第7話
「何をしている」
ランスロットに会えたのは、それから3日後の事だった。テイラーに伝言を頼み彼から図書室の本を借りる許可を得たエレーナは、昼食後数冊の本を庭園に持ち込んで読書に勤しんでいた。
「.....」
「.....」
10日も会えなかったことからいま目の前にいる人物が本人であると認識がうまくいかず脳内パニックを起こしている。何も喋らないエレーナに向かってため息をついたランスロットはがたりと近くのベンチに腰を下ろした。座るんだ...と思ったのは勿論口には出さなかったが、その反応に少しだけ戸惑う。だがそれと同時にに自分との時間を作ってくれるという不器用な意思表示にエレーナは嬉しくなった。
「ごきげんよう。ランスロット様」
「ああ」
「あの、この度は私を屋敷において頂き本当にありがとうございました。あと図書室の使用許可もとても嬉しいです。」
ようやく覚醒したエレーナは慌てて立ち上がって淑女のお辞儀をする。それを見ているのかは仮面のおかげでわからないが「いい。座れ」と手ぶりでそれを制した。その所作が適当な動作であるにも関わらず、あまりにも洗礼されていて思わず息を飲む。赤銅色の髪が風に靡きその都度ふわりと彼の香水の匂いして心が落ち着く気がした。エレーナはランスロットに声をかける。
「ランスロット様は、本日のお仕事はお休みですか?」
「そうだ。俺が働き詰めでいると部下が自由に休めないからと小言を食らって強制休暇だ」
期待はしていなかったが、意外にも返事を返してくれた。
やはりこの人は思った以上にに優しい方なのかもしれない。
「ふふ。お休みも大事なお仕事ですね」
「休み明けに溜まった仕事をこなす方がよっぽど毒だと思うがな」
ふんっと不貞腐れたように言うランスロットがおかしくて、エレーナはクスクスと笑うのだった。それに気づいたランスロットはこちらに顔を向けた。
「おまえ、笑うのだな」
ポツリと言ったランスロットの言葉に、エレーナはきょとんとして見つめ返す。そして自分が笑っている事にようやく気付いたのだった。
「....そういえば、こんなに笑うのは久しぶりです。」
微笑むくらいはしていただろうが、声を出して笑うなんてびっくりだ。ソフィア家では継母達から「お前の笑顔は醜いから笑うな」と言いくるめられていたのを思い出す。
「...すみませんお見苦しい所をお見せしました」
「どういう事だ」
「えっと、…以前笑顔が醜いと言われた事があります」
「.....」
申し訳なくて口元を隠しながら俯く。するとそっと頭に何かが触れた。それがランスロットの手だと言うことに気づくのに時間はかからなかった。
「笑いたいなら笑えばいい」
「...え」
「テイラーやテディがお前がここに来た事を喜んでいたぞ。楽しいと思えるなら笑え。笑いは周りのものを喜ばせる力を持つ。きっとあいつらも笑ったお前を見たいはずだ」
さっきより近くなった顔に思わずドキリとする。仮面の間から捉えた瞳は髪の色に似ていたがルビーのようにキラキラと優しく輝いて見えた。
「こうやって笑えたのも、ランスロット様やこのお屋敷の皆さんのおかげです」
ソフィア家では希望もなく、話し相手もなく、自分の毎日を諦めていた。ここに来て優しいひとたちに触れ会話をして凍っていた感情が緩やかに暖かみを取り戻していた事に気づく。今度は自分でもわかるくらい自然にランスロットに微笑みかけるとピクリと頭に乗せられた手が揺れた。
「...それに、ここにきた時の能面みたいな顔よりはマシだ」
「まぁ!仮面をつけていらっしゃるランスロットさまには言われたくありませんわね」
頭から手を離しながら照れ隠しのような世辞の言葉を受ける。少し拗ねたように反論の言葉を口にすると、2度3度瞬きをしたランスロットは「確かにな」と少しだけ笑ったのだった。
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