第62話
「ご多忙な中、大変ですわね」
ネアは心底同情するような表情を浮かべる。しかしその目には何も映っていない。ランスロット心中で舌打ちをした。胸糞が悪い。
「クレメンス家の従者の話によるとソフィア家から遣いが来て連れて行ったと言う報告を受けておりますがご存知ありませんか」
「そのような事実はございません」
ロイの質問にもきっぱりと首を横にふる。これは本当にエレーナがこの家に連れ去られた事実を隠すつもりだ。しかし、こちらとて予想通り。ロイは一歩前にいるランスロットの空気がスッと下がるのを感じた。
「申し訳無いが、ここからはクレメンス家として話をさせていただく」
「....!!」
ほぼ無言だったランスロットが低い声を出す。それに肩を揺らしたのはソフィア家のものと後ろに控えていた従者達だった。
「...なにを」
「我が屋敷の従者が嘘をついていると?」
仮面越しでもわかる蔑んだ声色と表情。サッと顔を青くしたネアだったがそれでもまだ余裕ある姿勢を崩さない。
「そうではありません。ですがそのような事実は無いとお伝えしているのです。見間違いなどではありませんか?」
「ネア殿、あなたは自分達より格上であるクレメンス家を侮っているのか」
ザワリ...とさらに部屋の温度が下がる。
「我が屋敷の従者はクレメンス家が選りすぐり信頼を勝ち取った精鋭だ。その従者が"見間違い"...?あり得ない」
「っ!!」
ランスロットの気迫にソフィア家は皆何も言えなくなる。常にそばにいるロイですら顔がこわばる。ランスロットにとって近しいものへの侮辱ほど許せないものは無いのだ。
「お言葉ですが、お姉様はあなたの婚約者候補止まりですわ。なぜそんなに気にかけるのですか?」
最初に口を開いたのはイーダだった。この状態で声を出せるのは大したものだとロイは目を丸くする。が、その質問は火に油だ。
「大切だからだ」
きっぱりとランスロットは告げる。
「先日ソフィア家に話がしたいと、手紙を出させていただいた。その内容はソフィア家ご令嬢エレーナ・ラド・ソフィアとの正式な婚約をお願いするためだ」
ランスロットの発言にネアが眉を顰める。しかしそのあとにこりと微笑んでから口元を隠していた扇をパチリと閉じた。
「そうでしたの。それはそれはソフィア家として嬉しいお話ですわ。ですがその事で1つお願いがございますの」
「....なんでしょう」
「婚約者をイーダにしていただきたいの」
「....は?」
「え?」
予想だにしないネアの申し出に、ランスロットだけでなくロイも不可思議な声を上げた。それを見てネアはわざとらしく手を頰においてため息をついた。後ろではイーダがにこりと微笑んで一礼する。
「ご存知ありませんか?実は最近クレメンス家とソフィア家が縁談という噂が広がっておりますのよ。それがどうも何かの行き違いでイーダの名前で」
「!!?」
「ソフィア家としても由緒あるクレメンス家との縁談が破談になるなんて、そのような失礼はできませんわ。ですがこのままエレーナが見つからずクレメンス殿の婚約も白紙。イーダの名前は婚約出来なかった令嬢として社交界で残る。そんなのイーダがかわいそうです」
「幸いエレーナを知る者は貴族界にはおりません。イーダがクレメンス殿に嫁げば噂は本当だったと周知されお互いの家名に傷がつかずに済みますわ。」
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