第60話
「これは傑作だ。愛した男を思いながら他の男の元へ嫁ぐ。実に悲劇な人生だなおまえ。」
心底楽しそうに笑うシフォン。初対面に見せていた紳士的な風貌は既に見られない。これが素なのだろう。エレーナは身動きが取れなくなった体を夢中で捻るがやはりビクともしない。それすらも楽しいのかシフォンは片手でエレーナの顎を掴むとそのまま自分の方へ引き寄せた。
「誰を想い、どんな表情で俺に抱かれる?エレーナ・ラド・ソフィア」
「ッ!!」
「失礼します」
エレーナはもう一度逃げようと右腕を大きく振りかぶった。その時ドアの向こうから声がかかる。
「シフォン様、そろそろご出発のお時間でございます。」
「............わかった」
長いためを作ってからシフォンは応えた。ゆっくりとエレーナの上から降りると、少しだけ乱れた服を戻し、来た時と同じ笑みを浮かべた。
「まぁ良い。私の領地外で不埒な真似をして悪評がついても困る。」
ベットから降りコツコツとドアの方へ向かっていく。エレーナはゆっくりと体を起こすと睨みつけるようにシフォンの背中を見た。
「三日後にまたくる」
「二度と来ないでください!!」
「大丈夫。その時はもう夫婦だ。逃げられないよ」
扉を閉じる前に告げられた言葉にゾクリとする。声が出ないまま扉は締まり鍵が施錠された事も確認する。トントントンと数人の階段を降りる足音がしてその後静寂に包まれた。
エレーナは今更ながらガクガクと震えだした体を自分の手で抱きしめる。怖かった。貴族に産まれた身、好きでもない人と結婚する事は仕方がないと理解していた。それでも、せめて好きになれる相手と結婚をしたいと思っていた。あのシフォンと言う男は何年経っても好きになれる気がしなかった。
エレーナは目を瞑る。蘇る優しい手を思い出す。馬に乗った時に後ろから抱きしめられた、ベランダまでエスコートしてくれた時に抱き寄せられた、あの優しいぬくもりを。
「ランスロット様」
二度と会えないとわかっています。
それでも、あなたに会いたいのです。
エレーナは鉄格子の嵌められた窓に目を向けた。
もう一度....
もう一度だけ。
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