第70話





「どこにいくのかな?エレーナ」





暗い廊下、メイン階段を降りた位置から笑いを含んだ声が聞こえた。エレーナは肩で息をしながらおそるおそる顔を上げた。




「.....ティール様」



階段下には手すりに体を預け腕組みをしたシフォンがこちらを見て目を細めていた。



「足音が聞こえてきたのでね。もしかしたらエレーナ、君が私を迎えに来てくれたのかと思って待っていたのだよ」




クスリと笑うシフォンにザワザワ恐ろしさがこみ上げてくる。まさかすでに屋敷内にシフォンがいるとは思わなかった。エレーナは自分の浅慮さに眉を潜めたがすでに遅い。後ろには、今追いついた侍女と守衛がシフォンの姿を見つけて一礼する。その2人を一瞥した後手振りで下がるように促した。




「それで?ほんとうにお迎えに来てくれたのかい?」




ニコニコと貼り付けたような笑顔を向けながらシフォンが階段をゆっくりと上がってくる。エレーナはどうするべきか思案した。強行突破でこの階段を降りれば逃げ切れるだろうか?いや、広い階段と言えど捕まってしまう確率の方が高い。では他の部屋に逃げ込むか。それはただの時間稼ぎにしかならないだろう。エレーナはジリっと足を後ろに下げた。




「.....逃げるな」

「!!」



踊り場まで来ていたらしいシフォンの口から地を這うような低い声が紡がれた。エレーナは思わずビクリと肩を竦める。なんの力が働いているのか、エレーナはその場から動けない。その様子をみてシフォンは笑みを絶やさないまま再び階段を登って近づいてくる。




「もう一度、ソフィア家で話をさせてください」

「話をしても無理だよ。ソフィア家は私の願いを聞き入れるしかないんだから」

「それなら死にます」




シフォンをキッと睨みつけて自分の意思を伝える。シフォンは目をパチパチと瞬かせると困ったように眉を下げて笑った。



「死なれたら困るなぁ」

「本気です」

「それならこちらも本気で君を保護しなければならないよ。」



それは嫌だろう?と子どもを諭すような口調でシフォンは話す。 保護なんて聞こえはいいが、ようは軟禁を継続すると言う事だ。そんな事されたら本当にそれはただの傀儡だ。

ソフィア家に居た頃ならそれすら受け入れたかもしれない。だが、エレーナは知ってしまった。人として生きられる自由を。喜びを。幸せを。もうあの頃の傀儡のような生き方はしたく無いのだ。



「さぁ、おいで。今私の手を取れば許してあげよう。優しく愛してあげるよ。」




階段の中腹まできたシフォンは、赤銅色の髪をさらりと揺らしてエレーナに向かって手を差し伸べた。







「っ!!ティール様!!」

ドカーン!!!

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