第2話



「ここが、クレメンス家」




エレーナは大きな家の前にポツンと1人佇んでいた。カバンは小さく一つしかなく、誰が見てもこれから嫁ぎ先に向かう女性の荷物ではなかった。また、付き人もおらず家を出てくるときも誰一人お見送りも無かった。







”ランスロット・リズ・ド・クレメンス”

これがエレーナの未来の夫の名前である。


クレメンス家はソフィア家と同じように旧家ではあるが、家名を並べるには失礼にあたるほど格上の一族だ。代々王族に使える騎士一族で、ランスロットもまた王族を守護する騎士───第2騎士団師団長という位を持つ。名前に"ド"が入っている事から王政にも関与する立場にあると思われる。




ここまでではかなりの優良物件、引く手数多の人間ではあるが、彼、ランスロット本人に大きな問題があった。



それは

世間に広まるほどの変人だという事だった。




変人というのは他でもなく、その人の性格と容姿である。

仕事は25歳という若さから師団長になるだけあり、優秀。言葉数は少ないが的確な判断や指示をだすという。しかし仕事人間であり常に王都の騎士団所属の屋敷に居座り、昼夜無く働きづめるほどのオーバーワーク。それを物ともせずに過ごしているのだと。無能と判断する団員がいればその人をあっさり切り捨ててしまうほど冷酷で彼の周りは常に緊迫した雰囲気であるという。



そして、その人は常に仮面で顔の大半を隠しているというのだ。

そう、仮面。

その出で立ちから表情が読み取れず余計に彼が変人と称されるら所以であった。

その昔に大火事に巻き込まれて顔全体に火傷を負ったとか、見るにも絶えない醜い顔から王女に嫌われ仮面を命じられたとか、噂が噂を呼びまことしやかに囁かれている。そして、その仮面は決して外した事は無い。外れた姿をみたが最後、生きてはいられないというのだ。




そんな彼にも、何度か結婚の話が出ていたというが、全て娘側の意向により婚約前の挨拶から3日ほどで全て破談になっている。





だからこそエレーナは、ここに嫁がされのだった。結婚の話が出て以降ネアからは「嫁いだら最後、もう2度とこの家の敷居は跨がせない」と何度も何度も声を掛けられた。クレメンス家も何度も破談になったランスロットの結婚を急ぎたいめ、最近では来るもの拒まずで婚約の話を取り付けていたという。

そのためエレーナとの婚約話は簡単に進んだはずだ。そしてランスロットと無事に結婚ができれば、クレメンス家から大金になるであろう結納金がソフィア家に入る。

しかし仮に結婚が破談になったとしても「ソフィア家の恥だ」と罵られて、家から放り出す算段だ。そのあとエレーナがどこで野垂れ死のうとどうでも良く、どちらにせよエレーナを排除できて万々歳という事のが継母ネアの考えだった。


多分継母は後者になるだろうと踏んでいる。だからこそ破談になる確率の高いランスロットに話を振ったのだ。






「お父様にお別れの挨拶も出来なかったわ....」




もう2度と会えないだろう唯一の肉親を思って、エレーナはクレメンス家の戸を叩いたのだった。




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