第26話



「そこで何をしている」




微笑み合っている3人の背後、廊下を繋ぐドアから声が聞こえる。その声の方に向かって振り返ると



「「だ、、、旦那様」」

「ランスロット様」



この屋敷の主人であるランスロットがドアに寄りかかりながら佇んでいた。



「いま、お帰りですか?」

「そうだ。明日からまた遠出になる」

「では、今日はお休みですね」



「おかえりなさいませ」と笑顔で迎えるエレーナをよそに長年仕えている2人は、ランスロットの異様な雰囲気に思わず後退った。





仮面で隠れて見えないのは表情だけで、それ以外からありありと不機嫌さが滲み出ている。怒っている。これはまずい。




「レイヴン、いくらなんでも朝方に女性の部屋に訪れるのは如何なものかと思うぞ」

「し、失礼しました!」




見えていればギロリとした矢のような視線が刺さったであろうレイヴンは慌てて謝罪をするがあまり効果が無いように見えた。さすが軍人、恐れられているだけあり、この恐怖心を作り空気を支配するのはお手の物である。



「申し訳ありませんランスロット様。レイヴンはお花を持ってきてくれたんです」

「申し訳ございません。ノックの際は、わたくしが対応致しましたのでご安心ください」

「...侍女を付けて正解だったな」



はぁ、と溜息をつくランスロットを見てエレーナは肩を落とす。ランスロットは自分を心配してくれているのだとわかって余計に気落ちしてしまう。今回は侍女のティナがそばにいてくれた対応してくれた。もし仮にここにティナが居なくて1人で対応をしたとしても、きっとレイヴンならドアと開けて部屋に招いたに違いないのだ。未婚の女性としては軽率な行動だ。レイヴンだったからよかったものの、もし他の相手だったら?部屋に招かなくてもドアを開けてしまえば力では敵わない。相手が女性だったとしても力に自信のないエレーナには対抗できる術はない。

再度「申し訳ありません」と呟くと「エレーナ」と頭の上から声が落とされた。




「いくら屋敷内とは言え警戒を怠らないように」

「はい」

「.....それとこれを君に」



「この話は終わりだ」と言うように鋭い声色がすこしだけ和らいだと思うと、スッとエレーナの手元に落とされたのは小さな袋だった。キョトンとしてランスロットを見返すとふいっと顔を背けられた。



「王都で流行っている紅茶の茶葉だ。これで茶を淹れるといい」

「....わざわざ買ってきて届けにきてくださったんですか?」

「....!!たまたまだ!!たまたま店が開いててたまたまお前の部屋にレイヴンが入っていくのを認めただけだ!!くそっ!そんな目で見るな!!」

「エレーナさま!!」



要らないくらい詳細な理由を並べつつ、ガッ!っとまたしても頭を掴まれる。悲鳴のような声をあげるティナだがもう慣れっこのエレーナはクスクスと声を出して笑う。



「ありがとうございます。それではお茶の時間に一緒に飲みましょう」

「.............わかった」




長い沈黙と数度の口の開閉の後、ランスロットはコクリと頷いてようやく手をエレーナからはなす。くるりと踵を返して歩き出しながら「レイヴン」と庭師の名を呼んだ。ビクリと肩を揺らしたレイヴンだったが、主人の声色が優しくなったのに気づくと緊張を解いて応える。



「おれは一度寝る。エレーナと昼食を共にするのでその時間に起こせとテイラーに伝えておいてくれ」

「かしこまりました」




3人でお辞儀をしてランスロットが部屋を出て行くのを見送る。足音が聞こえなくなるとレイヴンがハァーと溜息をついて崩れ落ちた。



「こ、怖かった」



今までに無いほどの恐怖で足がすくんでしまった。女性陣とは違いその不機嫌を直に食らったレイヴンはその場で立っていられたことを自画自賛してしまいたいほどだ。



「ごめんなさいねレイヴン。私がマナー知らずで...。もう少し注意をしていれば良かったのね」

「いえ!!俺ももう少し遅くくれば良かったんです」

「いいえ違いますよ2人とも」


お互いに謝り続ける2人にティナは苦笑いをしつつ口を出す。



「あれはランスロット様のお心が狭いだけです。お部屋に伺う時間帯も身支度も及第点と言った所です。それを自分より先にエレーナ様に声をかけられたレイヴンへの嫉妬ですよ。自分だってお部屋に伺おうとしてた事を棚にあげていますし。その割にエレーナ様への態度。屋敷の主人以前に男としてダメですね。いくら好きな子の扱い方がわからないからって、子どもでももっと好意を上手く伝えられますよ。さらにあれですね!束縛男ですね!あれは!!」

「えっと....ティナ?」

「つまり!ランスロット様はへたれという事です」



途中から置いてけぼりを食らったエレーナだったが、ティナの綺麗なので笑顔で疑問は黙殺された。さらに「さぁさぁ!髪結いを再開いたしましょう」と鏡の前は連れていかれてしまえば為すすべもなかった。





その後、ティナによって屋敷中に今朝の一悶着が伝わり、密かに『へたれランスロット応援隊』が結成されたのだ。

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