第11話


「し、師団長、それはなんですか」

「....」





昼食を告げる鐘がなり、仕事に一区切り着いたのを見計らってランスロットはそっと包みを出す。それを目ざとく見つけたのは副団長のロイだ。年齢はランスロットより5つほど上になるがこの歳で副団長という肩書きはやはり珍しい。それなりに剣の腕が見込まれているのは明白で、かつ変人と言われるランスロットを恐れる事もなくズケズケと物を言ってくる態度、他者とのコミュニケーション能力が長けている事も団長と団員の橋渡し役として大きく貢献している。彼の裁量で第2騎士団が成り立っているとも言えるのだ。

そんな彼が、深緑色の髪に似た色の瞳を大きく見開き驚愕したような顔をしている。驚くのも無理はない。ランスロットの手には今朝エレーナが持たせた昼食があった。気づかれぬうちに庭園にでもいこうと思ったのだが目敏く見つかったことに内心舌打ちをする。





「今日は昼食がある」

「は!?昼食!!?」

「うるさい黙れ。僻地に飛ばすぞ」

「職権濫用!?って話晒そうとしないでください!!」

「....チッ」






ガン!!と机を叩き話を戻すロイ。流石副団長、躱してはくれなかった。しかしその後ロイは何か思いついたように目を見開いた後にやりと嫌な笑みを浮かべる。



「あれですね師団長、例の婚約者さん」

「...情報が早いな」

「いやいやいや!割と噂になってますよ“あの変人仮面がついに婚約者を見つけた“って」

「.....」



ロイの言葉に瞳を少しだけ開く。エレーナがこちらに来てまだ1ヶ月だ。....いや、1ヶ月ならこの諜報機関としても作用している第2騎士団幹部なら容易に手に入る情報か。




「婚約者候補だがな」

「婚約者でも候補でも貴方が女性を屋敷に留めておくのがそもそも面白いんですよ」

「地方へ行くのは明日(みょうにち)でいいか」

「うそ!!すみません!!訂正!!凄いこと!凄いことなんだよ!でした!」




目を合わせずそのまま転勤の紙が入る机に手をかけたところでようやく謝罪の言葉がでてきた。ふうっとひとつため息をつき、ようやく包みを解き昼食だと言って持たせたサンドウィッチを手に持つ。「旨そうですね」とロイがにやつく顔やけに腹が立つがそれすら無視してかぶりついた。言われなくても旨い。







「婚約者候補と言っても家に滞在させるための一時的なものだ。仕事場を見繕ったらすぐに解放してやる」

「でも、気に入ってるんですよね?その姫さんのこと」

「....」




サンドイッチをもう一口、口に含んだことを理由にしてロイの言葉には返答をしなかった。



「気に入っている」....その言葉は心のうちにストンと落ちてきた。たしかに自分は彼女を気に入っている....のかもしれない。少なくとも今まで連れてこられた婚約者候補達にはない気持ちがここにある。変人と言われる自分に怯えることもなく話しかけ、笑顔を向けるのだから。その笑顔を見るたびに「もっとみていたい」と言う欲が心の奥でチラつくのを理解している。だが、ただそれだけだ。



そしてもうひとつ、屋敷の使用人達が彼女の事を気に入っている。それはもうかなり、だ。俺が屋敷を歩いているだけで「エレーナさまはいまお庭にいらっしゃいますよ」と告げてきたり彼女との会話なんかを伝えて来たりする。そしてその思惑通り、彼女の元へ足を運んでしまうのもまた事実だ。庭師のレイヴンですら心を開いていると聞いた時は驚いたが。




「気に入っているならいいでしよう」

「なにがだ」

「だから結婚ですよ。候補なんて壁を作らないでちゃんと婚約者としてそばに置けば良い。彼女は彼女で安泰した生活が出来るし、師団長としてもポーズでも婚約者にしとけば、次の相手の話も来なくなるしお互い良い話だと思いますけど」

「心も無いのに婚約者などさせてしまっては可哀想だ」

「本当、真面目だよなーそういうところ」




ロイは俺の答えにやれやれと呆れたような顔をする。そうだ、可哀想だ。心のない生活がどれほど寂しいものか、俺は知っているのだ。調査から彼女が今までどんな生活していたか報告が上がっている。彼女がどれだけ心を痛めていたか知っている。だからこそ、俺がこの先、彼女への気持ちに名前を付けてしまったとしても、俺のそばにいる事で彼女の心をこれ以上壊したくない。ようやく人と関わり笑顔を見せるようになったのだ。せめてこの手が離れるまでは一人ではないのだと笑っていて欲しい。そう願うのだ。





「まぁ、師団長がどのように思っていようとも、まわりもこの件については傍観し続けるつもりはないみたいですけどね」

「...は?」




考えにふけって黙っていた俺に、ロイはスッと手紙を寄越す。その紙を確認して俺はいつも以上に眉を顰めるのだった。




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