第4章4話

 篝火と仄かな魔法の光に照らされたメディントンの街で、僕たちはひたすらに馬を駆る。目的地は魔王の居場所。それにしては、


「なあお嬢ちゃん、綺麗な首飾りつけてるな」


「そうでしょ! 綺麗でしょ! フフン、さっきタカトくんからもらったんです!」


「ヘッヘッヘ、マジかよ。おいおいタカト、見直したぜ」


 さすがの僕でも、リィーラとケーンはのんきすぎだと思う。小さくため息をつくヘリヤに同意だ。


 メディントンの街を抜け、川を渡り、北東へ。しばらくすると、森の向こう、遠くの空に白い光線が突き抜けていくのが見えた。闇夜を昼間のように明るく塗り替える白い光線は、しかし空中で動きを止め、花びらのように舞い散る紫の光に包まれ消えていく。

 間違いない。魔法師団と魔王の戦場は、もうすぐそこだ。僕が立つべき場所は、もうすぐそこなのだ。


「さっきの攻撃は、魔法師団の光魔法の中でも強力なヤツだ。それがあのザマ。魔王の魔法障壁は、俺のじい様の頭よりも硬いぜ」


 馬を走らせ戦場を眺めるケーンは、苦笑いを浮かべながらそうぼやく。ヘリヤも表情を強張らせるばかり。


 だが、すでに魔王の魔法障壁を打ち破った地球の救世主が、ここにはいるのだ。僕の隣で馬を走らせるその救世主は、魔王との戦いで得た貴重な情報を迷いなくケーンとヘリヤに伝える。


「魔王の魔法障壁はすごく頑丈で、一箇所に光魔法を集中させないと壊れません」


「分かっている。しかし、何度か一箇所に強力な光魔法を当てたが、魔法障壁を壊せなかったぞ」


「それは、魔法障壁が魔力を網目状に張り巡らせたような作りになっているからです。だから、一箇所に集中して攻撃しても、周辺の魔力が傷ついた場所を補完して、すぐに修復されちゃうんです」


「まったく、厄介な話だ」


 ますます厳しい表情を浮かべ、もはや鬼のようなヘリヤだが、彼女がこれ以上に表情を厳しくすることはない。


「でも、解決法はあります。一箇所を攻撃しても、周辺の魔力が傷ついた場所を補完しちゃうなら、補完できないようにすれば良いんです」


「……もしや、集中して攻撃する場所、その周辺を先に攻撃すれば良いのか?」


「そうです! そうすれば、確実に魔王の魔法障壁を突破できます! あと、魔王は干渉魔法を使ってきます。それの対策も必要です」


「なるほど。助言、感謝する!」


 リィーラから寄せられた情報を、いち早く仲間たちに伝えたかったのだろう。ヘリヤは馬を加速させ、あっという間に暗闇の中へと消えていってしまう。おかげで、僕たちが戦場に到着した時、魔法師団はリィーラの助言通りの攻撃準備を終えていた。


 森にそびえる丘の上、魔法師団の前線基地から、森を突き進む魔王と、それを止めようとする魔法師団の軍団がよく見える。一足早く前線基地に到着していたヘリヤは、僕たちを確認するなり、杖を掲げた。


「勇者殿、私たちは今すぐにでも、リィーラ殿に言われた通りに魔王を攻撃できる。あとは、勇者殿の指示を待つだけだ」


「ヘッヘ、さすがは生真面目ヘリヤと俺たち魔法師団だぜ。よしタカト、お前も準備はできてるはずだよな」


 ヘリヤもケーンも、森に展開する魔法師団も、誰もが準備万全。もちろん、僕とリィーラも戦いの準備はとうに済ませている。


「タカトくん、今度はタカトくんが魔王を倒す番だよ」


「ああ。ヘリヤさん! 攻撃を開始してください!」


「了解!」


 僕の指示がヘリヤの耳に届いたと同時、ヘリヤは掲げた剣から青い光を拡散させた。青い光は闇を駆け抜け、魔王を包み込むドーム状の魔法障壁に円形の模様を作り出す。


 直後、多数の光魔法が森の中から放たれた。光魔法は草木を照らし出し、寸分狂わず円形の模様に直撃、つまり魔王の魔法障壁に直撃する。魔法障壁にはくっきりと、円形の傷が出来上がった。


 間を置かず、ヘリヤは赤い光を円形の模様の中心に当てる。それを見た魔法師団の魔導師たちは、一斉に杖を掲げ光魔法を発動。白く輝く光の柱が闇夜を一刀両断、強力な光魔法が魔法障壁に叩きつけられた。

 ガラスが砕け散るような音が響き渡り、紫の光が四散する。役目を終えた光魔法はゆっくりと消え、森は再び暗闇の中へ。


 まだだ。森が静寂を取り戻すには、まだ早すぎる。まだ魔王の魔法障壁が破壊されただけなのだ。魔王を倒さない限り、この場所は戦場のままだ。だからこそ、僕は杖を振るのである。


 想像し頭に浮かび上がる兵器の数々。戦車、榴弾砲、攻撃ヘリ、対戦車ロケット弾、地対地ミサイル、列車砲、イージス艦、戦艦、戦闘機、攻撃機、爆撃機。この中から召喚する兵器を選ぶ必要はないだろう。魔王相手ならば、全て創造するまでだ。


 森の中にずらりと並ぶ戦闘車両、大砲の数々。低空でホバリングする多数の攻撃ヘリ。木々を潰し真っ赤なキールを地上につける数隻の戦闘艦。轟音を鳴らし星空を支配する航空兵器たち。

 僕が杖を一振りし出現させた兵器の数々は、国一つを滅ぼすことも可能な戦闘力を要する。これで、もはや魔王に勝ち目はない。


 兵器の出現と時を同じくして、魔王の周辺からいくつもの青い光が空に昇った。丘の上からも鮮明に見ることができるその光が、魔法師団のものであるのは一目瞭然。


「干渉魔法を使う魔導師の光だ! 勇者殿、あの光の発生源を狙え!」


 ヘリヤの叫びに応え、杖を構える僕。狙うは青い光を放つ魔導師たち。ところが、魔導師たちを狙うのは僕だけではなかった。

 魔法障壁を失いながらも、未だ無傷の魔王は、魔導師たちに干渉魔法を使わせまいと反撃を開始する。彼は氷魔法を使い、数千にも及ぶ氷柱を花火のように放った。氷柱の暴力が死の恐怖を纏い、魔導師たちに襲いかかる。


 魔導師たちは干渉魔法を中断。即座に魔法障壁を作り出し、魔王からの攻撃を防いだ。攻撃は防いだものの、次から次へと繰り出される魔王の攻撃に、魔導師たちは防戦一方。


「ヘッヘ、魔王の野郎、こんなんで有利になった気になられちゃたまったもんじゃねえな。魔法師団は、ここにいる俺たちだけじゃねえのによ」


「まったくだ」


 魔王の反撃を前にして余裕の表情を見せるケーンとヘリヤ。ケーンはおもむろに杖を掲げ、空というよりは宇宙に向け、赤い光を打ち上げた。雲を突き抜け、星空を貫く赤い光は、遠く離れた場所からもその姿を見ることができるであろう。


 そう、遠く離れた場所――ベーイール前線に展開する魔法師団も、ケーンが打ち上げた赤い光を見ることができるのだ。彼らは赤い光を見て何をしようというのか。


 ケーンが光を打ち上げてから数分後のことである。遥か彼方の空が白く輝いた。と思えば、白い輝きは流れ星のように闇を切り裂き、魔王の頭上に降り注ぐ。ベーイール前線の魔法師団が打ち放った光魔法が、氷魔法に夢中な魔王を襲ったのだ。

 咄嗟に氷魔法攻撃を中断、即席の魔法障壁を作り出し光魔法から身を守る魔王。だが、即席の魔法障壁は光魔法と刺し違え、魔王を守りながら消え失せる。


 ベーイール前線の魔法師団によって生まれた魔王の一瞬の隙を、みすみす逃すことはできない。魔法師団は再び青い光を放ち、干渉魔法の用意が完了したことを僕に告げた。


「今だ! やっちまえ!」


 ケーンの雄叫びは、魔王を倒すための全ての準備が終えた証。エッセに住まう人々の強さと、魔法師団の尽力、リィーラの助言が、魔王討伐に王手をかけたのだ。

 メディウムで眠りこける魔王も、目覚めの時間である。僕たちが、魔王を叩き起こしてやるのである。


「マーク!」


 魔王との戦いを終わらせ、エッセを守る。そんな僕の意思を乗せた言葉は、魔法となり兵器たちに伝わった。兵器たちは砲口を、ミサイルを、爆弾を、複数の青い光に向かって撃ち出す。

 其処彼処で明るく輝く炎。遅れて届く、耳をつんざくような発砲音。しかし先に待つのは、これとは比べ物にならない凄まじい光景だ。


 音速で突き抜ける砲弾、白煙を引き飛び抜けるミサイル、落下する爆弾は、青い光の発生源付近で進行方向を変えた。魔導師たちの干渉魔法によって、僕の攻撃は偽の標的・・・・を外し、真の標的・・・・へと向かったのである。


 暗闇の森がオレンジ色に包まれた。草木からは黒く長い影が伸び、空を飾る星々は、地上に出来上がった巨大な火球にかき消される。丘の上にいた僕たちの肌は熱波に温められ、数秒後、惑星が割れてしまったかのような轟音と衝撃が辺りを覆い尽くした。


 僕の攻撃が魔王に直撃したのだ。魔王は今、一国家をも滅ぼしかねない衝撃の中心にいるのだ。これほどの衝撃を受ければ、いくら魔王であろうと目を覚ますだろう。


 弾薬が尽きるまで、僕が出現させた兵器たちは攻撃を続けた。巨大な火球はいつまでも森の中に留まり、衝撃波と爆音が草木を揺らす。耳を塞いでいなければ、僕たちの鼓膜にも限界がきてしまう。


 数分にも及ぶ攻撃が幕を下ろし、兵器たちが消えた頃。焼けた地面と草木に燃え移った炎が闇夜を焦がしながら、静寂が舞い戻ってきた。


「ケーン、魔王の魔力を確認できるか?」


「いや、何も感じねえな」


「ということは……」


「ああ。俺たちの勇者様が、魔王を討伐したってことだ」


 戦いの終わりを知ったケーンとヘリヤは、肩の力を抜き喜びを噛み締めていた。リィーラは僕の隣に立ち、魔王のいた場所を眺めながら、呟くように言う。


「これで、全部終わりだね」


 彼女の言う通りだ。全部、終わった。地球から魔王は消え失せ、エッセからも魔王は消え失せ、魔王は今頃、メディウムで目を覚ましているはず。世界を飛び越え果たさなければならなかった僕らの使命は、もう終わったのだ。


 魔王が目覚め、使命を果たしたということが何を意味するのかは、僕もリィーラも理解している。その上でリィーラは、今この瞬間を記憶するニネミアの首飾りを握りしめ、僕の瞳を見つめ、口を開くのだった。


「でも……全部が終わっても、私とタカトくんはずっと一緒だよ。だって、私はタカトくんのことが――」


 リィーラが何を言いたかったのか、僕には分かる。だけど彼女の言葉を最後まで聞くことはできなかった。体から全ての力が抜け、視界は真っ暗になり、僕は意識をなくしてしまったのだから。

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