第28話


ランスロット達がいる同屋敷の廊下。不機嫌な顔をした少女とその後ろを怯えながら歩く侍女の姿があった。




「もう!!ほんとうにあったまくる!!お母さまなんて大嫌い!!」




今日は第1王子主催の夜会会場が催される。例に漏れずソフィア家イーダ・ラド・ソフィアの元にも招待状が届いた。大変名誉ある夜会であるにもかかわらずイーダはイライラとした表情を隠すこともせず廊下を歩く。



「イーダ様....」

「うるさいわね!八つ当たりしてきてるのはお母さまの方じゃないの!!」



イーダは連れてきた侍女をギッと睨みつける。普段からビクビクとしているこの侍女はすでに涙目でイーダの後ろをついてきた。

まったくもって腹立たしい。お母さまが再婚して貴族生活を手に入れ悠々自適に生活できた言うのに、最近お金の入りがよろしくない。それで母はヒステリックを起こしているのだ。



再婚相手である父親ダダイは、前妻の死が原因で心の病に罹ってしまい領地の事をほとんど叔父に任せている。その叔父が現状打破のためにイーダの母ネアをダダイに充てがって半ば無理やり結婚に漕ぎ着けた。

勿論ネアも、恋だの愛だのを目当てに結婚したわけではなく、安定した生活が第一だった。叔父も結婚承諾の際、政略結婚をさせてしまう負い目もあったのだろう生活を保障してくれると言っていたのだが、お金を湯水の様に使う2人を見て、叔父はダダイ家の入金を減らしたのだった。



必要経費に毛が生えた適度の入金では満足できなくなったネア。それを見かねて、今まで目障りで使用人のように扱ってきた前妻の娘であるエレーナを追い出すことを考えついた。勿論、父や叔父には「良い嫁ぎ先を紹介する」という程で。その策は見事にはまり義姉は家を出て行った。そしてその見返りに嫁ぎ先からは多大なる結納金が送られてくるはずだった。しかし



「なによ!お姉さまったら、【婚約保留の婚約者候補】だなんて!ふざけてる!!」



そう、義姉は婚約者になれていないのだ。候補として屋敷に留まらせるという文をクレメンス家から届いた時は驚いた。てっきり破談になって屋敷を追い出されると思っていたからだ。そして歴代の娘たちと同様、クレメンス家から渡される破談金として大金とともに送り返されてくる。そう踏んでいたのに、蓋を開けてみると【保留】状態。


「文と一緒に送られてきたお金だって、破談金や結納金には到底及ばない金額だったらしいじゃない!ほんと使えない!!」



だんっ!!ってさらに地団駄を踏む。思惑通りに動かない義娘に対して母はさらにヒステリックになっていて屋敷の雰囲気は最悪だ。こんな事なら母にもっとマシな結婚をして欲しかった。義姉にはもっと良い使い道があった。例えば売女ばいたに落とすとか。仮に本当に婚約者になった場合イーダより身分が高くなる事も腹がたつのだ。



「まぁいいわ。今夜の夜会は殿下主催。殿下を落として妃になってあんな家出ていってやるんだから!」



ふんっ!と鼻を鳴らして廊下の窓鏡を見る。

高級な化粧品を使って化粧を施し、髪は毎日ケアをして艶がある黄金の髪だ。体だってお手入れを欠かさない。身につけたドレスも髪飾りも装飾品も一級品。こんな美しい自分を王子か選ばないはずがないのだ。


風に靡いてキラキラ輝く髪を見つめ、ふと義姉の真っ黒な髪を思い出した。





あんな鴉のような髪をしてる女になんか負けない。


絶対幸せになってやる。





そう意気込んでいると、ふと目の前から走ってくる人影に気づき眉を潜める。

まだ始まっていないにしても、夜会会場でああも騒がしい足音を立てて走るなんて礼儀作法に欠けている。

虫の居所が悪い現在、前から走ってくる男に表面上の笑顔を向けることが出来なかった。





「イーダさま!!」





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