第14話
「素顔を見られて凝視される事は多かったがまさか顔を背けられるのは初めてだ」
ひとしきり笑った後、ランスロットはエレーナの繋いだ手を引きよせテラスに導き近くにあった椅子に腰を降ろさせた。心なしか未だに肩が震えている気がするし、瞳の潤いも多い気がするが、エレーナは複雑そうに顔をしかめる。
「笑いすぎたか」
「....」
謝っているかも怪しいランスロットの弁解にエレーナは応えることが出来なかった。怒っているわけではない。ただただ恥ずかしかった。あんなにも慌てた姿を晒した事も笑われた事も....だ。あの瞬間が無くなれば良いのにと心から思うほどに。
ランスロットは気分を害したと勘違いしたのか、夜に仮面をつけていると視野が狭くなるため気分次第ではあるが外す事もあるのだと教えてくれた。
「なぜ仮面をつけていらっしゃるのですか?」
「....まぁ平たく言えばいちいち切り捨てるのが面倒だから、だな」
腕を組み天を仰ぎながら答える。幼い時から目立つ出で立ちだったランスロット。その上賢く武術にも優れていたという。クレメンス家という名家の跡取り息子という事もあり周りは彼の将来性に期待していた。
自分もその傘下に入りたい。できる事なら自分がこの才を掌握し利用したい、そう言う者が多かったらしい。
「幼いうち、まだ未熟なうちなら手玉に取るのも容易いと考えていたのだろうな」
現に父の都合で社交場に行けば散々だった。にこやかな笑みを浮かべ腰を低くするのは自分よりも一回りもふた回りも年上の男たち。友人にと紹介される者たちはみな心からそれを望んでいるわけでないのがわかった。鼻に付く香水を振りまきながら擦り寄って来る女達は明らかに妻の座を狙っていた。
だがランスロットは、周りが思うよりも状況を的確に認識していた。していたからこそ、人間不信に陥った。人と会うたびに、会話をするたびに、裏に潜む情報に神経を研ぎ澄ませた。どこから視線を感じるのか、そこに負の感情があるのか、何を期待しているのか、どう答えたらいいのか、考えて考えて考えぬいた結果。
「めんどくさくなった」
「....まぁ」
「あの時は俺も頭がいかれていたんだろうな。何かの催しのために用意し破棄しようとしていた仮面が目に入ってそれをつけた」
当時を思い出すように、にやりとランスロットは笑う。
「変人奇人といわれ周りの目がどんどん変わって行くのは滑稽だったなぁ。そうすると近寄ってくる者もたちまち減っていった。ほかの優秀な奴に流れて行ったよ。そうすると残ったのはそれでも擦り寄ってくる馬鹿どもか、.....俺の中身を見てくれる酔狂な阿呆どもだ」
そう呟いた声はきっと彼の言うところの「阿呆ども」に向けられているのだろう。エレーナには今までで一番優しい声色に感じた。
「そんな事で周りの
「....なるほど」
話を聞く限り仮面をつけたのは必然のようだった。ただ発想が突拍子もなく「自棄を起こした」とも言えるのだが、エレーナは自分の過去を思い出しながら微笑む。
「それでランスロット様の御心が守られたのでしたらあの時あの場所に仮面があった事に感謝せねばなりませんね」
隣でランスロットが息を呑むのがわかった。しかしそのあと「そうだな」と小さく聞こえた声はやはりいつもより穏やかに感じたがエレーナはそれには触れず再び空を見上げる。
「....見事だな」
「はい。とても綺麗です」
エレーナは今夜、夜の散歩に出て良かったと心から思ったのだった。
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