第10話
ベランダに出ると心地よい風が通り過ぎていく。
「いい天気ですね」
「....そうだな」
小さめの円卓が用意されていたため、いつもより近い距離で聞こえる男性らしい声にエレーナは少しだけ緊張する。しかしすぐにランスロットの手に持つそれに釘付けになった。
「....ランスロットさま。それは?」
「....私の昼食だ。」
その手には茶色く固そうな長方形の固形物が握られているが、それがどうしも「食事」には結びつかない。
「軍で支給される食べ物でございます。戦場などで使用されますが、一般的に日常の食生活に用いるものではございません」
ランスロットの説明にテイラーが補足するが、ふんっとランスロットも負けじと応戦する。「短時間に高栄養のものを簡単に摂取できる優れものだろう」と。さらにこちらにその食べ物を差し出したと思うと「どうだ、食べて見るか?」と意地悪い笑みを浮かべて促してきた。
「いただきます」
興味本位もあり少しだけ口に含むと、見た目通り固く美味しいとも不味いとも言えない「何も無い」味がした。そして口に含んだ瞬間から口の中の水分が全部持っていかれていく。
「これは、初めての体験をしました」
「そうか、わたしもまさかお前が食べるとは思わなかった」
口角の端をあげにやりと笑うランスロットは少しだけ楽しそうに見えた。
「では、ランスロットさま。今日はこちらを食べてみてください」
エレーナの声を受けて、料理長がテーブルにお皿を置く。そこには1つの大皿のみが置いてあり、その上に丸パンやメインのお肉、野菜などが一口サイズで彩りよく並べられていて、いわゆるワンプレートランチだ。そこにはナイフはなくただフォークとスプーンのみを用意した。
「これはお前の発案か?」
「料理長達と考えました」
その言葉に首を横に振って答える。後ろに控えていた料理長も同意の意を示して丁寧に料理の説明を行う。ランスロットはそれも静かに聞いていた。
「ランスロット様がお食事を嫌煙される理由を考えたみたのですが、1番は“時間が惜しい”のかなと思いました。」
前菜から始まりデザートまでの緩やかなコース料理は時間を取るのは貴族ならではだがランスロットのように多忙な人にはそれを三食行うのは酷である。今回のワンプレートは、短時間で食べれることを重視した結果だ。実はこの案はもともと料理長たちが考察していた。ただ何を言っても拒否するランスロットのせいで二の足を踏んでいたのだ。エレーナはの登場で新しい風がクレメンス家に吹き込んだこのタイミングでを好機と捉えた結果であった。
ランスロットの反応から悪い印象は見受けららないのでその場にいる全ての人間がホッと胸を撫で下ろす。そしてエレーナは意を決して言葉を発した。
「ランスロット様。教えてください。やはりご飯はしっかり食べて体の調子を整えるべきです。なので料理長達といっぱい考えて、ランスロット様がお料理をしっかり食べてくれるよう色々考えます。お食事を取ったことで増えてしまったお仕事も私が手伝える事があれば手伝います。」
「.....」
「....ダメと言われても今日みたいに押しかけます」
沈黙するランスロットに最後の駄目押しをする。すると空を仰いだランスロットからくっくっくと押し殺した笑い声が始まる。
「それは脅しだな」
「....申し訳ありません」
「構わない。このオレに脅しをかける度胸を認めてやる」
その言葉に俯いていた顔をパッとあげる。それはつまり、これからも続けて良いという事ではないだろうか。
「ただし条件がある」
「俺が食事をする時は出来るだけお前も同席することだ。いいな」
「...っはい!!」
「勿論です」と返事を続けると「変なやつだな、お前は」と、何度目かわからないエレーナを示すセリフを紡ぎながらまた口角をあげるのだった。
こうして交渉という名の食生活改善計画は概ね良好に幕を開けたのだった。
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