第6話



「エレーナ様、こちらを図書室まで運んでいただけますか?」

「わかりました」





クレメンス家に居候させてもらって1週間が経った。1日目は、ソフィア家にいた時のように日があけないうちに目覚めてしまったエレーナ。「我ながら、バカみたいな申し出ができたものだ」と後悔もしつつ、新しい生活に少しだけ胸を弾ませていた。第一印象としては、ここの主人が、「変人」と称されるような人ではない気がしたからだ。




そのあと手持ち無沙汰もあり屋敷の人達に手伝える事はないかと聞いて回った。最初は慌てた顔で「無いです」と言うばかりだったが、テイラーに相談すると、困ったように眉を寄せながら優しくて微笑んで了承し少しずつだがお手伝いをさせてもらえるようになっていった。





「失礼します」



ノックをしたのち図書室のドアを開ける。そこには私有の屋敷にあるものとは思えない広さの部屋に本が所狭しと並んでいた。ちらっと見ただけでも貴重な文献や最新の童話まで種類は多岐に渡っている。何度見ても圧巻である。元より読書が好きなエレーナにとってここは宝の山。本を数冊お借りできないかとランスロットにお伺いしたいところなのだが・・・



「帰って来ないのよね」




そう、あれから1週間経ったが一度も顔を見ていないのだ。テイラーが言うには、彼の所属する第2騎士団は諜報機関として特務を兼任しているらしい。騎士団の中でも選りすぐりの人物がその任を任されているが、騎士団長であるランスロット以外の団員は名前すら伏せられているらしい。王の命により秘密裏に国や他国の情勢を偵察したり報告したり…。要は忙しいのである。元よりお仕事大好き人間らしいランスロットは、団舎に個室を持ちそこで寝泊まりする事を多いとの事だった。




「避けているつもりは無いのですよ。元から主のご帰宅頻度は割とこのような感じです」と朗らかに笑ってみせたのは侍女頭のテディだった。





預かりものを片付けて図書館を後にする。すると、庭の片隅で動く影を見つけた。




「レイヴン」



声をかけるとビクッと肩を揺らした長身の男性がしゃがみこんだままゆっくりとこちらを振りまいた。





「お嬢様....」

「こんにちわレイヴン。今日もいい天気ですね」




レイブン・ハーツ。これが彼の名前だ。庭師として数年前からクレメンス家に勤めている。年は23歳でエレーナに近い事や、何より彼の髪色が自分と同じ黒髪である事が、親近感を覚えて打ち解けるのが早かった。....まぁ、打ち解けると思っているのはエレーナだけの予感もしなくはないが。





エレーナはそっと彼のそばに移動してゆっくりと腰を下ろす。レイヴンは少しだけエレーナから身を遠ざけたが一定の距離を保ってその場にとどまる。「なんだか猫みたいだな」と心の中で思った。




「なにをしていたのですか?」

「...はい。あの、ここの花たちが少し元気が無いようにだったので土の様子を....」




「見てました」と語尾がだんだん小さくなるレイヴン。花は綺麗に咲いているように見えるのだが、こちらからはわからないがプロの庭師には元気がないと判断するようだ。





「そうなの。早く元気になるといいわね。」

「....はい。元気になったらお嬢様のお部屋に飾りますね」

「それはとても楽しみだわ」



優しそうに慈しむように花をみて笑うレイヴンに微笑みかけてエレーナはその場を後にした。




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