第18話
どれくらいの間、無機質な時間が流れただろうか。ドアを開けたランスロットがまったく動かないのでエレーナもどうしたらいいのか分からず様子を伺って無言を貫いている。やはり職場に来るのはまずかっただろうか。いやまずかったに違いない。
「騎士団に行ってみない?」とロイが提案したのはエレーナの申し出のすぐ後だった。流石に居候の身で職場なんて赴けないと断わったのだが、「大丈夫大丈夫!きっと師団長も喜ぶよ」とニコニコとそれはもう有無を言わさない雰囲気で言葉を重ねられた。それを見ていたいテイラーも「馬車の準備をしてまいります」とにこやかに立ち去っていく。
ティナがカゴに食べ物を詰めて戻って来るや否や「では行きましょう」となかば強引に馬車に連れ込まれたのだった。
「ふははは!師団長大丈夫ですか?」
静寂を破ったのはロイだった。クスクスとお腹を抱えて笑う彼のお陰で覚醒したランスロットはキッとロイを睨みつける(と言っても仮面姿なので本当に睨みつけたかはわからないが)
「ロイ....俺はお前に書類を屋敷から持って来るように指示したのだが?」
「お持ちしましたよ。ついでに道すがら中身を拝見して確認できています」
にこにこと先ほどまで「戻って来い」と願っていたこの男の存在にランスロットは嫌気がさした。そしてギラリとロイの近くで身を縮める彼女に顔を向けた。
「何をしにきた」
「....も、申し訳ありません。お忙しいのは重々承知だったのですが、これをお渡ししたくて」
おずおずとランスロットに差し出したのはピクニックなどで使えるバスケットだった。
「料理長が作ってくださった軽食です。少しでもよろしいので何かちゃんと食べてほしくて」
「....そうか」
バスケットを受け取り中を確認すると、サンドウィッチやら果物やら片手間で食べられそうな物が沢山入っていて料理長の優しさが身にしみるようだ。
「そんな風に怒らないでください。俺が無理やり誘ったんですから。師団長昼食とかまだですよね?今から食べられては?」
「は?」
「これ俺のサインが必要な書類ですか?ついでにこっちの書類も上に渡してきます。」
ランスロットの手から書類を奪いエレーナに向き直るったロイは「では師団長の事頼みますね。帰りは師団長と一緒に帰れると思いますから」とだけ告げると「ごゆっくり」とエレーナを執務室に押し込んでドアを閉めた。
「......」
「.....」
ふたたびの静寂。今度の静寂を破ったのはエレーナの方だった。相変わらず肩を縮こませたようにしてぺこりと頭を下げる。
「あの、ごめんなさいランスロット様。ご迷惑でしたよね」
「いや、構わん。それよりここに座れ」
ランスロットはくるりと踵を返すと、近くにあった来客用と思われるソファを指差してエレーナをそこに促した。
「よろしいのですか?ご迷惑ならすぐにお暇します」
「構わんと言っただろう。それに...」
テーブルを挟んで向かいのソファに腰を下ろしたランスロットは、躊躇するように一拍置いてから、ニヤリと口の端をあげる。
"俺が食事をする時は出来るだけお前も同席すること"
食事改善計画の時の約束を口にした。あの口約束を覚えててくれたのかとエレーナは目をしばたたせてから朗らかに笑い頷く。
その表情を盗み見るたランスロットは体の力が抜けたような感覚に気づき頬が緩んだ。いつからかこんなにも彼女との時間は心安らぐものになっていたのか、と。
仕事も大切だけれど少しでも心安らぐ時間がある事を嬉しく思いながら、彼女を連れてきてくれたロイに少しだけ感謝しようと思ったのだった。
「おーい!いま師団長が執務室に女連れ込んでるから、お前たち誰も近づくなよー!!」
「ロイぃいいい!!!!!」
....前言撤回だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます