第69話



「エレーナ様」



ふたたび自分の世界に入っていたエレーナは扉向こうからの声に意識を引き戻す。




「はい」

「湯浴みのご用意ができました。扉を開けても?」

「構いません」




エレーナの合図でドアにかけられた鍵がガチャガチャと外されていく。目論見通りだと少しだけ歓喜に震えた。

中に通されたのは侍女の出で立ちをした女性だ。扉の外には守衛が見ている。少しだけ申し訳無さそうにしている2人は雇われなのかもしれない。



「お手を」


侍女に言われて両手を差し出す。前回と同じように両手を縄で結ばれた。そのあとに足枷を外していく。相変わらず不自由ではあるが足枷が無い状態の方がリスクは下がるとエレーナは読んでいた。




(もし、逃げられなかったら殺されるかもしれない。でも逃げなくても死んだようなものだわ)



あの人に会えないのなら....

今のエレーナにとって"ランスロットに会う"という思いこそが生きる理由だった。




「こちらへどうぞ」

「ありがとう」



令嬢らしく背中を伸ばしてゆっくりと歩き出す。扉の前に行くとその斜め後ろに2人がついてきた。前回の湯呑みには塔の階段を下がって廊下を歩いた角部屋に設置されていた。その場所まで誰ともすれ違わず閑散とした雰囲気から、すでに使われなくなった屋敷と見受けられた。

逃げるなら塔から降りて廊下に差し掛かった所だ。湯浴み場所と反対方向に向かえば出口がある。その間にベランダでもあればそこから外に出ようと考えていた。




コツコツと3人分の足音が塔の螺旋階段に響いた。その間誰も話さない。話す理由も無い。クルクルとゆっくり降りていく。そして行く道を塞ぐように閉ざされていた扉を開けると閑散とした廊下に足を踏み込んだ。





「えっと....」

「こちらです」



きょろきょろと次の道を確認するように2人を見ると侍女が先を行くように誘導してくれた。エレーナはふうっと大きく息を吸う。そして────



「.....ごめんなさいっ!!」

ドンっ!!

「きゃっ!!」




侍女を思い切り守衛に向かって突き飛ばした。まさかこんな行動を取るとは思わなかったのか、驚いた2人はそのまま縺れるように倒れ込んだ。その音を聞くまでもなくエレーナは出口だと思われる方へ走り出す。



「まっ....待て!!」



後ろから守衛の叫び声が聞こえるがなりふり構わない。それよりも少しでも遠くに行かなければ、両手を縛られたドレスを着た女より、体力も筋力もある男はきっとすぐに追いつかれてしまうだろう。彼らより早く外に出なければ。





はやくっ....



はやく!!!!









パタパタと自分のできる全力疾走で一直線の廊下を走るとついに下に降りる階段が見えてきた。どうやらここは2階以上の場所だったようだ。向かいにも対になるように階段があり踊り場を経て幅広の階段となり下に降りられるような作りである。このような階段の作りはメイン階段に多い。つまりここを降りればもしかしたら目の前に外に出るための玄関扉があるかもしれない。

エレーナは力を振り絞り階段に繋がる手すりに手をかけた。










「どこにいくのかな?エレーナ」

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