第9話



コンコンコン




太陽が真上に動いた頃、エレーナは執務室の扉を躊躇しながら叩いた。テイラーから聞いた情報によると今日は一日執務室にいるとのことだった。案の定「入れ」と中からランスロットの声が届いた。「失礼します」声をかけドアを開けると、入ってきた人物が意外だっただろうランスロットはこちらに向かって顔をあげた。相変わらず仮面をつけた姿で、初対面と同じシュチュエーションではあったが、エレーナはあの時のような緊張感は感じなかった。




「....君か。どうした」

「えっと...お仕事中申し訳ありません。」



開けたドアからおずおずとと中に入ったはエレーナだったが、この後どうしたら良いか分からずその場に立ち尽くす。ランスロットは視線を手元に戻し、止めていたペンをまた走らせ始めた。



「歯切れが悪いな。なんだ、この家を出ていくことを決めたか」

「ちっ!!違います!!」




ふっと笑って告げた言葉にエレーナは慌てて否定をする。そんな誤解を彼にはして欲しくなかったのだ。しかし「だろうな」と含み笑いを浮かべた事で、ランスロットがわざと挑発に似た言葉を口にしたのだと気づいた。エレーナが臆する事なく言葉を紡げるように。



本当に....不器用で優しい人だ。肩の力が抜けてクスリと笑顔が溢れる。ここに来て笑顔が増えたのは彼のお陰であると改めて実感するのだ。そして今度は自然に声を発することができた。




「ランスロットさま。....あの昼食をご一緒しませんか?」




その一言にふたたび走らせていたペンが止まるが、今回はそれは一瞬だった。




「....必要ない」

「ですがもう昼食のお時間です」

「この家に居るからといって休んで居る訳ではない。休めば休んだ分だけ仕事が滞る。その滞りの最中にでも仕事は増える。昼食を取る時間が惜しいのだ。放っておけ。」





頑なな拒絶。聞きしに勝るその拒絶にエレーナは少しだけ戸惑った。侍女達曰く、彼のオーバーワークは食事すら害になるという位置付けらしい。テイラーやティナも何度も食生活を改めるよう口をだすものの改善する気配が無いのだと言う。趣向を変えてエレーナに口添えを頼みたいとティナの発案に誰もが賛同した。さらに、その話をしていた時に丁度通りかかった料理長にも「作り甲斐が無い」のだと嘆かれてこの「食生活改善計画」が実行されるはこびとなったのだった。エレーナの肩には沢山の人の期待という重圧感がのしかかっておりこちらも後に引けない。




「では、こちらにお料理を持って来てもよろしいですか?」

「「失礼しまーす!!」」

「...は?」




この質問をした瞬間、ドアが開いて侍女達が入室してくる。そして持ち込んだのはテーブルや椅子などで、それらを執務室から通じるベランダへと持ち運ぶ。その隙のない一連の動きにランスロットが呆気にとられている中であっという間に昼食の支度が整った。




「....お前らグルか」

「「失礼しました」」



パタム。主人の呟きを飄々と聞き流し執務室から出て行く面々。そこに残されたのは控えていたテイラーとエレーナ、そして料理長だった。一気に静寂が訪れるが「存じ上げません」と口にしたテイラーに「楽しそうだなテイラー」とランスロットはため息をついた。そしてすっとエレーナの方を向く。






「屋敷の物を味方につけるとは..可笑しな奴だなお前は。」

「も、申し訳ありません」




エレーナが腰を折って謝罪をすると、ランスロットは首を横に振る。

隣に立っているテイラーは「大丈夫です、怒っていませんよ」とエレーナに耳打ちをしてくれた。エレーナはホッと胸を撫で下ろす。顔をあげると、少し拗ねたように口を結んだランスロットが席を立ってベランダの方へ足を向けていた。



「今回はお前の勝ちだ。昼食にしよう。」





その言葉に料理長が満面の笑みを浮かべたのは言うまでもない。



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