机の奥にしまい込んだ箱を手に取った。それは最近ここにしまわれたものだ。その箱を片手に持ちランスロットはエレーナと隣に腰を下ろした。自然とエレーナの視線はその箱へ注がれている。ランスロットはそっとエレーナの他にそれを乗せた。



「これを」

「これは...?」

「昨夜届いた。開けてくれ」



その小さな小箱を開けると、中には大きさの違う指輪が入っていた。一つは大きめの指輪。銀色だが、その指輪の真ん中に黒銀色の線がぐるりと一周している。

対してすこし小さめな指輪も銀色だ。ついになっているようで同じようなデザインだが、中央の黒銀線はなくその代わりに銀色の宝石が一周散りばめられている。そして両方の指輪に一つだけついている、紫色の宝石にエレーナは目を奪われた。



「結婚指輪というのだそうだ」

「綺麗....」


照れ臭そうに言うランスロット。エレーナはじっとその指輪を見つめた。

結婚指輪はナカルタ国の伝統だ。シフォニア国ではほとんど聞き入れられた事がない。

しかし今回の交流で結婚を聞きつけたナカルタ国の団員たちに囲まれた時にキースベルトが教えてくれたのだ。いや、正確には喧嘩腰で口が滑ったようなものだったが。

キースベルトの放った"結婚指輪"という台詞が気になり詳しく調べた所、どうしても自分も送り合いたいと思った。




「ナカルタ国では、両方の指輪に妻となる物の瞳の色をつけて送り合うのだそうだ」

「....瞳の色を?」

「そうすることでこの宝石の輝きより褪せる事をしないという意味になるのだそうだ。」





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