第16話
「あの、先ほどから姫さまとおっしゃられていますが」
「ああ!師団長の奥さんエレーナ様ですからね。師団長の姫さまです」
にこりと好まれる様な笑顔のロイとは対照的にエレーナは困ったような顔を作った。先ほどからロイの口からは「噂の姫君」「お嬢」「姫さま」「エレーナ嬢」とエレーナを表してるだろう単語が沢山出てくるのだ。そして極めつけは
「あのロイ様。私は少しの間居候させていただいてるだけで、ランスロット様の奥様ではないのです。」
「婚約者候補ですよね?ですが今師団長の妻に一番近い女性に間違いありません」
「ええ...まぁ」
世間一般的な解釈はそうなのだ。だからと言ってその気の無いランスロットからしたら迷惑この上ない解釈であり申し訳無く思ってしまう。できれば、ランスロット様の近くにいる方達は誤解を解いて置きたいのだがロイの笑顔は決定事項だと認識しているようで躊躇してしまう。
困ったように眉を下げるエレーナを確認すると、ロイはふむと口元に手を置いた。
「わかっていないのは本人たちだけか」
「そのようです」
ぼそりと呟いたロイの声を拾ったのはエレーナのそばに控えていたティナだった。2人は視線を交差させてはぁっと溜息をついた。その様子をエレーナが首を傾げて見て、レイヴンはその様子を黙って見守っていた。
「ロイ殿」
庭と廊下を隔てる軒下にテイラーの姿が見えた。テイラーはエレーナたちに一礼するとロイに持っていた封筒を見せた。
「旦那様の執務室にございました。ご確認してください」
「ああ!テイラー殿助かります!」
ロイはくるりと踵を返しテイラーの元へ向かうと封筒の中を確認して「確かに」と頷く。どうやら仕事で必要な書類を取りに来たようだった。ランスロットではなくロイが来たと言うことは相変わらず忙しくされているのだろうと合点がいく。この後ロイは再び職場の方に戻るのだろう。それに気づいてエレーナはある事に気付く。
「ロイ殿。少しだけお時間はありますか?」
「ん?....思ったより早くこれが手に入ったから半刻(30分)ほどなら猶予があるかと」
ロイの答えを聞いてエレーナはティナのほうを向く。
「ティナ。朝焼いたマドレーヌはまだ残っているかしら?それと料理長に言ってこの前試作したサンドウィッチを作って貰えるか伺える?」
「確認してまいります」
一礼してパタパタと厨房に向かうティナ。その後ろ姿を見届けてからエレーナはロイに向き直る。ん?と優しい微笑みを浮かべた彼はエレーナとティナの会話からある程度何を言われるか予想をしているように見受けららた。それを知りつつもエレーナはお辞儀をして言葉を紡ぐ。
「不躾なお願いなのですが出来たらティナが持ってくる食べ物をランスロット様にお渡し頂けませんでしょうか」
「ああ...食事ね。最近昼食を持たせているのは姫さんだそうですね。」
「はい」
いつも携帯食ばかりだったランスロットが突然お弁当を持参するとなると周りは衝撃だっただろうと予想を立てる。迷惑だっただろうかと眉をひそめるエレーナだったがロイはふふふと笑うと小さく耳打ちをした。
「ここだけの話あれかなり嬉しいらしいみたいですよ。昼休憩の鐘が鳴るのが近くなるとソワソワし始めるんです」
「....まぁ!」
それには驚いた。そして同時に胸の奥がぽかぽかとした心地になる。エレーナにとってこうした心の症状は初めてだった。これが「嬉しい」という気持ちなのだろうか。
レイヴンが「近すぎます」とグイグイとエレーナから離すように押しやるなか「そうだ!」と声を発したのはロイだ。
「持っていくのは構わないんだけど、それよりもっと良い方法試してみません?」
人の良さそうな笑顔は相変わらずだったが、すっと目を開いた時の深緑色の瞳がキラリと光る。何か、新しいおもちゃを見つけたようなそんな心底楽しげな...。
「師団長が泣いて喜ぶ癒しの時間をプレゼントいたしましょう。」
頭にハテナマークを浮かべたエレーナとレイヴンの後ろでテイラーとロイがにこにこと微笑んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます