第5話 ランスロット視点




ランスロット・リズ・ド・クレメンス

それが俺の名前だ。



代々王に使える騎士として名を馳せたクレメンス家に生まれ、自分もその将来の道を疑いもなく過ごしてきた。さらに好機な事に、自分には騎士としてだけでなく上に立つための素質が充分あった事で、25歳という年齢にも関わらず実力主義の中ではあるが好運にも騎士団長という地位を受け賜われたのも才能と努力の結果だろう。




ただ、最近の悩みとしては次々と舞い込む「結婚話」のそれだ。クレメンス家の名と騎士団長という称号を受けてから、その依頼はひっきりなしで辟易している。

意図的にしているこの風貌のおかげか、「とりあえず話だけでも」と言って屋敷に訪れた女性達は、顔を合わせるだけで怯えた表情となり、少し強い態度を取ればみるみる顔が青ざめ、テイラーに後を任せて放置すればみな3日と経たず父親に泣きついて話を無かった事にしていく。正直無駄な時間この上無かった。

そんな中で訪れた新しい結婚相手は、これまで訪れてきたどの令嬢とは違ったのだった。






「私をここで雇っていただけませんか。」

「....は?」




溜まった書類をさばきながら適当に遇らうつもりだった初見の挨拶からの申し出は、自分らしからぬ声をあげるには充分だった。

ここで初めて、ランスロットは顔をあげて相手をみた。慌ててお辞儀をした彼女は黒く長い髪のせいもあり表情こそ見えないが、一般的な成人女性にしてはいくらか肉付きが足りないように思えた。さらに言えば、身につけたドレスも旧家の家名をもつ屋敷の娘のものとは思えない地味な代物だ。






(ああ、これはめんどうな...)





つまりだ。彼女はこの家に売られたのだ。家からお払い箱にされて行くあてもない。彼女もそれをわかっている。



ランスロットは何度目になるかわからないた溜息をこっそりと吐いた。お家騒動の面倒事に巻き込まれるのは御免だった。本来なら「無理だ」とそのまま屋敷から放り出すはずの案件だ。しかしこの時ランスロットは少しだけこの少女に興味を持った。世の中では「変人」と言われる男の元で雇って欲しいという酔狂な考えもさることながら、ドレスの裾を手が白くなるまで握りしめて震えながらもなお気丈に振る舞おうとしているその感情の意味を____





ランスロットはゆっくりと椅子から立ち上がり彼女の元へ歩いて行く。そして





「....顔をあげろ」




お前の顔が見たい。

そんな感情が心の奥底からふつふつと浮かんでくる。そんな自分の感情にも驚いた。





女の扱いなどわからないため、手袋をした手で顎を鷲掴みにし顔をあげさせた。視界の端でテイラーからピリッとした雰囲気を感じたが、この手をどう下ろしていいかわからないのでそのまま見なかったことにした(これは後で小言を言われるパターンだが致し方ない)。






自分より随分低い背で、黒髪のおかげかよりいっそう白くみえる肌がひ弱さと儚さを思い出させ少し力を加えてしまえば本当に壊れてしまうのではないかと思った。しかし、その印象を覆すようなアメジスト色の瞳には確固たる意志を感じ思わず目を見張る。





....少しの間だけ面倒事を引き受けてやるか。





この家に「結婚相手」として訪れた手前、使用人として扱うことはクレメンス家の面子にも関わるためできない。しかし、一定期間「婚約者候補」として屋敷で引き取り、その間に奉公先でも嫁ぎ先でも見つけてやれば彼女の名前に傷はつかないだろう。





色々と問題ごとは起こるかもしれないが、いまは「わかったな」そう言ってぐっと顎を掴んだ手に力を込めたら、コクコクと必死に頷く彼女をみて、ひどくそれに満足したのだった。
















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