第58話
ガチャガチャガチャ
ドアの向こう側から聞こえた金属が擦れる音でエレーナは現実は引き戻される。抵抗を見せなくなったエレーナは、そのあとすぐに裏口からソフィア家を追い出された。馬車に乗せられ連れてこられたここは、大方一時的に身を隠すために選ばれた場所だと推測していた。
ガチャリ。鍵が開く音でギギギと重低音の共に扉が開いた。エレーナは腰掛けていた椅子から立ち上がると窓際まで移動して距離をとる。
「おや、これまた随分美しい子がきたね」
「.....」
そこには自分より一回りくらい年上と見られる男性が立っていた。見栄えの良い服から平民ではなく貴族階級である事が伺える。ランスロットに似た赤銅色の髪。同じくらいの身長に見えるがその雰囲気は全く違い、エレーナの心を焦燥させる。
仮面なんて勿論なく顔が全て見えているのに、得体の知れない何かを纏っているのだ。
上から下まで舐めるように見て彼はにやりと笑った。
「ソフィア家はこんな美しいお嬢さんを隠し持っていたとはな。イーダ嬢も見目は美しかったがあれはまだ結婚出来ない年だ。婚約者期間を設けないで良い君ならすぐに事が動かせる」
ゾクリとした。穏やかな表情のはずなのにすぐにでもここから逃げたい気持ちだ。エレーナは無意識に後ずさる。
「貴方は....誰ですか?」
「これは失礼した。わたしはシフォン・リス・ティール。ティール領を納めております。」
「ティール様....」
その名前にエレーナは「やはり」とさらに身を硬くする。継母がエレーナに当てがった結婚相手の名だったからだ。エレーナの反応に事のあらましを理解していると判断したシフォンは笑みを絶やさないまま頷いた。
「頭の回転も良いようだ。」
「申し訳ありませんが、ティール様との結婚はできません。」
「...できない?」
エレーナの言葉にシフォンは首をかしげる。そして「ああ」と合点がいったと声を上げた。
「君には婚約者がいたそうだね。....婚約者候補だったと聞いているがそれを危惧しているのかな」
「そうです。その方は今の状況を知りません。突然このような話になったので、きっと心配しています。まずは彼の方に説明をして婚約解消の了解を得なければなりません。」
エレーナは真剣な瞳でシフォンを見る。ランスロットには多大な迷惑を掛けてしまった。それを知った今、彼の元へ戻る事は出来ない。この結婚を受け入れる事がエレーナのソフィア家としての役割だと理解している。しかし、いまの中途半端なままではさらにランスロット....ひいてはクレメンス家に迷惑をかけてしまう。せめて正式に婚約者候補としての解消を公にしなければならないと考えているのだ。
「その心配はいらない」
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