第31話



「は?母親のドレスを着るだと?」



仕事から帰ってきたランスロットは、エレーナとともに執務室のバルコニーで夕食をとっていた。

今日のメニューは、鮭のムニエルと根菜スープ。ポテトサラダとフルーツの盛り合わせ。新鮮な鮭をエレーナの父、ダダイが送ってくれたのだ。

あの事件以来、ダダイはネアと離縁はしなかった。そのかわり、領地の端へ屋敷を建てそこにイーダとネアを暮らさせている。仕事の合間にその屋敷へ行くそうだ。もう一度心を結べるように働きかけているらしい。その領地は新鮮な魚が多く良く釣りをしているのだそうだ。

そして本日、エレーナが珍しくランスロットにお願いをしてきたのだ。



「そうなんです!テイラーと話をしていたらお義母様が結婚式にお召しになったドレスが保管されていると聞いて。とても素敵なドレスで少し補修すれば着られそうなのです」



嬉しそうに話すエレーナ。しかし、ランスロットは若干困り顔だ。


「俺は構わないが、エレーナはそれで構わないのか?」

「え?」

「......女性は流行に聡いときく」



ランスロットは女性の喜ぶ事に疎い。仮面で顔を隠さなければそこらへんの女より顔が整っているのは自覚している。だからこその仮面だ。女性とのお付き合い経験が無いとは言わない。ただ今まで本気になった事があるのかと言われれば否だった。騎士団に入れば忙しく中々会うことは出来ない。「会いたい」「寂しい」と言う言葉を聞くたびに申し訳なくなる。寂しくさせないようにとせめてもの気持ちで物を送った。すると女は要求が激しくなるのだ。ランスロットは困惑しその手を離す。いつしか、女性というものや愛情というものがわからなくなった。



エレーナとの事もそうだ。最初は煩わしい事を避けるため関わらず早々に追い出す予定だった。好意を自覚した時も"きっと悲しい思いをさせる"そう信じて疑わなかった。ただ、その気持ちを押し殺すことが出来ないほど、ランスロットにとってエレーナは特別になったのだが。



だからこそランスロットはわからない。先日すれ違いをしたばかりだ。これ以上エレーナを悲しませなくない。今までの女性にやってきた色々が正解である自信がない。だがそれ以外の方法が思いつかないのも事実である。



エレーナはアメジスト色の瞳を瞬かせた後、眉を下げた。ギクリと顔が強張りランスロットの肩が揺れる。ランスロットは彼女のこの表情に弱いのだ。自覚している。



「私も今の流行はやりがわかりませんし、こだわりはありませんわ」

「それは理解しているが、君はもうすこし贅沢をしてもいいと思うのだが」



ランスロットの言葉に、エレーナはふるふると首を横に振った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る