第54話



「師団長はエレーナ様に相当熱をあげているんですね」



隣にいるロイに聞こえるくらいの声量でメニエルが呟く。それに応じるようにロイも頷いた。



「もともと、懐に入れた相手への情は厚い人でしたからね。その中に入るのは容易ではないですが、入ってしまえばそこ以上に安全で確固たる場所はないでしょう」

ロイの見立てでは、自分も含め騎士団員は師団長であるランスロットにとって懐一歩手前という所に位置している筈だ。危険と隣り合わせの仕事...何かあれば団長として護り抜きそして、団長として切り捨てる必要があるからだ。団員はどうあがいても彼の中に入れない。その分団長は信頼に値する情を団員に向けている事を知っている。だからこそ、エレーナという存在はランスロットにとってかけがえの無いものである。



「私達はなにが何でも師団長の宝を奪還しなければ」

「そうですね」



これはいつも護り情を向けてくれている、信頼なる師団長への敬意だった。そして心の片隅では人間として好ましいこの男の愛情を守りたいと思うのだ。




コンコンコン



執務室のドアが叩かれた。ランスロットの応答により入室したのはテイラーだった。先ほどより落ち着き顔色も戻っているようでランスロットは心の奥でホッと息を吐いた。



「ソフィア家よりお手紙が届きました」

「!?」



テイラーの言葉にロイとメニエルがハッと息を呑んだ。一方ランスロットは落ち着いた様子で頷く。ロイが扉付近に居るテイラーから手紙を受け取る。そこにはしっかりソフィア家の紋が押されていた。間違いなくソフィア家からの手紙だ。ロイからそれを受け取ったランスロットはビリビリと封を破く。




「少し前にソフィア家に手紙を送っていたんだ。内容はエレーナ・ラド・ソフィアとの正式な婚約」

「はい!?」

「一度挨拶に伺いたいとな」



パラリと手紙を開く上司に、部下2人は視線だけで会話をした。この男、外堀から埋めていく作戦に出ていたらしい。エレーナの気持ちを第一優先に考えると言っている割には逃すつもりは無いのだ。緊迫した雰囲気が少しだけ和らいだが新たな上司の一面に少しだけ引く2人だった。そんな事に気付かずランスロットは手紙の内容を確認する。



「ネアから一度屋敷に来いとの事だ。」

「姫さんのことは?」

「一言も触れていないな。この事件の事に関わっていないと言いたいのだろう」



手紙に書かれていたのは、簡潔な挨拶と婚約に対する返事は屋敷で行うとの文面のみだった。差出人がネアと言うことは、実父ダダイに話しが通っていない可能性が高い。

ランスロットは手紙を机の上に置くと逡巡したのち、後ろに控える2人の名を呼んだ。





「お前らに頼みがある」



2人はピシリと姿勢を正し騎士団の礼をとる。それは肯定の意味を指していた。



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