第29話
後ろから侍女の叫び声が聞こえたのは、前から来た男性と目があい、その端でギラリと手に持つ何かが銀色に光ったのと同時だった。
「イーダ様!走って!!」
「いたっ!!」
ぐいっと手首を掴まれて痛みが走る。抗議の声をあげたが、侍女はそれを黙殺して来た道の方向に駆け出す。思うように足が動かない足を無理やり動かしながらチラリと後ろの男を見やると、見間違っていなかった....小型のナイフが握られていた。そしてそれは自分達に向けられている。
なに、、
なによ、、
どうして、こんなことに、、、!!
少しずつ距離が詰められていく。どこかに隠れようにも一本道の廊下だ。重いドレスを身に付けてなくても男の足に敵うはずがない。このまま追いつかれてしまったら自分はどうなるのか。素通り...は明らかに追われている今は考えられない。良くて人質、最悪...殺されるのかもしれない。そう思うとゾクリとした何かが背中をかけた。
目線の先にテラスに向かう扉が見えてくる。このまま廊下を走るべきかテラスに向かうか...それは自分には判断出来なかった。
前を走る侍女は振り返ると、一瞬戸惑ったように眉を潜めイーダを見つめた。そして意を決したように頷くと扉に手をかけ扉2人でテラスに飛び出す。自分達が目的では無ければきっとあの男はそのまま廊下を走っていくだろう。出来る限り距離と時間を稼ぐために扉を閉めてテラスの端までそのまま駆けた。
はぁはぁはぁ、、
手すりに手をついて2人は上がった息を整える。
「だ、、、大丈夫ですか?」
「...ええ。」
そこには強気のイーダの姿は無く、今にも泣き出しそうな顔で侍女に頷いた。しかし
ギィ....
「!!?」
扉が開く音が耳に届き2人はハッとそちらへ振り向く。案の定先ほど追いかけてきた男が同じように息を切らしながらニタリと笑った。
「...ヒッ!」
ヒュッとイーダ喉の奥が鳴る。隣にいた侍女はテラスの柵に身を預けたままズルズルと崩れ落ちた。もう逃げる場所も気力もなかった。
「へへへ、悪いな嬢ちゃん。ちょーっと王子様殺しに来たんだけど衛兵さんにみつかっちまってよー。いまどうやって逃げようか考えてるとこなんだわ」
男は見せつけるようにゆっくり小刀を振りこちらがこちらにゆっくり近づいてくる。怯えるのを楽しんでいるようにも見えた。知りたくもない情報をあっさり伝えてくるという事は、きっと伝えても支障がないと思われたからに他ならない。たまたま廊下ですれ違っただけなのにこの仕打ちはなんなのだとイーダは絶望感に打ち震えた。
「だれか....助けて」
侍女がイーダにしか聞こえない音で助けを請う。するとバタバタと廊下を数人で掛けてくる足音がした。
「まさか....!!」
助けがきたのだろう。それとも新たな敵か。王子暗殺を目論む輩だ。1人乗り込んで来るのはあり得ないのではないか。さらに追い込まれる状況が頭を駆け巡りチラリと男を見やると、ニタリと笑っていた顔が焦りの色を濃くしたのを見た。
「居たぞ!!」
「動くな!!」
テラスの扉が勢いよく開いた。そこには衛兵達が数人、剣を鞘から抜いて飛び込んできた。イーダは助けが来たことにホッとするが、自分達と衛兵の間に男がいる状況である。まだ油断は許できない。
「そこから一歩も動かないでくださいね」
緊迫した空気の中でゆるりとした声が聞こえた。衛兵が男に視線を向けたままスッと道を開ける。そこから騎士団の服を着た顔の整った男性が前衛にでてきた。パチリと目が合うと僅かに目を見開いたがすぐに笑顔を戻し男に向き直った。イーダはこの人の顔を何度か観たことがあった。
「第2騎士団...ロイ様」
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