第73話




「以前の、ソフィア家に居た時ならばこの婚姻を受け入れていたでしょう。でも、無理なのです。私はクレメンス家で"自分"というものを見つけてしまいました。"’欲を持っていい"と"諦めなくていい"と言っていただきました。」



エレーナの言葉にランスロットはある日の出来事を思い出す。あれは、騎士団の帰りに初めて王都に出かけた時だ。夜会への参加を問うた時に彼女に伝えた言葉。

──お前はもっと欲を持っていいんだ。諦めなくていい。したい事やりたい事を我慢しなくていいんだ。──

そうランスロットは告げたのだ。きっと彼女はあれ以来自問自答を繰り返しその言葉の意味を考えていてくれたのだろう。

エレーナは自分の隣で背筋を伸ばしティールに向かう。ランスロットにとってそれが嬉しくてたまらなかった。



「私はこれからもランスロット様と共にありたいのです。それ以外は望みません。」



そしてエレーナがランスロットへ向き直る。少しだけ言葉を躊躇したのち意を決したように視線を向けてきた。キラリと芯の通った瞳がとても美しいと思った。





「愛していますランスロット様。私の欲を叶えてくださいますか?」

「...ッ!!」



はにかんだように笑うエレーナにランスロットは目を奪われた。ああ、俺はきっとこの笑顔を見るたびに何度も彼女に恋をするのか。この笑顔を守るために自分はこんなにも幸福になるのだと。


ランスロットはエレーナの手を優しくとると静かに彼女の前に跪く。片手で包み込んだ彼女の右手を額に当てた。騎士団に入団して最初に習うのは誓いの仕方だ。ランスロットは今、騎士として最上に値する敬意をエレーナに示した。それは王族や最愛に対して揺るがないという、心からの忠誠に用いる。それに倣って後ろに控えていたロイとメニエル、レイヴンも膝をついて礼を取った。



「勿論だ、エレーナ・ラド・ソフィア。言っただろう。私はそんな君の欲を叶えたい─と。」



顔をあげたランスロットはそのままエレーナの手のひらにキスを1つ落とすと立ち上がる。抱き寄せたまま同じように立ち上がったロイたちの元へエレーナを誘導する。駆け寄ってきたのはレイヴンだった。いつものように困ったような安心したような表情を浮かべていて、エレーナはホッと肩の力を抜いた。手には短刀が握られていることから、縛られた縄を解いてくれるのだろう。



それを見届けたランスロットは再びシフォンへ向き直る。シフォンはランスロットの気迫にたじろいだが宮廷誓約への自信によって自分を奮い立たせていた。




「残念だがその宮廷誓約は無効だ」

「....なんだと!?」


ランスロットの思わぬ発言にシフォンは叫んだ。



「お前が誓約をする前に私が誓約を済ませているからだ」

「そしてその誓約はバルサルト・シフォニアナ・ド・シフォニア殿下に委ねてある。」



バルサルト・シフォニアナ・ド・シフォニア殿下。それは現シフォニア国国王の長子であり皇太子殿下の名だ。さらに現在騎士団を統べておりランスロットの上司にもあたる。


ランスロットは、遠征から帰ってきてエレーナが失踪したとしるやいなやバルサルト殿下に使いをやっていた。エレーナとの婚約の宮廷誓約を済ませ、その後くるシフォンとの宮廷誓約をバルサルト殿下の名で止めて貰っていたのだ。この国では王族による口利きはなによりも強い効力を持つ。ランスロットは殿下との関係を利用しシフォンの動きを阻止したのだ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る