第25話



「まぁ、それでは夜会に行かれないのですか?」

「ええ、そうね。ランスロット様が殿下に欠席をお伝えしたと教えてくださったわ」




日の出とともに起きる習慣がようやく薄れ、エレーナ付侍女のティナがタイミングを見計らって起こしに来てることに慣れた。今は朝の身支度中での会話でエレーナの髪を丁寧に梳くティナが驚いたように声を上げた。そもそも主人であるランスロットが女性を誘うなんて今までなかったので、それ自体が驚きだ。まぁ、そして玉砕したらしいのだが。



(意外とヘタレなんですね、ランスロット様。ああ、それで最近、より一層職務に励んでおられるのか)



最近の現実逃避の理由に合点がいったティナは、あとで仕事仲間達とお茶の肴として話そうと心に決めた。しかし、そう面白がっている訳にも行かない。愛すべき主人のはじめての恋だ。それをかなえて差し上げたいと思ってしまうのは出過ぎた事だろうか。



「エレーナ様は旦那様と夜会に行かれるのは嫌なのですか?」



髪を梳く手を休めずにテディは鏡越しのエレーナをそっと盗み見る。パチパチと大きな瞳を数回瞬かせた後彼女は戸惑ったように肩をすくめた。



「そもそもどうしたらいいかわからないもの」



エレーナも貴族としての教養は身につけてきた。しかしそれは昔の話で、母が亡くなって父が病に伏してからは教師の方も屋敷に来なくなってしまった。そのため現在の流行も夜会のマナーもダンスも自信が持てない。




「行くとなればランスロット様が色々準備してくれると思いますよ」

「それはそれで申し訳ないわ」



ティナの言葉にエレーナはより一層困った顔をして微笑んだ。人に何かしてもらうのは苦手だ。現に今の生活も与えて貰っているばかりで申し訳なく感じている。屋敷のお手伝いと‘‘お食事改造計画’’が無ければ居た堪れないままだったはずだ。





コンコンコン




そんな会話の中突然部屋のドアがノックされる。「確認してまいります」とティナが一礼をしてドアの方に向かう。

こんな時間に誰だろうか。と首を傾げるエレーナの見る先でティナが誰かと話をする声が聞こえた。





「エレーナ様。レイヴンがお花を持ってきましたが中へ入れても?」

「ええ。構わないわ」



来訪者の所在がわかりホッとしながら対応すると、おずおずとレイヴンが申し訳無さそうに入室してきた。



「おはよう。レイヴン」

「おはようございますエレーナ様。すみませんこんな時間に」

「大丈夫よ。あとはティナに髪を結わいて貰うだけだから。それは?」




「ベゴニアの花です。」



レイヴンの言葉にエレーナはパッと目を輝かせる。「エレーナ様髪結いがまだです」というティナの言葉も耳に入らずドア付近にいた2人ののそばに駆け寄る。




「この前植え替えをしたお花ですね」

「はい。フォーチュンベゴニアという品種で、今朝咲いたのでお部屋に飾らせて頂けたらと」

「ありがとう。嬉しいわ。本当に綺麗ね」



レイヴンの持ってきたベゴニアは、先日ティナと3人で鉢に植え替えた花だ。初めて見る色取り取りの花に思わず顔が綻ぶ。やはり自分で植え替えを手伝った事もあり愛情は人一倍だ。ましてやこんなに綺麗に咲いてくれるなんて。




「ありがとうレイヴン」

「....それは先ほども聞きましたよ」




照れた顔を隠すようにそっぽを向くレイヴンにクスクスとティナ含めて笑いあった。





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