変人軍人の花嫁(仮)

𣜿葉みくり

変人軍人の花嫁(仮)

第1話



「おまえに結婚相手を見繕ってあげたわよ」



食後の片付け中に継母から言われたその言葉は、私、エレーナ・ラド・ソフィアの動きを止めるのには十分な言葉だった。

しかしそれと同時に「ああついにか」と自分の人生の無情さを噛み締めた。

ソフィア家と言えば、代々医療分野に長けた旧家の家で、ここシフォニア王国の発展に貢献してきた貴族だ。しかし、それも10年前までの話。当主であるエレーナの父ダダイは現在病に伏している。

優しく人当たりの良い父は、エレーナの母であるエリアナが亡くなってから心が弱ってしまっていた。エリアナとダダイはそれは仲睦まじい夫婦だったと、幼いながらに感じていた。しかし、もともと病弱だった母は、エレーナを産んでからさらに体調を崩しやすくなりほとんどを自室で過ごすほど。そんな母のために父や祖父は得意分野である医療を持って奮闘していた。



しかし、その甲斐虚しくエレーナが6歳の時に亡くなってしまった。「医療に長けた一族というのに、愛するものすら守れないなんて無力だ」とダダイは悲しみの涙を毎晩毎晩流していたのだ。



それをみかねた親類が後妻にと連れてきたのが、現在の継母であるネア。そしてその連れ子のイーダ。この二人が来てからソフィア家、否、エレーナの人生は大きく変わってしまったのだった。




「おかあさま!今度のお茶会で新作のドレスを新調したいわ」

「ええ、いいわよイーダ。あなたは私だけに似てとても美しいんだもの。どんな服でも似合うわ」



金髪をクルクルと派手に巻いたイーダは、キラキラ光るドレスを身にまとい可愛らしい笑顔と甘い猫なで声で母にねだる。

そんな母は娘を溺愛していて散財を繰り返した。もちろん自分のおしゃれにもも余念がない。


それに引き換え、エレーナの服は紺色で何の刺繍も飾りも無い、使用人が身につける服のそれで、さらには何度もほつれを直した後がある。黒い髪も相まって、「まるで鴉のようね」と継母に嘲笑われるのも常だった。




そう、エレーナは継母達に虐げられていた。



病気で床に伏しているダダイをいいことに、今まで勤めていた使用人を全て追い出し、代わりに自分の都合よく動くものを周りに置き、ソフィア家の仕事は部下に丸投げ、そして稼いだお金や貯金を湯水のように使っている。



祖父がいた時はまだ良かった。まだ、エレーナを庇い諭してくれる人が少なくともいたからだ。そのおかげで今よりは貴族の娘らしい生活ができていた。大好きな本も沢山読めた。しかし、祖父が亡くなり世界は一変し今まで持っていたドレスは全て奪われ、部屋も日当たりの悪い部屋に追いやられた。使用人(もしかしたらそれ以下かもしれない)のように虐げられるようになったのもこの時からだ。



そうやって現在エレーナは18歳。

継母としては、「ようやく追い出すことの出来る年齢」つまり結婚適齢期と呼ばれる年になった。




「結婚ですか」

「そうよ。あなたのようなみすぼらしくて鴉のような女を貰ってくれる人がいる心の広い方がいらしたの。」

「まぁ!良かったですわね!お姉様!」




ニヤニヤと笑う2人に、エレーナはこっそりとため息をついた。




しかしそんな絶望感の中でも少しだけ期待する気持ちが沸き起こる。ふと、昔から読んだキラキラとしたイラストがちりばめららた優しいおとぎ話を思い出した。

同じように継母に辛くあたられながらも、王子様がやってきて自分を辛い場所から救ってくれる....そんなお話を。

あの物語を読むたびに、「いつか自分にも」と気持ちを奮い立たせていた。そうだわ、きっと、ここより辛い生活なんてない。もしかしたら、とてもステキな旦那様で、私を幸せにしてくれるかもしれない。そう思えた。

そうでなくても、ここよりはずっとマシだ。こんな辛い事なんてきっともう起こらない。





しかし、継母が放った次の言葉にエレーナの心は酷く凍りついた。






「あなたの嫁ぎ先は、クレメンス家よ」









それはそうだ。何を期待したのだろうか。この継母が私に幸せな家庭を望める場所を用意するはずがなかったのだ。




クスクスとニヤニヤと笑うイーダと、その周りを固める使用人の哀れんだ瞳に、エレーナはそっと顔を俯かせるのだった。















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