第20話


執務室から出て窓の外を見ると日は陰り暗くなっていた。玄関に向かう廊下を颯爽と進むランスロットを追いかけながら、時折きょろきょろと周りを見るエレーナ。少しずつ開く距離に気づいてランスロットは後ろに目線をやった。




「あまり離れてくれるな、抱えるぞ」

「あ!申し訳ありません。えっと...騎士団もそうですがお城を見るのも初めてなので...つい」



申し訳なさそう言うエレーナだが、どこかキラキラと目をしていて好奇心でいっぱいという顔だ。ランスロットはエレーナにならって窓の外を見てシフォニア城を一目した。騎士団はシフォニア王の傘下にあるため、舎は城の目と鼻の先に存在している。国の象徴でもあるその城は、一際ひときわ大きく豪華な佇まいで、強固な城壁は国の平和と安全を具現化しているようだ。



しかしそこでランスロットははたと首を傾げる。まてまて、あんなにも大きな城だぞ。王都にいれば嫌でも目につく、と。


「お前城に来たことがないのか?」

「一度だけデビュタントの時に。でもあの時はすぐに帰宅しましたしこうやってゆっくりとお城を見れなかったので」



何とは無しに言う彼女だが、ランスロットはその言葉にはっとした。そうだ、この子は何年もの間義理の母に虐げれていたのだ。

城近くの会場で行われる事が夜会には多いのだから、つまりそれはデビュタント以外では社交の場に出て来なかったと言うことだ。さらに言うならばこんなにも大きな城だ。王都にいればすぐにでも目につくのに彼女は初めてだと言う。きっと夜会はおろか王都にも来た事が無い....否、来させて貰えなかったという事なのだろうか。


あれほどまでに鬱陶しく無駄な時間である夜会になど、必要が無いなら行きたくもないと思うランスロットだが、楽しそうに城を見つめるエレーナの気持ちを思うと...ランスロットは眉をひそめた。




「....少し寄り道をする。」

「え?」




踵を返し、スタスタと歩き出すランスロットを見てそれを追うようにエレーナは早足についていった。

廊下を過ぎ玄関に着くと、ランスロットは門には向かわず厩舎に向かった。そこには騎士団仕様の馬達が暮らしている。

外に住んでいる団員は本来、騎士団へは徒歩や馬車で通うのが通例だ。だが、師団長となると急ぎの任務などもある事を考慮して近くに屋敷を構えていようとも馬での通勤が認められているらしい。よってランスロットも自分の馬がいる。




「ほら」



一頭の馬の手綱を引いて戻ってくるとランスロットはエレーナに手を差し出した。



「私、馬に乗るのは初めてです」

「だろうな」




エレーナの戸惑いは想定内だったようで、1つ頷くと重ねた手を引っ張り自分の元へ近づけるとひょいと軽々抱き上げ馬の上に座らせたのだった。あっという間の出来事で呆然としていたエレーナだが、その後ろに飛び乗ったランスロットの近さにさらに驚いてしまった。



「そんなに身を硬くするな。シャリーに伝わる」

「シャリー...?」

「シャリエット....馬の名だ」



名前に反応するようにブルルっと鼻を鳴らしたのはランスロットの馬だった。素人でもわかる丁寧にブラッシングされた毛並みはとても綺麗で逞しく、どこか安心する雰囲気だ。ランスロットがトントンと馬の背を叩き合図をするとシャリエットはキラリとつぶらな瞳が光らせ嬉しそうにしたきがした。



ランスロットが再び踵でシャリエットを叩くと、それを合図に動き出す。大丈夫だと思ってもやはり慣れない馬上であるため揺れるたびにランスロットの外套にしがみつく形になる。エレーナが「すみません」と謝るとランスロットはぐいっと手綱を片手に持ち替えて空いた腕をエレーナの腰に回した。



「シャリーは優秀だ。それに俺もいる。落とすような事にはならないが、不安ならしっかり捕まっておけ」

いつも以上に近くにランスロットを感じ、どちらともわからない鼓動がいくらか速く感じて、エレーナはそれが酷く落ち着かなかった。

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